好きになった日

名前も知らないその人に、ひと目で惹かれてしまった。
「ラーダ、彼は?」
社外の人間だが内部の者であるかのように距離が近い。
「あら、あなたは初めてね。連邦軍のギリアム・イェーガー少佐。名前くらいは知っているでしょう?」
「元特殊戦技教導隊」
「社長やあなたもだけど実際に運用するパイロットの意見って重要だものね。図面も引けるし」
端正な顔付き。適切な距離感と気配り――立ち回りの機敏さ。工作員の癖って出るのよね、と自戒する。
そして彼が振り向いて歩いてくる。
「私の噂かな。ラーダ、と君は初見か」
「ヴィレッタ・バディムと申します、ギリアム・イェーガー少佐。御高名はかねがね」
「ああ、堅くならなくていい。私はそういうのが苦手なのさ。軍でも浮いていてこうして逃げ場を求めてしまう訳だ。丁寧語は不用、私は軍人で君たちは民間人だからな」
気さくな人柄。演じている気配はない。
「確か今は情報部だと聞いたけど」
意図的に崩すのは難しい。だが社内の人間だと思えば楽なものだ。
「上官の理解もあるし、単独行動が許される。気楽なものさ」
「パイロットは? 教導隊ともなれば欲しがらない所はないと思うのだけど」
「指揮や教官の才はない、使われる側の人間だ。その肩書きは逆に邪魔になる。バグズたちを送り込んでくる連中が来る時までは大人しくしておくさ」
確かに特殊戦技教導隊は解散理由もあって元メンバーは持て余されていると聞く。
PTが普及していない今となれば尚更だ。
「ところでヴィレッタ、先程の君たちの話だと君もパイロットのようだが」
「聞かれていたのね。ええ、テストパイロットよ」
「では」
不敵な笑みを浮かべた。
「お互い仕事をしようか」

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より実用的なデータを取るため実機。
機体はマオ社預かりのゲシュペンストMk2の試作機タイプRとS。
余裕を見せて私に選ばせるーー私は射撃の方が得意だ。
彼もミドルレンジからアウトレンジの回避特化タイプ。
タイプRを選ぶ。

ーー人型機動兵器の扱いなら私の方がこなれているけれど、実力を見せてもらおうかしら。地球の守護者さん。

その余裕は長く持たなかった。
攻撃が当たらない、すぐに潜り込まれ辛うじて直撃を避ける。
シミュレーターなどで訓練を続けていたのだろうが、いくら確立から携わっていたからといって動きが違う。
実戦の動き、間違いなく熟練のパイロットだ。
奴らが地球を狙うのもわかる。
当てても掠るだけ、そしてーー拳の直撃。
負けた。
手加減などとうにやめていたのに。

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素晴らしいデータが取れたと社内が盛り上がっている。
「凄いじゃない、ヴィレッタ。ギリアム少佐に当てたのはあなたが初めてよ」
わかってしまった気がするーー図面が引けるだとか意見が参考になるとかいう表現の原因が。
「いや、ライディースも当てている。血は争えんな。だが私に懐に飛び込まれて回避したのは教導隊が解散してから以来かな」
「……射撃の方が得意、と聞いたけど」
「比較対象がカイ少佐やゼンガーではな。回避しやすいのがミドルレンジからというだけで、格闘戦もいける」
余裕の笑みを見せられて敗北感を覚える。
「久々に楽しめたよ。ありがとう、ヴィレッタ」
「こちらこそいい経験をさせてもらったわ」
握手を交わす。
「それにしてもいい腕だ。実戦経験でも?」
「戦闘機は少々。あとは訓練のみよ」
少しやりすぎた、という思いが出ないようにする。
「これから君に会いにマオ社に来ようかな」
普通であれば口説き文句だが、素だろうと感じる。
だが少し、嬉しかった。

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DC戦争が勃発した。
ギリアム少佐はゲシュペンストMk2-Rで、私はR-GUNで、ヒリュウ改と共に戦った。

ネビーイームに戻った。
ある程度奴らの味方をしなければならないが、ギリアム少佐との交戦は避けねばならないと感じた。
地球と戦うフリをする、というだけなら彼である必要はない。
撃墜のリスク、正体が判別するリスク。
彼ほどのパイロットであれば機体が違ってもわかるだろう。
合流すると皆から疑念を向けられる。当然だ、姿を消していたのだから。
「君を信じよう」
そして彼は、事実を確信した上で宣言した。

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戦いが終わって、ギリアム少佐は私をヒリュウの格納庫に呼び出した。
人払いをした様子がある。
私とイングラム、ネビーイームのことを尋ねられ、知っていることを答えた。
彼の懸念を埋められたかはわからないが、部下として情報部へのスカウトを提案するのだから、事実を含め気に入られたということだろう。
私が二重スパイだったということも、私がイングラムの複製だということも含めて、私を気に入ってくれている。
ーー好き、なのだろうか。腕前とか、友人としてではなく、恋愛感情の意味で。
こう考えてしまう時点で、私は彼にそういう感情を抱いている。
そして私がSRXチームに行きたいという意志を尊重してくれた。
私の一目惚れは、正しかった。
初めて会った時の不敵さとこの優しさが、好きになった。

