■愛憎により死を超える

シグルドは目覚めた――目覚めることが出来た。死ななかった。
「どういうことだ……!?」
思わず叫んだ。

襲い来る暴力的な魔の嵐に抗おうとした。
アーダンは命を失ってもなお、形のなくなるまで盾であり続けた。
逃げるよう叫びそれに応えて逃げた者がいた。
生き残ろうとしていた。
シグルドは確信していた――誰が生き残ったとしてもシグルドだけは死ぬ。
むしろ少しでも多く生き残らせるために死ななければならない。
聖剣の輝きはこれまでの何よりも強かった。
「剣技なら私たちの方が上だ。お前は奴を殺せ!」
アイラに促され駆け抜けた。
「アルヴィス!」
城内で待ち構えていた。
来るのはわかっていたというかのように神の炎を滾らせていた。
無心で斬り裂いた。

その続きがこの状況だ。
寝室だった。
あらゆる調度品が揃った、見たことのない豪勢な部屋だ。

勝った。
正しさが証明されたのだ。
「ディアドラ!」
扉に飛び付いたが鍵がかかっていた。
ただの鍵ならものともしないが何故か開かなかった。
「それは魔の鍵だ。貴様には解けん」

何故だ。
間違いなくアルヴィスの声だ。
そんなことがあるはずもない。
お互い殺意しかなかった。
シグルドが生き残ったならアルヴィスは死んだはずだ。

生かされた。
あれが見せかけの殺意。

「どういうことだアルヴィス!」
扉を叩いた。
「殺す気だったが生きていた。故に生かすことにした」
アルヴィスの冷酷な声が響く。
「情けなど無用!」
「情けなど元よりない。故に死ぬことは許さない……これからのお前の世界はその部屋だけだ」
「ふざけるな! 仲間が! ディアドラが助けてくれる!!」
いくら殴っても音しかしない。
「貴様の仲間は死んだ。生きていたとしても貴様を助けにはこない。貴様も死んでいるからな」
「私は生きている!」
「知られなければ同じだ。私だけが知っている。貴様を死なせはしない。そしてディアドラは私の最愛の妻だ」
叫んだ。叫び続け殴り続けたが音しかしなかった。
「貴様は! 貴様はそこまで私が憎いのか!」
「憎いな。貴様が私を憎む以上に憎んでいる。記憶を失って放浪していた哀れな王女を公私共に支えて欲しいと言われ、命じられるまでもなくディアドラを愛した。だが愛するディアドラが既に貴様の妻であったことなど知らなかった! 子までいるのだろう!? 知っていれば必ず貴様に会わせて思い出させた!! ディアドラがこの世で一番愛する男が誰かなど明白だ!!」
アルヴィスの激昂が響いた。
「……知った時には手遅れだった。ディアドラは私の妻になっていた」
悔恨が響いた。
「アルヴィス、私を殺せ。そしてディアドラを愛して幸せにしてやってくれ」
許す気はないが心の底からそう懇願した。
「ああ、本当にお前は愚かだ。憎いと言っただろう?」
嘲笑が響いた。
「真の殺意で我が神炎をぶつけた。全てを焼き尽くす正義の炎を。貴様は倒れたが生きていた。神器をもって、我が魔力の全てをかけてなお……私に貴様を殺すことは出来ないと、嘲笑うが如く!! だが私こそがディアドラの最愛の夫なのだ!」
「貴様は……! 生きて地獄を味わい続けろと言うのか!!」
「そのとおりだ。自殺もさせない。我が魔力をもってすれば、貴様1人の行動を縛るなど何ともない」
「それは闇の魔法だ!」
「使えてしまうのだから使うしかないな」
シグルドは慟哭した。

「何故だ、アルヴィス……私は貴様を尊敬していた……高潔で正しい、ヴェルトマーらしい男だと……」
「私も貴様を尊敬している。高潔で正しいバルドの血そのものの男だ」
「何故だ……」
シグルドには理解出来ず、アルヴィスも理解させる気はなく淡々と話した。
「父は多くの妾を持った。ファラの聖痕を持った紛れもない聖戦士だ。多くに疎まれた我が母シギュンから生まれた私に聖痕が現れるなどとは随分な皮肉だ」
「知っている。だからこそ敬意を持った。貴様の母に優しくしたアゼルの母とアゼルにだけは優しくしていた。そのアゼルも……」
「死んだ。貴様は強く、何よりも運が良かった」
「何が幸運だ……こんなものが……」
「正義は無力だ。貴様の親友、エルトシャンは悪だったか?」
シグルドには酷く突き刺さる。
エルトシャンの例を含め、シグルドの今の状況そのものが証明している。

