ゆっくりと、きらめいて

ふと窓の外に目をやると、闇の中雪はまだ降り続いていた。
ヴィレッタが作業を始めたときにはちらつく程度だったが今は本格的になって管制官を苦しめている。
――――ギリアム少佐は待っているのだろうか。
夕方5時、公園の噴水前で。
時計を見ると約束の時間はとうに過ぎていた。
トラブルが起きてしまったこと、その対応に追われること自体はヴィレッタの責任ではない。
ただ、Dコンがこんな時に故障するなんて思いもしなかった。
別の方法で連絡を取るには、時間が足りなかった。
約束を無断で破ったのは辛い。
しかしそれ以上に白い沈黙の中独り守られない約束を信じて待つ彼の姿を想像すると。
――諦めていてくれればいい。
いっそ軽蔑してくれればいい。
待っていたら嬉しいが自分のために苦しむなんて御免だ。

闇は深まる。雪は無情に街を凍らせる。
まだ問題の解決策は出てこない。

ギリアムの部屋を訪れたが返事はない。
ようやく片付いたのに。
今日中に直接謝りたいのに。
格納庫にもデータ室にも部屋にもいない。
ハガネやヒリュウならもう少し捜しようや心当たりもあったのだが。
――――心当たりならもうひとつ。
部屋に戻って基地のコンピュータにアクセス。
出入録を彼のIDで検索。無論、違反行為だ。
軽めの仕事があったのか今日中でも何度か出入りしている。
しかし16:02に出たというのが最後で、帰ってきた記録はない。

夕方5時、公園の噴水前。

傘を掴み白い息で飛び出した。

 

足で行くには少し遠い、街中の大きな公園。
足跡だけがそこに在って、それすらも白く覆い隠されていく。
――帰ってきていないからと待っているとは限らない、か。
ため息が夜の空に溶けた。
街の中でこの公園だけが隔離されたように静かだ。
道を行きながら身を寄せ合う恋人たち。
ふと自分とギリアムの姿を重ね合わせ哀しくなった。
やはり、何としてでも連絡は入れておくべきだった。
彼は待っていただろう。
もしかすると少し前までここにいて、あの足跡は彼のものだったかもしれない。
そして計画を復習し同じように街行く恋人に想い馳せていたかもしれない。
だが、待ち人は来なかった。
考えているうちに急に寒くなってきた。
そういえば羽織るものがない。
傘で雪は防げるが寒さは防げない。
何だかとても惨めな思いだった。
そして、彼はこれよりもずっと。
ふと、 公園を見渡した。
何となく人の気配がある気がして。
――――――いるわけない、か。
街へ流れたのか入れ違いで基地に戻ったのかはわからないが――
――もう一度見回した。
やはり何か気配がある。
しかも、ヴィレッタが思考している間に少し近付いていたようで。
目には影一つ、足跡一つ映らないが。
願望からの勘違い、変質者、目的の人物。
また俯き気味に思考する格好をとり、感覚を研ぎ澄ませる。
気配は、間違いなくある。

さくり。

雪を踏む音に振り返ると、やはりそこには誰もいない。
ただ、足跡と逃げる尻尾を彼女は見逃さなかった。
――――長い髪は束ねて服に隠すべきだ。
「少佐……何をしているの?」
木陰で罰が悪そうな顔をしている。
罰が悪いのはこちらであり、こんなことを言いにきたはずでも決してなかったはずなのだが。
「遅れた罰に少しばかり脅かしてやろうとしただけさ」
表情を取り繕っているが何とも決まらない。
調子が狂う。
いつもと変わらないギリアムだ。
コートや髪に白い雪が絡み付いているだけで。
ヴィレッタの差す傘に彼を入れると、微かに笑ったようだった。
謝って、雪を払って。
先程までのことでわかっていたがあまり怒ってはいないようだ。
事情があったなら仕方ない、と笑って肩を叩いた。
あまりあっさり許してもらっても困るのだが、きっと良かったと思うべきなのだろう。
「しかし随分慌てていたようだな、君も」
寒そうな格好だ、とコートをかけてくれた。
「駄目よ、少佐。そんなことしないで。あなたの方が寒かったのに…………ところで、君もって?」
「……君が来ないのを予知して色々考えていたら傘を忘れた」
それでこの惨状だ、とヴィレッタがだいたい落としたがまだ雪の残る髪を抓まんで肩をすくめた。
「予知したのに、来たの?」
「外れることもあるからな。それで実際来なかったから帰ろうかと思ったが……今度は君が来るのが“見えて”な…………この忌々しい能力に振り回されてばかりだ」
ああ、怒っていなかったわけではないのか。
ただその原因を己の能力に転嫁しただけで。
気を遣っているのもあるのだろうけど。
「結局能力があろうがなかろうが自分の信じたいものを信じてしまうってことだな……まあコートは気にするな」
彼の手が背に回って、引き寄せられて。
驚いてばさりと音を立てて傘を取り落としてしまった。
「こうすれば、俺も暖かいからな」

 

「……さて、予定の時間よりずっと遅れたが、これから付き合うか?」
急に目が覚めた気分だった。
そう、元々デートの約束だったのだ。
とにかく謝りたくてきたから、すっかり忘れていたが。
「断っても連れて行くつもりでしょう?」
答える前から傘を拾って雪を落としているくらいだから。
無論、断るつもりもない。
せめてもの埋め合わせ……地獄まで付き合おう。
「当然だ」
傘を差してもう一方の手でヴィレッタの手を取って、ギリアムは目を細めた。

 

待ちぼうけ→「雨は夜更け過ぎに~」ってなわけで「雪の日に」です
頭悪いです。突っ込まないでやって下さいorz
「○時間遅れだ……」で振り向いたら腕組んで木にもたれてたとか(OVAネタ)
「ここが一番寒いから暖めてくれないか?」でキスとか思いついたけどやらなかったのは最後の無駄な良心です。

 

テキストのコピーはできません。