MyHERO

その施設をヴィレッタが訪れていたのは、不幸な偶然と言う他ない。
バーニングPTによるパイロットの民間からの選抜事業は細々と続いていた。
イングラムの後任としてその監修も引き継いだだけのこと。
思いもしなかったのだ。
派閥抗争に敗れた軍の一部が自棄を起こし武力行使で施設を占拠し復讐を試みるなどと。
「あなたたち、こんなことをして何になるの? 軍が本気を出せば簡単に鎮圧されてしまうわ」
「うるさい! こっちには民間人の人質がいるんだ! 実力行使に出て人質死亡なんてなったら後味が悪いし世論が許さないだろうよ!」
確かに。この施設は一般的には民間施設とされているし実務にあたっているスタッフも殆どは事情を知らない民間人だ。
軍からの通信が入った。まずは彼らの意思確認といったところだろう。
モニターに映し出された通信相手の顔を見てヴィレッタは声を出しそうになるのを必死に抑えた。
ギリアム・イェーガー少佐。
鋼龍戦隊の戦友であり、お互い憎からず想っている相手。
今日は情報部としての任務でたまたまこれを引き当ててしまったということだろう。
ただ、この不幸な偶然に声を上げて敵に情報を与えてしまうことを恐れた。
反逆者はヴィレッタに銃を突きつけカメラの前に引きずる。
ギリアムの表情が動かなかったのも同様の理由に依るものだろう。
「ハッ! ハハッ! まさかお前が来るとはな! 漆黒の堕天使、ギリアム・イェーガー!」
「……勘違いを正させて貰うが、貴官らが任を解かれたのは確かに我々の活動によって暗躍が日の目に晒されたからだが、それは貴官らの行動の結果というものだろう。私を恨まれても筋違いというしかない」
そしてお互い知らぬ仲でもなかったようだ。
というよりもこの内容からすれば彼らが自棄に走った原因はギリアムということなのだろう。
情報部というのも業が深いものだ。
「お前に復讐出来るならこれはいい! 要求だ……人質の解放の代わりにお前が1人で来い。無論非武装でだ!」
自棄と復讐に滾る彼らのこの要求を飲めばどうなるか。
少なからぬ数の民間人を含む人質の解放及び反逆者の鎮圧と引き換えに『尊い犠牲』が1人出る――――予知能力なきヴィレッタでもそれは容易に想像がつく。
等しいリスクと呼ぶべきだろうか――否。個人的感情を置いておいてもギリアムという軍人のこれまでとこの先の貢献を考えればそれは容認すべきではない。
他に手段があるはずだ。
突きつけられた銃の存在をジャキ、という音で再認識すると共にヴィレッタはその声をどこか遠くで発せられたもののように聞いていた。
「要求を飲もう。俺1人で済むなら安いものだ」

両手を挙げたギリアムが歩み寄ってくる。
何も言葉を発する事が出来ない。
こんな時くらい感情に走ることが出来たら良かったものを――己の使命感と性分に嫌気が差す。
手錠が嵌められ、強引に引き立てられていく。
解放された彼女とすれ違った時、ギリアムは確かに顔を彼女に見せた。
こんな時だというのに、彼はいつもの自信に溢れた笑みを浮かべていた。

「どういう、ことなの」
保護されたヴィレッタへの事情聴取に当たったのはギリアムの部下だった。
「これは看過していい犠牲ではないわ。もっと他に手段が……」
「わかってください、ヴィレッタ大尉。少佐がああ言ったら僕たちはどうしようもないんです」
クールビューティーと称される彼女だがその時は激昂した。
ギリアムの部下たちが存外冷静だったからだ。
彼女は彼らが信頼しあっていた姿を知っている。それが愛すべき上官の犠牲を見過ごすような間柄だったのか。
「それに……少佐がああやって即断で断言した以上、僕たちは少佐を信じるしかないんですよ」
それどころか微笑を見せた。
毒気を抜かれる、とはこういうことか。
ギリアムの判断を全力で支持するほどの信頼。
ヴィレッタは親しさ故に彼の判断に反発した。
彼がそれを決めたのは人質にヴィレッタがいたことと無関係ではないだろうと、思ってしまった。
通信音で問答が遮断された。
短く応答し、ギリアムの部下は今度こそ笑顔を見せた。
「ギリアム少佐からです。鎮圧したので迎えを寄越して欲しいそうですよ。一緒に行きます?」

戦闘跡で少し汚れたギリアムが拘束もなく微笑むのを見て、ヴィレッタは思わずその頬を平手で打った。
「どういうことなの」
「い、いや、言っただろう? 俺1人で済むなら安いものだと……」
「少佐のああいう物言いは俺1人で十分だって意味なんですよね」
「うむ。自棄に走って民間施設を占拠する連中など数も質も大したことはなかったな」
サイカが『流石ギリアム少佐、カッコいいです!』などと呑気な感想を述べているが、格好のつくつかないはともかく彼の行動を肯定する気にはなれない。
もう一回打った。
「心配、だったんだから。私のせいでギリアム少佐が犠牲になるんじゃないかって」
「俺は死なない」
「そんな保証なんてどこにもないのよ! もう一発殴られたい!?」
「君らしからぬ焦りだな。それだけ俺を心配してくれたってことか」
「当たり前じゃない!」
「言っておくが人質に君がいなくても俺は同じ行動を取っただろう。だから君が罪悪感を覚える必要などなかったんだ」
「そうでしょうね。あなたはそういう人だもの」
そこは『君がいたから必死になった』とでも言った方が普通の女はなびくだろうが、ギリアムの言動としてはらしくないだろうと他人事のように思う。
彼はそういう人間なのだ。
今回は見事単独での鎮圧を成し遂げたがその勝算がなかったとしても彼はそうしただろう。
それがギリアム・イェーガーだ。
「ランチでも奢って機嫌を取りたいところだが今回の件を報告せねばならん。ああ、カメラの前で君に暴行した奴には2割増しほどの痛みを与えておいた。君が無事でよかったよ」
「いつでもいいわよ。お互い、無事だったんだから」
それを言うなら危機を助けられておいて彼を殴った自分も何かしらの償いをせねばならないではないか、とヴィレッタは思い直す。
こうなるとお互いがお互いを幸せにすることでしか帳消しには出来ないだろう、とその時を楽しみにすることにしてヴィレッタはようやく笑顔を見せた。

 

お題『HERO』なのでヒーロー戦記とスーパーヒーロー作戦出典の2人。
前々から書きたかった「俺一人で済むなら安いものだ」といって人質になって単騎制圧するギリアムさんの話。
彼はこうは言っていますがヴィレ姉がいなかったら即断即決はしなかったでしょう。結論は同じですがw

 

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