笑顔の溢れるやりがいのある職場

「地球連邦軍情報部所属、サイカ・シナガワ少尉、かあ……」
規律を守ったナチュラルメイク。真新しい軍服に袖を通したがどうにもコスプレじみている。
実感が湧かない。あのスパムメールから異形じみた自律兵器に狙われていたということも、その調査をしていたギリアム・イェーガー少佐の目に留まり司法取引で軍属になり今日から着任という事実も。
Dコンの星座占いアプリでは一位、仕事運と恋愛運が特に良し、運命の出会いが訪れるかも、などなど都合のいいことがずらりと書かれている。
――でもギリアム少佐って特殊戦技教導隊の人だし今もハロウィン・プランでゲシュペンストの改良に力を入れているから、夢のPT開発に携われるチャンスはあるかも。
というか美形27歳エリート少佐、しかも独身の直属の部下って普通にシンデレラ!? いやでもそんな都合のいい話があるわけが! きっと恋人が!
「落ち着こう。きっとここでもお茶汲み。そう思っておかなきゃ、今までずっとそうだったから」

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「やあ、取り調べの時以来か。私は壇。階級は気にせずさん付けで構わん。ここはそういうチームなんだ」
「俺は光次郎だ。気軽に光次郎先輩と呼んでくれ! 笑顔の溢れる楽しい職場へようこそ!」
「光次郎さん、全力でブラックアピールしないでください。ああ、僕は怜次。戸惑うことも多いと思うが徐々に慣れていけばいい」
オリエンテーションに現れた先輩兼同僚は見るからに個性が強そうだった。
求められていた人員がツッコミだという光次郎の冗談があまり冗談に聞こえない。
「先に言っておこう。ギリアム少佐うちのボス独自案件面倒事を背負い込むタチだから物凄く忙しい。けれどその分の手当ては出るし君は荒事に巻き込まれないよう配慮される。それに少佐はセクハラとは無縁だ。ただその上に礼儀として女性を口説く人がいるから……」
疑問符が浮かんだ。条件としては非常に素晴らしいのだが。
「セクハラについては慣れているので大丈夫なんですけど、少佐の上って……」
「ジェイコブ・ムーア中将、情報部の責任者だ」
絶句した。話しかけてくるはずもないいきなりの大物。
「あとスパイハラスメントと映画ハラスメントもあるけど、そっちはだいたいギリアム少佐が受けてくれるから大丈夫だ」
「スパイ……? 映画…………?」
接したことのない概念だ。
しかしはた、と気付く。
この3人組は軍服の上に黒いコートを羽織っている。黒尽くめの男たち。古典も古典のスパイスタイル。
「オリエンテーションは終わったな。招かれざる客がお待ちかねだ……サイカ、恐らくこれを体験すれば説明は不要だと思う。君の聡明さに期待する」
「え、ギリアム少佐、いつからそこに……!?」
背後から声がして振り返った。壁にもたれていた彼はサイカの理解が追いつく前に黒いコートを手渡した。
「このチームの制服だ、受け取りたまえ。さあ、司令を受けようか」
パッケージングされたディスクをひらひらと見せつけた。

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『おはようギリアム君。さて、この筐体は君の知っているとおりバーニングPT。イングラム・プリスケンの離反以来そのデータが有効活用されることはなかったが、人道に反しない範囲での利用が決定した。そこで君の使命ミッションはより有用なデータを選別することだ。例によって君もしくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されても当局は一切関知しないからそのつもりで。なお、このテープは自動的に消滅する……』
白煙が上がったと思うと閃光が走り、小規模な爆発が起こった。
「な、なななな……」
「中将が火薬量を間違えるなんて珍しいですね」
「新人を驚かせようという茶目っ気だろうさ。こんなこともあろうかと部屋を変えておいて正解だった」
――――帰りたい。
謎のハラスメントの説明としては十分すぎるほどだったが、スパムメールと詐欺の贖罪としては少し重すぎる。
やりがいと夢へのアプローチはあるが、それも所謂やりがい搾取というものではないのか。
「さて、洗礼が終わった所で……サイカ、君には先程の命令により伊豆に渡ってもらう。怜次がついていく、それに有力な協力者もいる。挨拶しておくといいだろう」
説明が足りない。
何より全員この状況に慣れているというのが恐ろしい。
この調子だと協力者というのはどういった人物なのか。
「りょ、了解です!」
戦々恐々としながらも、最早後には引けず敬礼を行った。