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ギリアム少佐は時々SRXチームの演習相手に来た。
3人がかりで向かわれるのを楽しんでいる。
「俺に言わせればまだまだだな」
「だからこそ彼らの訓練にもなる」
「久し振りに君とも手合わせしたいが」
「隊長としての面目が立たないわ」
「自信がないか?」
私たちは笑いあっていた。

********

ギリアムからのネビーイーム調査任務の同行依頼を受け、私はヒリュウ改に乗り込んだ。
R-GUNは改良が必要なため機体の調達を依頼すると、用意されたのはゲシュペンストMk2-R。
あの時のことを覚えているかはわからない。
ただ、これが彼にとって大切な機体だということはわかる。
彼の機体はゲシュペンスト・タイプRーーPTX-001の型番を持つ原初のPT。
ただ、喜ぶ気にはなれなかった。
いずれ戦争が起きると確信出来る不穏な情勢もある。
それ以上に、彼がおかしかった。
何かを抱え込んでいた。
君にも教えられない、と言った。
ーー君にも、か。
情報部は情報部でも工作任務だろうな、と考えてしまうくらい社交辞令の苦手な人。
私のことを信頼してくれている。
でも、髪で隠れた目は却って目立つ。

何かに縛られている。

そんなはずがない。
私は、ギリアム・イェーガーを好きになった。
イングラムと似ているから好きになったんじゃない。
共通点を見出そうとすればいくらでも出来る、それでも彼はイングラムとは違う。
私がイングラムでない、という事実以上に別物だ。
それでも一度持った確信は拭えない。
ギリアムの一挙手一投足に、イングラムを見いだしてしまう。
別行動を取る、と言って去った彼に、二度と会えない気がした。

結果として、それは懸念だった。
ハロウィンプランで改造されたゲシュペンスト・タイプRVを駆って私たちの前に現れた。
だが、彼の真実は違った。
パラレルワールドを語る彼。それを“極めて近く、限りなく遠い世界”と語る彼。
『向こう側』からやってきた、と語る彼。
受け入れなければならない。
他でもない私を信じてくれたギリアムを。
開発した次元転移装置でシャドウミラーという戦乱を呼び込んだと謝罪し贖罪をするという彼を。
誰が信じなくても私だけは信じなければならない。

それでも。
ヘリオス・オリンパス。明らかな偽名。
『向こう側』で次元転移装置・システムXNを開発した彼。
システムXNの一機、アギュイエウスの生体コアと自らを称する彼。
私のヴィレッタ・プリスケンという名と同じで、ギリアム・イェーガーという名が彼の本質を現すもの、と考えるべきだろう。
問題は、何故彼がヘリオス・オリンパスにならなければならなかったのか。
テスラ研で開発に従事したということは、システムXNはEOTなのだろう。
EOTの生体コアーー彼自身がEOTであり、その出所は?
何のためにそんなものが造られ、彼が組み込まれた?
ヘリオス・オリンパスはそれを開発し、何をしようとしていた?

それでも、私はギリアムを信じる。
悔恨と謝罪、決意を感じた。
システムXNとシャドウミラーを消すというこれまでにない強い意志。
あなたは私を信じてくれた。
次は私が信じる番だ。信じて、力にならなければ。

********

食堂で共に喧騒を見守った。
彼らの強さを語った。
いつもどおり不敵で穏やかなギリアムだった。

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シャドウミラーがヘリオスと呼ぶのを否定しなかった。
パーツ扱いされた。
『向こう側』に帰れると誘惑された。
断固として拒否した。
システムXNを抹消すると宣言した。
シャドウミラーの手には落ちない、傍観者になるつもりもないと言い放った。

イングラムがちらつく。
私に銃口を向ける冷たい目が射抜く。
そんなはずがない。

********

シャドウミラーとの決戦で、彼はシステムXNと自らを繋いだ。
シャドウミラーと変貌したネビーイームとシステムXNごと、二度と戻れない世界に行くと。

生体コアを抹消しない限り、それはシステムXNの抹消にはならない。
そしてアインストによって閉鎖された空間から私たちを脱出させるには、完全な次元転移装置が必要だ。

ギリアム・イェーガーの行動として一貫している。

「早まらないで! まだ方法はあるはず!」
思わず飛び出した言葉が何の役にも立たないと信じられてしまう。
そんなギリアムだから好きになったのに、こんな結末はーー

「ヴィレッタ」
悔恨に歪むその顔と。
「後のことは頼む」
その言葉は。
R-GUNに搭乗する私を止めるには、十分すぎた。

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「ファイナルコード・アポロン!」

********

それでも、決別にはならなかった。
アインストにより歪められた力は、私たちをその世界に誘導した。
ギリアムもそこにいた。アインストの手助けをしてしまったと。
システムXNは回収され、彼は再びゲシュペンストRVを駆った。

