縁遠き祭り

空に花が咲く音が窓越しに伝わる。
祭りの終焉。故に一層輝く。
「今年からサイカが来てホンットーに良かった!」
光次郎がキーボードと共に軽口を叩く。
「あら、何でですか先輩」
「考えてもみろ! 祭りは遥か遠く、目の前には仕事の山! 職場はむっさい男だらけ!」
「ああ、光次郎。お前には言っていなかったか。過度に『華』を求める言動はセクハラとして減給の対象にする、と」
上官であるギリアムの警告を含めた――否、完全に警告である一言に光次郎は慌ててモニターに向き直る。
「だそうです、先輩。私は前の仕事お茶汲みばっかだったんでそういうの慣れてますけど、少佐は厳しいので」
「第一男所帯なのは認めますけどむさくはないでしょう、我々は」
「え、そこ? そこ譲れないポイントなの怜次?」
「私を除けば皆若いしな。少佐も含めて」
「少佐はキャリアの割に若すぎです」
軽口を叩きつつも書類の作成状況は順調なのが彼ららしいところ。
ギリアムはため息をつく。
彼らには言ってないが――言えるはずもない――麗しき恋人の誘いを断って今彼はここにいる。
アヤの見立てで浴衣も着たそうだ。見たかった、というのが偽らざる本音である。
男であれば――女でも見惚れるかもしれない――ヴィレッタの浴衣に誘われぬ道理がない。恋人であれば尚更である。
男の本能に上官としての責任が勝ってしまっただけのこと。
実際他部署やギリアムより更に上から降りてきた案件よりはギリアムの独断で調べている案件の方が多いともなれば部下を労って彼らだけ祭りに行かせこそすれ、1人だけ恋人と楽しく過ごすことなど出来はしない。
花火の音が止んだ。祭りの終わりだ。
「来年は祭り行けるのかねぇ」
「僕たちのデスクワークがなくなる時は少佐がパイロットをやってる時ですよ」
「デスクワーク以外で忙しい時じゃねぇかそれ!」
「すまない……苦労をかける」
心からの陳謝。
情報部の他の者たちがどのように仕事をしているかは知らない。結果こそ聞きはするが。
知らないが、ギリアム自身の、そして彼らの任務が比較して多く激しいものであるのは想像がつく。
「少佐、例の暴走事件の調査書まとめ終わったのでチェックお願いします」
「よくやってくれたサイカ、出来れば紙の書類で頼む」
印刷が終わりギリアムのデスクに書類が置かれるのと同時に、部屋の呼び出し音が鳴った。
「所属とご用件をお願いできますか?」
「SRXチームのヴィレッタ・バディム大尉よ。差し入れを持ってきたので開けて下さる?」
サイカの顔がパアッと輝いた。
何しろ彼女はヴィレッタを諜報員の理想として憧れを抱いている。
「ギリアム少佐! 壇先輩! 怜次先輩! 光次郎先輩! 女神の降臨ですよ!」
「光次郎の真似は程々にな。誰だったんだ」
「ヴィレッタ大尉から差し入れだそうです!!」
「通してくれ」
この来訪はある程度予知していたとはいえ部下も喜んでくれるというのは嬉しいことだ。
開いたシャッタードアから浴衣姿のヴィレッタが人数分のパック入りイカ焼きを携えて入ってきた。
夜空を彩った生地に、兎の柄。
――――可愛い。
語彙をなくした思考をするしかない。
「僕たちの分までありがとうございます!」
「ああ、サイカの言うとおり女神の降臨だ!」
「ふふ、どうかしら、ギリアム少佐?」
「ありがたいな」
デスクに歩み寄りそのままギリアムの耳元に唇を近付け囁く。
「断られちゃったから見せつけに来たのよ」
「逆に問うが君は特訓中のSRXチームを置いて自分だけ祭りに行こうと思うか?」
「彼らが行くからこそ行く気になったのよ」
「そういうことだ」
タレが落ちないようティッシュを引いて皆がイカ焼きを頬張る。
ヴィレッタに祭りの様子を尋ねる。
いつも忙しい彼らの、ほんの少しだけの祭りが遅れて始まった。

 

私は!情報部わちゃわちゃが!大好きだ!(宣言)
サイカちゃんがだいぶ書きやすくなってきました。書きやすく改造しているともいう。
それにしても光次郎が目立つ現象どうにかならんか。

 

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