■甘い呪いの誘い手

「ノワールは良い子だね~」
父親のヘンリーから声を掛けられる。
特に手伝いをした訳でもない。
それどころか現在進行形でお菓子作りのために軍の備蓄を浪費している。
「ノワールはウードのことが好きなんでしょ~?」
「う、うん……」
「僕もサーリャのことが大好きだけど僕は呪うことしか出来なかったからね~、でもサーリャを呪いたくないから大好きだって言い続けたんだ。ノワールはお菓子を作れて凄いよ~」
「父さん、ウードのことを呪いたくないって私の気持ちわかってくれるの?」
「呪いで無理矢理好きにしても意味ないからね~」
ヘンリーはいつも笑って好きにしている。
それでも譲れない一線があった。
そのことを確認できたこともノワールにとっては嬉しかった。
「ノワールも多分その気になれば凄い呪いが使えるだろうけど僕もサーリャも使って欲しくないな~。呪いは自分の身にも負担がかかるからね~」
「父さん、ありがとう。でもこのお菓子もある意味呪いなの。甘くないチョコレートに砂糖として一欠片の恋心を溶かして、ウードに私を好きになってもらう呪い」
「お~、そんな呪いもあるのか~。うんうん、やっぱりノワールは僕とサーリャの子供だね~」
否定するような物言いをしても父親はへらりとそれをかわす。
いつもそうだ。
いなくなった本当の父親――もう少し大人のヘンリーもノワールを実験台にしようとするサーリャからノワールを護りそれでもへらへら笑っていた。
ヘンリーの実力ならその呪いを受け流すことも出来ただろう。
でもいつもヘンリーは涙まみれになりながらサーリャの呪いを享受していた。
ノワールには、呪いを返したりかわしたりすることは出来ないから。
娘の身代わりになるのなら、呪いを受けねばならないのだ。
「でも面白そうね……あのウードって子。ノワールの恋人になるなら私の実験台になる覚悟もしてもらわないと……」
「ひ、ひぃっ! 母さん! それだけはやめて!」
「あの子なら大丈夫よ。凄い力に護られているのを感じる……リズ譲りの魔力? イーリス王家の血? わからないものを確かめたくなるのは当たり前でしょう?」
「う、ウードは魔力は凄いけど呪いとかからっきしなのよ! 実際アズールがダークナイトになれるのを羨ましがってるし!」
「そうね。あなたもあの子も呪う原動力の『歪み』を感じない。でも考えてみればそれはおかしいのよ。あなたもあの子も本当の両親を殺されて世界を渡って……それで恨みや歪みが生じない方が」
ガチャン、と器が割れる音がした。
ノワールがお守りを握りしめている。
彼女を戦わせるために『もうひとりのサーリャ』が贈った呪いでありお守り。
それが発動した時の鬼面の表情だったがそれは蒼白で、震えていた。
「……ごめんなさい。浅はかな発言だったわ」
「サーリャ、めっ、だよ! ノワール、大丈夫? 大丈夫、僕もサーリャも生きてここにいるよ~」
「わ、私浮かれてた……この世界はまだ平和で、お菓子を作る余裕もあって……父さんも母さんも生きてて……皆生きてて……」
ノワールは泣きながら家を飛び出した。
「あ~あ、折角ノワールは可愛いのに泣いちゃったら台無しだよ~。追いかける?」
「……必要ないわ。窓から見えたの。ウードがノワールの背中を追いかけていく所を」

人混みに紛れてふらふらと走っていく。
その速度は早くない。
ノワールは元々病弱で体力はそれほどないのだ。
だからウードは追いつくことが出来た。
「ノワール! ノワール、大丈夫か!?」
いつもの口調は飛んでいた。
「ウード……私、私……」
「外の草原に行こう。母さんがよく息抜きをしている所だが今の時間なら誰もいないはずだ」

