一人パニック・214

ギリアムは他のことはいいかげんだが、人付き合いについてはマメな男だった。
普段世話になっている人間を漏らさずリストアップ、人数分のプレゼントを確保。
だが、今年のバレンタインデーは一味違う。
――――わざわざ取り寄せた総天然原料で作る甘さ控えめココアクッキー……ヴィレッタは気に入るだろうか。
レーツェルの講義をみっちり受けたから大丈夫だろうとは思うけれども。

急に眩暈がしたのはオーブンを開いた時で、ようやく出来た原型を落とさないよう必死にならなければならなかった。

――――――バレンタインの当日。
自分のプレゼントをヴィレッタが食べることはない。
暗い所に放り捨てられてしまう。
そして、自分は彼女から何も貰えない。
他の人間には例え義理チョコでも渡しているのに、何一つ――――――

何故こうもこの力はタイミングが悪いのかと呆れるが、実の所思い当たる所はかなりある。
オーブンをそのまま閉じて項垂れた。
落胆するのは筋違いだと、わかっているけれども。
廃棄して市販の物を渡そうと決心した時、背後からの声によって挫かれた。
「食べ物を粗末にしてはいけないと散々教えたはずだが?」
レーツェルが手元のものを素早く奪い取り、テーブルに避難させる。
ボウルに残ったものを指で掬い舐めとり笑う。
「なかなかの出来ではないか。何が不満なのだ?」
「美味くたって無意味だよ……もう、ヴィレッタのことは諦めるから」
目を伏せてため息をつく。
「俺の手作りなんて何が入っているかわからなくて気持ち悪いだろうし、そもそも彼女との関係は普通の仲間であって、恋愛感情については俺の片想いであり、彼女は何とも思っておらず、何らかの反応を求めるのは甚だしい筋違いと勘違いと思い上がりであって、非常に勝手な……」
「落ち着けギリアム」
理屈を並べたてる彼を軽く叱って、肩に手を置いて宥めようとする。
しかしなかなか顔を上げようとしない。
「お前は昔から深読みをしすぎだぞ」
「お前にだけは言われたくない」
「私はそれに囚われたりはしないからな。自分で言うのは何だと思うが」
喋りながらクッキーをオーブンに投入する。
当然、ギリアムの許可なく。
抗議の声も鮮やかに無視して。
「まだ気持ちを確かめていないのには驚いたが……その想いが真実であるのならばそれを表現するのに何の問題がある?」
「彼女には負担だ」
一言で切り捨てエプロンを外し、後片付けをはじめる。
「………………俺のプレゼントは捨てられるよ」
「お前が愛したヴィレッタ・バディムはそんなことをする女性か?」

――――――――しない。

「しない……けれども、そこまで嫌われているのかもしれない。前は良くても、今はそう思われているかもしれない。俺はきっと、それだけのことをしている」
「なら直せ――何故そういう結論を出すのに至ったのかはわからんが、これだけは言っておく。彼女を信じろ。そしてお前自身もな。それと、自己完結は昔からお前の悪い癖だ」
片付けを手伝いながらふと笑う。
香ばしい匂いが漂い始めた。
「それに渡してもらわねば指導した甲斐がないからな。ラッピングまで教えさせて渡さぬなどということは、許さんぞ?」
ギリアムはまだ俯いていた。

――――理解はしている。
予知とヴィレッタ、どちらを信用するかといえば絶対的に後者だ。
だがあの鮮明なイメージが、どうしても頭から離れない。
暗い所に放り捨てられ放置された、プレゼントの姿が。

 

バレンタインデー当日。
レーツェルに半ば強引に準備させられたが、ギリアムはまだ逡巡していた。
市販のごく普通のお菓子。あの手作りクッキー。
両方とも、持ってきている。
――渡す――――どちらを?――――――彼女は、渡しにくるのか。
レーツェルに尾行されているのはわかっていたが、今更どうこう言う気にもなれない。
彼は悩み続けていた。

悩んでいると――――警報が鳴った。
敵襲。

パイロットスーツに着替え荷物を置いてゲシュペンストに乗り込む。
いつもと変わらない、敵の軍勢。
ただ、ギリアムはいつもの精神状態ではなかった。
先読みが利かない。精彩を欠いた動き。突っ込みすぎだという声。
そして――――――――墜ちた。

「無様ね」
見舞いにきたヴィレッタは開口一番冷たく告げた。
無事敵を撃退し、ギリアムも幸い大事には至らなかったが、彼の戦闘中の動きは誰がどう見ても酷いものだった。
おかげで余計な詮索や心配が入って少々辟易していた所に追い討ちをかけるようなこの一言。
ただ、少し安心した。
そう言いに来てくれるのなら、それほど嫌われていたわけではないということだから。
――――やはり予知は当てにならない、か。
「何かあったの?」
「調子が悪かっただけさ」
予知とバレンタインのことを忘れることにして、彼はようやく微笑をみせた。
しかしそうすることをヴィレッタは許さなかった。
彼女は、綺麗にラッピングされた箱をギリアムに差し出した。
「日付は変わってしまったけれど……いつもあなたには世話になっているから」
――貰えた。
実に、あっけなく。
それなら、あれを渡さないと――ああ、出撃時にロッカーに入れていったんだ。
取りに行かなければ――――

――――日付?
――――――――――ロッカーの、中?

バレンタイン当日、プレゼントは貰えない。自分のプレゼントは暗い所に放られ――――

「はは……ははははははっ! そうか、そういうことか!!」
腹の底から笑い声が溢れてくる。
どうということはない。
予知の方も、最初から当たっていたのだ。
「しょ、少佐……どうしたの!?」
打ち所が悪かったのだろうか。
ヴィレッタは事情もわからず、急に笑い出したギリアムを見て戸惑うことしか出来なかった。

「ちょっと、な。そうそう、こちらもプレゼントがあるんだ――――」

 

「2月14日」ということでバレンタイン。
ギリアムさんはやはり一人で思い込んで暴走しているのが似合います。
予知能力最高!
レーツェル兄さんをもう少し遊ばせたかったかな。

 

テキストのコピーはできません。