ベットOK?

珍しく仕事の少ない時期。
極東基地の休憩室のひとつでコーヒーを飲みながら、ギリアムはため息をついていた。
「暇なのはわかるけど、ため息をつくと幸運が逃げるわよ」
頭に軽く書類を載せられた。
首と身体は固定したまま、視線だけを動かしてヴィレッタに答えた。
「君が迷信を口にするとは思わなかったな。それで何か用かい?」
「用っていう用じゃないけれど、あなたの暇を解消してあげようと思ってね……賭けを持ってきたのよ」
――何か、企んでいるな。
ギリアムはヴィレッタの声の調子から直感的に、そして経験則として感じ取ったが、そのまま続きを促した。
「PTで私と三本勝負……あの時は直接戦闘はなかったから、実力差を認識するにはちょうどいいと思うのだけど……どう?」
「勝負は構わないが賭け、だろう? 何を賭ける?」
「相手の言うことを何でも聞く……何でも、ね」
ヴィレッタの笑みは、どこか妖艶だった。
ギリアムは愚かではないから、この“賭け”がヴィレッタに有利なことを理解していた。
勝てばそれでいいし、負けても彼が性格上無茶な要求は突きつけられないことを彼女が理解しているのは明白だった。
彼女が、本気で勝つ気でいることも。
しかしそれはギリアムも同じ。
彼も、腕に絶対の自信を持っている。
教導隊の人間として……一人のパイロットとして。
何でも、という言葉にも当然魅力を覚えてはいたのだが。

 

「旅に出るのなら、留守は預かるわよ?」
慰めるような調子。
冷徹に言われるよりも、今のギリアムには辛い響きがあった。
2対1。
どれも僅差ではあったが、ヴィレッタの勝利であるのは事実。
ヴィレッタから見て面白いくらいに落胆しているギリアムに、さらに追い討ちをかけた。
「あなたも馬鹿ね……勝ちたかったなら予知使えばいいのに。特殊能力も実力のうちでしょう?」
もっとも、それが彼女の目的の根幹の部分であったのだが。
彼の予知能力を抜きにした、純粋なパイロットとしての能力を測ることが。
予知能力だけに頼ったダメパイロット……などという称号を彼が許さないのは当然。
戦時中なら予知だろうと何だろうと使うが、こういった実力勝負は、特殊能力を抜きにするものだろう。
彼は真面目すぎるほどに、真面目だから。
彼女にとっての誤算は、ギリアムが手加減に慣れておらず、必要以上に実力を押さえ込んでしまったことだった。
こうなってしまった以上、賭けとしての部分、少し刺激を加えるための、“おまけ”……これを楽しみにするしかない。
そう……極上の、“おまけ”を。
「落ち込むのはここで終了よ……“賭け”たんだから当然、従って貰わないとね」
笑ってギリアムの頬に手を添えた。
「負けたら何でも言うこと聞くって言ったわよね、少佐?」
ヴィレッタの手も気になったが、それ以上に、彼女の顔が近くて。
鼓動の変化を、覚えずにはいられない。
深く闇い瞳は、何もかも飲み込んでしまうようだった。
これ以上覗き込んではいけない。視線を逸らさなくてはならない。
直感で思っても、身体がいうことを聞いてくれなかった。
彼女の次の言葉が死刑宣告であるかのような心地で、それを待った。

「うちのチームの演習相手をしてちょうだい」

気の抜けた声はどうにか抑えたが、眼が丸くなるのは禁じ得なかった。
思わず彼女の瞳を真剣に見つめて聞いてしまった。
「……それだけか?」
「それだけ、よ」
安堵したのか。
失望したのか。
「ふふ、期待していた?」
「っ……何をだ、何を!」
「さて、ね。少佐こそ何で照れているの?」
「照れてなど……いない」
肝心な所は絶対に見せないくせに、何でもない嘘が下手だ。
扱いやすいと言えば扱いやすい。
別のことを命じればどうなったのか興味はあったが、今の所彼の利用価値は別の所にある。
そしてあまり遊びすぎても、彼の誇りが傷つけられるだけで、面白いという以外の益はない。
ヴィレッタはそう判断して、表情を抑えて背中を押した。
「それはともかく……お仕事よろしく」

