君を忘れた日

いつかそんな日が来ると思っていた。
極めて近く限りなく遠い世界で、すれ違ったあなたの背中を見送って寂しく思うような日を覚悟していた。

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ヴィレッタの被撃墜は珍しい。
いつも以上に戦闘を早く終わらせて見舞いに行った俺に君は言った。
「……あなたは?」

本当にわからないのだと直感してしまう冷たい声。

「混乱しているようだな。私はギリアム・イェーガー少佐。君の同僚にあたる」
「失礼しました、ギリアム少佐」
「君の部下たちも見舞いに来たようだ」
彼らの名を呼ぶ君の明るい声を聞いて、俺は静かに病室を去った。

何事も起きなかった。
いつものように話し、いつものように戦った。

「ギリアム少佐ー、ちょっとお話が」
「何だ、エクセレン少尉」
「そういうとこですよー。何でそんな他人行儀なんですか少佐ったらぁん♪いつものように気軽にエクセレン、って呼んでくれていいんですよぉ」
「私はいつもどおりだが」
「私、ねぇ」
「何が言いたい?」
「ギリアム少佐絶対おかしいですって! もしかして私たちの名前だけ覚えていて、それっぽく話そうとしているだけじゃ、的な?」
「やめろ、エクセレン」
「いいんだ、キョウスケ中尉。エクセレン少尉の言っているとおり、私は少し記憶の混乱を起こしている。だがわかる。エクセレン少尉は誰もが言いたいことを敢えて言ってくれているのだと」
「……こんな勘当たらなかったら良かったなぁ、なんて。でもでも! これからまた仲良くなっていけばいいんですから! 気にしないでお気軽にエクセレンとお呼び下さい!」
言葉が出なかった。
「あまり困らせるな。失礼します、ギリアム少佐」

俺はいつの間にか消えていた。
戦っていればいい。何も感じずただ役割を果たしていればいい。

「ギリアム、記憶をなくしたというのは本当か?」
「そうだ、エルザム」
「私はここに来てからレーツェルとしか名乗っていないはずだが?」
「混乱しているが知っている、本名はエルザムだろう」
「……本当に、忘れたのか?」
「何を覚えていて何を忘れたかもわからない」
「本当、のようだな。すまない。少しずつでも思い出してくれると嬉しいが、あまり無理をするな」

何を思い出せというのだろうか。
本当に忘れたら、忘れたことさえ思い出せないのに。

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「ギリアム少佐」
「どうした、ヴィレッタ大尉」
あなたは忘れていた。
誰と話しても他人行儀だった。
何故そうなったのかは誰にもわからなかった。
「用がないなら、私はこれで失礼する」
用がなくても話していたのに。
私、なんていつ以来だろうか。
こうなってから長くて、ずっとこうだった気すらしてくる。

何かのショックで記憶の欠落を起こしたのだと推測された。
彼自身記憶障害を認めていた。
身体的な異常は何もなかった。
戦闘や任務に支障はなかった。
ただ他人行儀だった。
無理にすると破綻を起こす可能性がある、と他人行儀で居続けた。
彼の存在が稀薄になっていった。
ただ戦っているだけだった。

「用ならあるわ、ギリアム」
振り返ったがわからない、という顔だった。
「きっと思い出させる、という私の決意表明を聞いてもらう」
「君は」

これまで聞いたことのない優しい声だった。

「俺のいない世界で幸せになってくれ、ヴィレッタ・プリスケン」

あなたは微笑んで、そのまま気を失った。

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「……君は?」
「混乱しているようね。私はヴィレッタ・バディム大尉。あなたの同僚よ」
「それもそうだ。俺はギリアム・イェーガー少佐……ヴィレッタ、思い出したのか!?」
「あなたこそようやく思い出したの? ギリアム……!」

何を忘れていたかも思い出せないまま、涙を流して笑いあった。

 

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『私』を使うギリアムを久々に書きたい、ということで記憶喪失ネタです。
OG2で『俺』デフォなので10ウン年ぶりの『私』ギリアムです。
冒頭のヴィレッタは一時的な欠落だったのですが、そのショックでギリアムが皆を忘れてしまう、という奴です。
キョウセレとトロンベ兄様本当に便利ですね、などと。

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