悪の女ボスvs謎のヒーロー

酷く不公平だ。
あの女と同じ顔を持たされ人形として使い捨てられる。
所詮人形でしかないあの女は人間として人間に囲まれ愛しあう仲の人間までいて、私たちと殺しあう。
殺すだけではすませない。

「楽だったな。何の障害もなかった」
「平和ボケしているのよ。所詮兵器なのに」
ヴェートを拉致した。酷く簡単だった。
所詮奴らは強い機動兵器を持つだけだ。
それがバルマーがもたらした技術の産物ということも忘れ、私たちを蹂躙する。
ならば私たちなりのやり方で蹂躙するしかない。

ヴェートが目覚めた。
拘束に抗い睨みつけてはいるが、明らかに怯えていた。
「こうして会うのは初めてね。私はスペクトラ・マクレディ」
「俺はキャリコ・マクレディ……同じ顔だろう?」
「違う!」
「違わないわ。貴様とどこまでも同じ顔が憎くて憎くて仕方ないのに、何をしても同じ顔。酷い宿命よ、所詮人形でしかないのだもの」
「…………!」
絶句した。同じ存在の痛みはわかりすぎるほどわかって、それがまた憎くて仕方ない。

「簡単なことから始めるわ。話してもらう」
注射器を見せびらかした。
自白剤。非常に強力で、特にバルシェムはこれを打たれれば抗うことは出来ない。
怯えるヴェートに、焦らしながらゆっくりと全てを注いだ。
効き目はすぐに現れ、聞かれたことを話すだけの虚ろな人形になった。
「愛する人は?」
「イングラム……」
そうでしょうね。素直で嬉しいわ。
「他にもいるだろう。名前は?」
「ギリアム…………」
今の男。哀れな代替品。
「何をされて嬉しかった?」
「信じてくれた……」
理解出来ない。そんなことが一番嬉しかった?
「ギリアムはイングラムのことを知っているのか?」
「私以上に知っている……」
理解しがたい。何なのだその男は。
「ギリアムはお前を愛しているか?」
「愛してくれている……」
「勘違いだろう」
「違う……」
勘違いしかしていない。
代替品でしかないことも知らず愛されていると勘違いし、所詮哀れまれているだけなのを愛されていると勘違いしている。
「ギリアムと何をするのが一番楽しい?」
「話をする……」
「どんな会話が一番楽しい?」
「仲間の話……」
使えない。壊れきっている、ヴェートもその男も。
「ギリアムにされて一番嫌だったことは何だ?」
「自殺されかけた……」
これは理解出来る。ヴェートは愛する人に遠回しな自殺に付き合わされた。
「ギリアムは何故自殺しようとした?」
「私たちのため……」
これもわかる。あの男の自殺もそうだった。
酷く滑稽なもう1人のあの男。
代替品にしかなれそうもない。ヴェート以上に壊れている。
「自殺を止めたのだな」
「止められなかった……」
「ならば何故今も生きている」
「本当は死にたくなかったから……」
惨めだ。味方のためと称し味方の前で自殺しようとし、結局怖くなってやめた。
どうしようもなく身勝手な臆病者だ。
そんなものを愛している。あの男の次に。
人形ですらない、ガラクタだ。

「時間の無駄だな」
キャリコが代弁してくれた。よくわかっている。
薬が切れるまで時間がかかる。
効果が出ている間は痛みを感じないが、無惨な血と肉の破片を散らしてやる。

爆発が起きた。

間が悪すぎる!