古の時、邪神ロプトウスを奉ずるロプト帝国の皇弟マイラが反旗を翻した。
マイラは強い力を持っていたが根本たるロプトウスそのものを殺すことは出来ず、ただ反逆を呼びかけ続けた。
その後も善なる人々たちが戦い続けなければ十二の聖竜は力を与えようとはしなかった。
正義は強いが1つでは無力だ。

「シアルフィはどこまでも正しく強い家だ。聞こえてくる醜聞と言えば清廉潔白すぎるというやっかみだ。あとは根も葉もない噂話だけだ。無論何かしらはあったかもしれないが、私の知る限りではないな」
「私も知らない。シアルフィは我が誇りだ」
「ああ、1つあったな。森に住む名も知らぬ少女と惹かれあい結ばれた」
微かに笑ったのを嘲笑と捉える。
「何が問題なんだ」
「美談だが仮にも一国の後継者がすることではない」
「身分など関係ない。私とディアドラは結ばれる運命だった」
「それが世間では醜聞となる。正義とは実に無力だ。だが清廉潔白すぎるという強さは唯一無二で、地理的にもシアルフィは実に重要だが故に危険にさらされ続け、政治面でどれだけ閑職に追いやられようとも血脈が途絶えることはなかった。何故だかわかるか」
「国が清廉潔白であることを民が求めるからだ」
「よく理解している。そしてそうはならないことも知りながら戦い続ける、何よりも強い騎士の家だ。そうはなれないしなりたくもないが」
「ヴェルトマーの方が強い。シアルフィは民に愛されるが世渡りが出来ない」
「まったくもって皮肉だ。今まで血脈が途切れなかったのが奇跡としか思えん」
「神と何より民がシアルフィを必要としている」
「そうなのだろうな」
扉越しにささやかに笑いあった。
「シアルフィの血は途絶えない。セリスが生きている。ディアドラとの愛は確かな罪だったが1つだけ神は赦しを与えた」
「天罰だと言うのか。随分と傲慢だな。私が貴様を生かし続けるのは単なる私の気まぐれと死では足りない憎悪のせいだ」
「ディアドラは酷い罪を背負った人なのだろう。王女が森にいたこと、美しいこと、優しいこと、その全てが罪の証だ。私はその罪に対する罰を受けるために生まれてきたのだ。ディアドラとセリスの罪に対する罰は私1人が受ける。貴様を地獄の底まで追い続けることも含めてどこまでも罰を受けよう」
「面白い。せいぜい地獄を味わうがいい。死はさしたる問題ではない。ここは既に地獄だからな」
「貴様はまだ地獄に行かせない。ディアドラを幸せにする義務がある。そのためならいくらでも祝福しよう」
「不要だ。憎み続けるがいい」
「それが祝福だ」
アルヴィスは嘲笑って歩み去った。
ひたすら自嘲し続けた。

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シグルドは殺された。
ユリウスがーーロプトウスが間近にいる力なきバルドの聖戦士を生かすはずがなかった。
邪神を前にただ正しいだけの男は何も出来なかった。
アルヴィスは炎を滾らせる。
「地獄を超え、ディアドラを祝福してみせろ」
肉塊を消すにはあまりにも強大な、極小の神炎を放った。
遺ったのは皇帝の称号を持つ愚かな邪神の眷属だけだった。

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シグルド生存ifであり再度殺されるifです。
ヴェルトマーの家紋は正義の証、ファイアーエムブレムです。
そしてFEHで聖戦の新しい展開を見て思いました。
バルドは天国の正義であり、ファラは地獄の正義である、と。
私が聖戦で好きなキャラはホリンやシャナンやオイフェです。
でも一番燃えるのはアルヴィスです。どこまでも炎の男です。
そんなわけでシグルドが生存してしまう、という更なる火種を足しました。
ディアドラは存在自体が罪だというのは血脈的に割とそうな気がします。
シグルドはそんなこと関係なしに心の底から愛する人ならそう断言してしまえる愛の男なのですが。
そんなわけでこの小説は私のシグルドへの愛でありアルヴィスへの愛です。

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