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「大変だったわね、サイカ」
柔らかく笑う件の協力者は、元マオ社で現在は特殊部隊の小隊長というサイカが羨み憧れる人物像だった。
件のスパムメールの捜査にも携わっており、予てからギリアムの相談を受けていたという。
「男所帯だから気遣いが足りないこともあるだろうって。ギリアム少佐に言いにくいことがあったら私に言って頂戴」
「その……問題は男所帯とかではなく……」
黒いコートは軍服以上にこなれず、見なかったことにしてアイロンをかけて保管してある。
ツッコミが追いつかないが、またも疑問が生まれてしまった。
――いくら女性同士とはいえ、職場の環境という人事に関する部分を外部の人間に託すのは如何なものか。
「フフッ、あなたの考えていることはだいたいわかるわ。私もギリアム少佐にうまく補佐扱いされているの。スカウトは断ったはずなのにね」
そう語るヴィレッタの語気は言葉とは裏腹に好感が溢れていて、否が応でもその好意を感じさせられる。
「…………その、いつもスパイ映画の世界なんですか?」
だがいきなり不躾な質問をする訳にもいかず、最もたる疑問をぶつけた。
「いえ、最初に大変な所を見せておこうという少佐なりの心遣いよ。普段は中将のテープは一人で見るはずだし」
つまり普段からあの形式で命令を受けているという事実を突きつけられて次の言葉が出ない。
そのうちに滾々と諭される。
ギリアムはサイカの希望が設計であることも汲んでいるし、彼女のハッキングの才も高く買っている。
そして一般市民の感性も欲しているはずだ、と。
「あなたはあなたらしくやればいいのよ。いきなり全てに順応する必要はないわ」
「少佐からも、それに先輩方からも言われました。でも自信が持てません」
積もり積もったお祈りメール。
結局何の成果も上げられなかった大学院時代。
空の笑みを浮かべて書類を整理しお茶を淹れるだけの日々。
いきなりお前は出来る、と言われても信じられない。
「でも心が躍ったでしょう? あなたの所属するチームが抱えている案件の数々」
「そうですね。バーニングPTが軍の事業だっていうのは単なる噂話だと思っていました。初任務がその案内役、しかも軍服で。ギリアム少佐って無茶な人ですね」
笑みが溢れた。信じていた日常が壊れた先にあった、この世界を守るための戦い。
美形なら何でも許される訳ではないはずだが、と少し溜め息も出るが、実直な人柄は伝わっている。
優良物件はかなりの事故物件かつどうやら先約ありの様子で星占いの恋愛運は外れだが、仕事運は悪くなさそうだ。
「…………正直な感想を言うと、どの案件よりもギリアム少佐本人の方が謎に満ちている気がしますが」
「あら、その結論に一日で辿り着くなんて、やっぱり才能があるのね」
サラリと返されて、やはりこの協力者も常識外れであることを確認しやっていけるか心配になったが、既に順応しはじめていることを実感しはじめているサイカであった。

 

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ワンライ『中間管理職』『同類相哀れむ間柄』『招かれざる郵便物』『今日の星占いで一位』『見なかったことに』で書き始めましたが一時間では書けなかった情報部ネタです。
捏造しかないけど当局は一切感知しないぞ!
情報部=ブラック(服の色でなく)のイメージって割と共通で持ってるものだと思うのですが、どこから来るんでしょうね。
サイカちゃんは顔を出してはいけない彼らの代わりに働いてくれるいい子です。

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