「お、今日の相手はギリアム少佐か! おっしゃあ! どっからでも来い!!」
「ちょ、ちょっと、リュウ!」
「……言っておくが、数ヶ月操縦していなかったからと言って、腕の鈍りは期待できんのだぞ、リュウセイ」
何故、こんなことになったのか、とギリアムはため息をついた。
演習自体は、不本意なものでも何でもないのだが。
楽しそうな彼らを見れば、ギリアムも楽しい。
ヴィレッタとだけやって、彼らとやらないというのもおかしな話だ。
ただ、一本しか取れなかったのが、悔しく、やるせないだけのこと。
彼女の実力を知るからこそ、負けるわけにはいかなかったのだ。
手加減をしたという意識は彼にはなかったから、余計に落ち込んでいる。
一応辞めている以上表には出さないが、彼のパイロットとしての誇りはランページ・ゴーストの攻撃力より高い。
「そうか。どこからでも、か」
ギリアムの呟きに、アヤが慌ててフォローを入れた。
「あの、少佐、あの子には悪気はないんです」
「怒ってはいないよ。そう……怒っては、ね」
アヤに曖昧な微笑を見せて、そのまま機体に乗り込んだ。
さて、彼らはどこまで健闘出来るだろうか。
ヴィレッタは予想して、通信を入れた。
「少佐、賭けに勝ったら何を要求するつもりだったの?」
「過ぎたことを言ってもしようがあるまい」
元より愛想の足りない声が、更に酷くなっているようであった。
ヴィレッタはしばらく黙った後、続けた。
「……3人抜きで一撃も食らわないで終われたら、聞いてあげようかと思ったんだけど」
「賭けるまでもなく、こっちはそのつもりだ。とりあえず、その話は終わってからにしないか?」
「参考までに」
「…………一緒に街に行かないか、と言うつもりだった」
「了解。それじゃあ、彼らをよろしく」
通信を切って、ヴィレッタは独り笑った。
「それは命令じゃなくて提案よ、少佐」

しかし、彼女も笑ってばかりはいられなかった。
演習を終えた彼らを迎える表情は、どう見ても引きつっていた。
「まあ、よくもここまで器用な壊され方をしたものだ……」
速攻勝負はギリアムの得意分野であるから、時間の浪費がなかったのはいい。
だが、何故変形機構やプラスパーツだけ徹底的にやられているのか。
「金かかるのよ、あの三機。あなたが壊した所は、特に」
「やりすぎとは思うよ……」
ヴィレッタの白眼視を受けつつ、ギリアムは眼を逸らした。
手加減が出来ない性質は元からだが、つい本気になって叩きのめしてしまった。
本気になったのは彼女との賭けのためか八つ当たりのためかリュウセイの挑発のためか。
何にしても、大人気のない話であった。
「だが、徹底的にやらないで実弾演習といえるのか?」
「どうせやるならお金と修理の手間のかからない所にしてちょうだい」
「わかった、次はそうするよう努めよう」
「もう勘弁してくれ、本当に」
リュウセイのため息は、まさしく本心からのものだった。

 

お題「二人の……」というわけで、二人の賭け(無理矢理感) 原案は焔です。OG1しかない頃に書いたもの。
ヴィレ姉が勝っていますけど、予知があってもなくても互角という前提です、一応。
ステート見る限り少佐は防御がダメダメなので、多分「見切り」使って当てまくったんでしょう(笑)
どこがとは言いませんが、ちょっと悪乗りしすぎたかも?

 

テキストのコピーはできません。