アインストの消失により私たちごと世界が消える、という時ギリアムはシステムXNの使用を宣言した。
全ての機体を出撃させて欲しいと。
独断ではない。贖罪でもない。抹消でもない。
未来を掴むために。
私たちの想いを1つにして。

「エクストラコード・ゼウス!!」

私たちは地球に帰還した。

********

ヒリュウ改で準備を進めていた。
「ギリアム少佐」
「どうした、ヴィレッタ」
「終わったら、話をしましょう。待っているわ」
「ああ、行ってくる」
宇宙空間に放ったシステムXNを、ゲシュペンストRVで撃った。
閃光を見届け、彼の帰還を待った。

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「これで良かったの?」
「良かったも何も、こうするために戦ってきたのさ」
自信のなさがにじみ出る空笑い。
「あなたには帰りたい場所があったのかと思ったのだけど」
「あんな不安定な代物ではな。見ただろう? 君たちの想いなしでは発動出来ないんだ」
少し確信を得る。
「……俺自身も揺らいでいた。だから、引き止めてくれてありがとう。君は無力を感じたかもしれない。だがあのまま飛んだら、俺だけがアインスト空間に行っていただろう。結果としてまた巻き込んでしまったのだが、あの力が渡るよりは良かった。未練に思ってしまった。今度こそ、と決意したのに」
息を吐ききる。
「ごめんなさい、辛い話をさせてしまったわ。あなたは今決別を済ませたばかり。まだ折り合いがついていない」
「そう、だな。これも未練というわけだ」
「だから関係あるようでない話……ギリシャ神話が好きなの?」
笑うと彼も釣られたように笑いだす。
「お偉いさん方はゲンを担ぐのさ」
「その割には派生が多いし自分の偽名にも使っているけど」
「……ゼウス」
穏やかに微笑む。
「あの世界の希望の名さ。あとはこじつけに過ぎない」
それ以外の名の根本は1つ。
「だからこの世界は俺にとっての希望だ。還るべき世界なんだ」
強く笑っていた。
「あいつらがここに導いてくれた」
涙を流していた。
「ええ、あなたに会えて良かったわ、ギリアム」
涙のまま表情を止める。
「好きよ、ギリアム。初めて見た時から好きだった」
「え、その、ヴィレッタ?」
「予知出来なかった?」
「い、いや、君は俺の能力を知っていたのか!?」
「ほのめかすことは言っていたし、パラレルワールドに渡る装置に必要なものと言えば因果律予測……どう?」
困惑。困惑の笑顔。涙は止まっている。
「……見ての通りあまり役に立たない。勘だと思ってくれ」
「もう1つ言っておく。やっぱりあなたはイングラムとは違うわ」
「というと?」
「イングラムは意図的にヒントを出す。あなたは素で出てしまう」
「褒めてないだろう」
「いいのよ、褒め言葉でなくても。似ているのは確かだけど、あなたの行動1つ1つにイングラムを見出してしまうのはお互い気分が良くないでしょう。だから明確な違いを知っておく」
「……重なっていたのか?」
「『ヴィレッタ、後のことは頼む』……同じ状況で同じ言動をする人を重ねない方がおかしいわ」
「……!!」
抱きしめられた。
「すまない……!」
強く抱かれる。
「俺は本当に……君ならこの世界を……」
「そ、その、離れて。痛い。わかったわ」
離れる。
「私がギリアム、といつもと違う呼び方をしても気付かないのも」
「……それは、そうなる気がしていた」
両手を掴み、真剣に向き直る。
「俺もヴィレッタが好きだ。初めて見た時から好きだった」
柔らかい笑み。
「その『好き』がどういうものかはこれから定義する所だが、時間が欲しい」
「いくらでも時間はある。変えられる未来が。私もこれから決めていくわ」
笑いあう。
笑顔からこぼれ落ちる涙が、光を纏って美しいと思った。

 

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診断メーカーで『ギリヴィレのお話は「名前も知らないその人に、ひと目で惹かれてしまった」で始まり「笑顔からこぼれ落ちる涙が光を纏って美しいと思った」で終わります。』と出たのでこれは!と。
そろそろOG1&OG2に向き直らないとなー的な感じでしたので。
でないとにじおじ以降のアレに説明がつかないし!
「イングラムと重ねているのか」「OG2でMk2Rを渡した理由」「後のことは頼む」「どの『好き』」かあたりにそれっぽい理由をつけてみました。
やっぱりヴィレッタさんは主人公でギリアムさんはラスボスですね!

テキストのコピーはできません。