取り戻されれば台無しになる。
向き直った私の眼前を銃弾が掠めた。
「外したか。流石にやる」
「ギリアム……」
ガラクタどもが……!
銃が当たらない。私とキャリコが撃っているのに!
ヴェートの拘束を解こうとしている。せめてあの女だけは……!
構えた瞬間、奴の弾が私とキャリコの銃を弾いた。
「腕が鈍ったな。仕留められなかった」
真剣に殺せなかったと悔いている。
「運が良かったな、弾切れだ」
ガラクタに見下されている。仕方なく生かしておいてやると。
量産型を呼び出した。
「ヴィレッタ、行くぞ」
「ごめんなさい……」
「ありがとうの方が嬉しいな」
「ごめんなさい……」
「帰ろう」
何、こいつら。
抱きかかえて無数の銃弾に追われているのに意にも介さず2人の世界を作っている!
「待て!」
「待つ気はないがまたこんなことをされては困るから聞きたいことは教えてやる」
止まったが銃は避けられる。
「何故そんなことが出来る!」
「俺もお前たちと同じ工作員だ。だがお互い殺すことは出来ないから痛み分け……いや、ヴィレッタを拉致されたから俺の敗北だな。認めざるを得ない」
殺してやる!!
「無駄だ」
それだけ言って逃げていった。
外部を確認した。囲まれているかと思えば、機動兵器1機だった。
軍人が独断で機動兵器1機で救出にきた、だと?
おまけに。
起動した機動兵器は道を塞ぐ機体だけでなく、明らかに全てを壊滅させようと動いている。
「放棄するぞ。時間稼ぎをさせる」
「何だアレは! あいつらは何だ!! 理不尽だ!!」
「後にしろ」
不公平でも理不尽でもどんな言葉を使っても言い足りない!!

**********

逃げ切れた。
「何なの! あの絶対無敵完全勝利ぶり! 理不尽すぎるわ!!」
「……恐らくだが、奴も今頃敗北感を味わってるぞ」
「でしょうね! 言ってくれてありがとう、キャリコ! 愛しているわ!!」
「落ち着け」
「落ち着けないわよ! 聞く価値のない意味不明なノロケ話聞かされただけよ! おまけに拉致された所を愛する男が単身で助けに来るという美味しすぎるシチュエーションよ!! いたぶらず徹底的に辱めるべきだったわ!」
「言わんとする所はわかるが、そうしていたら恐らく俺たちは今頃殺されている。幸運だった」
「不幸よ! 理不尽よ!!」
色々叫んでキャリコに宥められた。
「だが理解した。人間らしさとは理不尽さだ。心は理屈ではないからな」
「いいこと言ってるけど……アレ人間じゃないでしょ」
「アレが人間だというなら俺は人形のままの方がいい」
「あいつら人間じゃないし人形でもないわ! 人間は私たちだけでいい!」
あんなものが人間であってたまるか。
理不尽でしかない。
「そうだな。俺は誰の命令も聞かん。お前の頼みならいくらでも聞くが」
流石キャリコ。格好いいわ。
「ええ。私もあなたの命令しか聞かない」
「愛している、スペクトラ」
え!? キャリコから言うって珍しい! レア! 美味しい! 最高!
どうしよう、どうしよう、台無しにしちゃいけないわね。
冷静に、冷静に……
「愛しているわ、キャリコ」
よし、出来た。美味しい。あとで一杯思い出そうっと。

**********

ヴィレッタは無事目覚めた。
SRXチームをはじめとして皆が心配している。
運が良かった。薬を打たれただけで済んだ。
俺がやりたくても出来ないアレコレをされた挙げ句殺されていたかもしれないと思えば、奴らを殺せなかったことなど些細なことだ。
そしてようやく2人になれた。
「ありがとう、ギリアム」
「礼を言われる筋はない。奴らに付け入られたのは事実だ。運が良かっただけだ」
何よりも。
「もう少し冷静であれば……」
「冷静だったら時間がかかっていたわ。私が打たれたのはただの自白剤だし」
他でもないヴィレッタが言うのならそうなのだろう。
彼らが心から安堵したのもそれを聞いたからだと今更実感が湧く。
ただ、何を聞かれたんだ?
アレか。コレか。
聞かれてしまった。聞きたい。卑怯だ。
「その……多分そういうのじゃないわ。内容は覚えてないけれど、何だか幸せだったもの」
ヴィレッタが心の底から幸せだと思う話。
何だ。知りたいが知る由もなく、卑怯だ。
「なるほど。ならば君をもっと幸せにする」
「ええ。私もあなたを幸せにするわ」
奴らは卑怯だが、俺たちは幸せだ。

 

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ギリヴィレvsキャリスペです。
スペクトラさんの色々出来るけど詰めの甘いところとギリアムさんの詰めの甘すぎるラスボスっぷりを全開にしました。
残念な妹と残念なヒーローに限りなく愛されるヴィレッタさんは罪深いです。
キャリコが被害者すぎます。常識人ってつらい。でも常識人のカッコよさがありますよね。
私がこの小説で一番カッコよく書いたのはキャリコです。そのつもりですw

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