ウードに肩を抱かれ草原まで導かれる。
その頃にはだいぶ涙も収まっていた。
そしてウードも彼なりに考える。
ノワールはウードのいつもの話し方を詩人と称し喜んでくれた。
だから落ち着いていつも通りに己を鼓舞し、ノワールを元気付けるのが大事だろう、と。
「甘き奏曲の導き手よ、貴様に涙は似合わない。もしその涙が何らかの呪いによるものならこの漆黒のウードが全力を以て解除に努める」
「違うの、ウード。これは呪いじゃない。ただ母さんが言ったの。本当の母さんも父さんも殺されたのに私は呪えるような歪みがないって」
その言葉でウードも思い返す。
同様に絶望の未来から逃れてきた友たちは言うのだ。
この世界は自分たちの世界ではない。
ここで生きている両親は死んだ両親とは別人で、別の子供が生まれてくる。だから弁えるべきだと。
ウードにはその理屈が理解できなかった。
確かに今のリズはとてもちんまい。
いくら手合わせを挑んでも勝てなかった勇ましくも慈愛に溢れた母とは面影は重なるが別人のようだ。
だが聖痕がないことに悩み、皆に笑顔を振りまく姿は紛れもなく彼の母親のリズだ。
そして父親のフレデリクも。
屍兵の奇襲から自分を護りはしたがちゃんと生きている。
その大きな背中は。
武器を振るい戦場を駆ける姿は。
彼が語る黒騎士ヘズルに連なる獅子王エルトシャンと黒騎士アレスという2人の聖戦士の親子の物語は。
間違いなく、彼の父親だ。
ならば『それでいい』ではないか。
世話を焼きたがるリズを避ける必要がどこにある?
手合わせをし共に鍛錬をする喜びを享受して何がいけない?
「ノワールは……呪いたいって思ったことはあるか?」
思わず素に戻ってそう尋ねる。
「あるわ。だから私は母さんの真似をしていたもの。でも思うの。出来るなら人を幸せに出来る呪いがいいって」
「例えばどんな?」
「人の夢を操って幸せな夢に変えるとか、天気を変えて農業が助かるようにとか」
「流石は甘き呪いの誘い手。俺も呪術の才があったのならそのような呪いを扱いたい」
「私、間違ってるのかな? おかしいのかな?」
「違う! ノワールの母さんは、サーリャさんは嬉しかったんだ。ノワールが逆境に歪まず美しく凛とあることを!」
「う、美し!? 凛と!? 貴様何を抜かしておる! そのような言葉で我をかどわかすか! フハハハハハ、嬉しい所だが今はそのような場合ではないのだ!」
「相変わらずキレるポイントわかりづれーな……っと。だ、だからさ! ノワールは間違ってないしおかしくなんかない。す、少なくとも俺はそんなノワールが大好きだ!」
「だ、だいす!?!?!?!? 貴様、どさくさに紛れて! 菓子と共に告白する我の計略が台無しではないか!」
「え、え!? ノワールが俺に、告白!?」
ウードの叫びを最後に草原が静まり返る。
ノワールは鬼面の相で震えていた。
ただ、真赤だった。
「あ、あのさ、ノワール……」
気まずそうにウードが口を開くとノワールがますますその表情を険しくし視線でウードを射抜く。
「いいな貴様。先程の我の発言は聞かなかったことにせよ。さもなくば百本の矢とありったけの呪いを以て貴様を誅する」
「わ、わかった。とりあえず泣き止んだし家に帰った方がいい。ヘンリーさんもサーリャさんも多分心配している」
「ありがとね、ウード。次はお菓子を持って会いにいくから、いつもの詩人ウードの評価を聞かせて欲しいな」
「ふっ、甘美なる呪い手よ。貴様の甘き呪い、楽しみにしている」

送ると言ったウードを断り、ノワールは家に帰った。
ヘンリーはいつもどおりへらへらと『おかえり~』と言った。
サーリャも短く『おかえりなさい』と呟いた。
割った器と入っていた作りかけの菓子だけは片付いていたが、いつもの家だった。
ならば、それでいい。
それが今の彼女の生活だ。

 

第144回フリーワンライ、使用お題全部(甘くないチョコレート・ひとかけらの恋・もしも願いが叶うなら・窓の外には・人混みに紛れて)
ifはちまちま書いてましたが何気に初の覚醒小説です。聖戦とか聖魔とか封印とか烈火もそのうち書きたい。
オーディンは節操ないんですがウードはウード×ノワール固定バグです。皆当たり強すぎる……ルフ子とかマークちゃんは必ずいるとは限らないし。
そしてフレリズとヘンサーも固定バグ。なので自然と私のウドノワはその辺前提です。
ウードは子世代には珍しく真っ直ぐ父さん母さん大好き!ってのを表に出す子でそこが可愛いんですが、平和な世界で憧れのお菓子作りに挑戦するノワールも可愛いですよね!
ノワ支援はブチギレモード出さずに終わることもあるんですがウードはしっかりキレさせていてキレたノワールも大好きっぽいところがホント大好きです!

 

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