ずっと願っている

廊下ですれ違っても一瞥するだけの君。
俺ではない誰かと談笑する君。
君に限らない。
この艦の中で俺が混じれる場所はない。
何故なら皆、俺を知らないから。

――――息苦しさに目を覚ました。

夢。
そう、悪い夢。
現実――この世界がそう呼べるとしたら――では、違う。
少なくとも、ギリアムにとってはそうだった。
――この部隊こそが俺の居場所。
そう断言できるほど居心地が良かった――情報部の面々には悪いと思っていたが。
しかしあの夢は過去に起こったかもしれない、或いはこれから起きるかもしれないこと。
それが予知能力者である彼の特性。

――皆が、俺を、忘れる。

考えるだけで背筋が凍った。
考えていなかったわけではない。
贖罪の旅。長命種の宿命。
いつかは別れが来て、そしていつかまた別の彼らと巡り逢う。
その彼らは共に戦った日々を知らない。
今更何だ、と虚勢を張るも、心が痛まずにはいられない。
これは報いだというのに。

 

部屋を出てキョウスケとエクセレンとすれ違う。
何かと鋭いこの2人といると、心中を見抜かれてしまいそうで焦る。
「あららん? ギリアム少佐」
「……どうした?」
「寝癖ついてますよん。先端跳ねててかーわーいー」
「茶化すなエクセレン」
「いや、気付かなかった。感謝する」
櫛を取り出して苦笑いする。
しかし彼らの姿が、今のギリアムには酷く色褪せて見えた。

彼らに限らない。灰色の艦内。
逃げるようにシミュレーターに入った。
機械的にスコアを上げていくと悪夢の残滓から逃れられる気がした。

「ギリアム少佐」

何本目かのセットを終えた後、外から声をかけられた。
ヴィレッタ・バディム。
やはり色を失って見える彼女から思わず目を逸らしたくなる。
しかしその手を握ると、突如として色を取り戻して艶やかに映った。

暖かい。

愛しい人は苦笑いで握り返す。
「ふふ、いきなり手を握るなんて何かあったの?」
「…………」
「シミュレーションの方もスコアはいいけどやけに突っ込んでいるじゃない」
もっとも、ギリアムにやや突撃癖があるのは彼女もよく知っている。
故に冗談めかしたのだが、ギリアムの表情に影が差したのを見て、息を呑んだ。
「……ここじゃまずい。俺の部屋に来てくれ」

 

それはいつもの情報交換兼お茶会として始まった。
情報交換し、コーヒーもだいたい飲み終わったところで、彼女が呟いた。
「やっぱり切羽詰まっているというか、捨て鉢な雰囲気ね。何があったの?」
「……笑わないか?」
「あなたが苦しんでいるのに笑うわけないじゃない」
そして苦しげに事情を吐き出す顔は、ヴィレッタが見たことのないもので。
ヴィレッタは彼の能力を知る数少ない理解者だ。
彼が夢を、その意味するところを恐れることも知っている。
そして夢の内容を吐露する。
「俺はここにいたい。だが罪がそれを赦さないだろう。赦されたとしても、俺は人とは違う。皆が年老いて行く中、俺だけが……変わらないんだ」
彼の外見からはその年輪を見出すことは出来ないが、既に数百年を彼は生きている。
「そして俺は別の世界に行くことになる……巡り会った別の君は、俺を知らない」
ヴィレッタの手首をギュッと掴んだ。
「……誰も、俺を知らないんだ」
「寂しいわね」
「それでも俺は君を愛している……たとえ君が……俺を知らなくても」
「……私もあなたが好き。でもあなたにどう手を差し延べればいいのかわからないの」
並行世界まで愛を伝える法など、ヴィレッタには思いもよらない。
何より彼女は、この世界で贖罪の旅が終わり、定住することを確信――強く願っていたから。
「そうだったな……俺は孤独ではなかったんだな……ああ、暖かいなぁ」
更に強く、想いを込めて握った。
「……そんなに私の手がいいなら、眠れるまで掴んでていいのよ?」
「馬鹿な。まだ昼間だぞ」
「新しい夢を見て、嫌な夢を上書きしてしまいなさい」
手を引き半ば強引にギリアムをベッドに寝かせる。
「仕事は代わりにやっとくから。まったく、あれもこれもと引き受けすぎよ」
「……ヴィレッタ」
「何?」
「…………いや、ありがとう。愛している」

 

「お父さん、キャッチボールしようよ」
春先の公園で少年が笑った。
「ああ、どんなノーコン球でも取ってみせるぞ」
「その前に二人とも帽子!」
母親は怒りながらも優しく、3人で作った弁当を愛おしげに眺めていた。

 

ふわりと目が覚めた
ヴィレッタはまだ片手を繋いだまま情報処理に終われていた。
「ヴィレッタ」
「あら少佐、起きたの?……夢はどうだった?」
「…………凄く素敵だったよ」

――そういう未来もあるんだな。
そう考えた途端、肩の荷が降りたようだった。

「世界だけじゃなくて……他人だけでもなくて……俺自信の希望のある未来……望んでもいいのかな」
「私はあなたが何をしてきたか知らない……けれど、あなたが幸せだと私も嬉しい。それは覚えておいて」

心に希望の欠片があると、この世界が輝いて見える。
ここにあるのは灰色の実験室のフラスコなんかじゃない。
様々なものが生きている、世界だ。
ギリアムの晴れ晴れとした表情を見て、ヴィレッタも微笑む。
「その……ところで、だ」
「何?」
「添い寝と言うか手を握ってもらっていたのは秘密だ。2人だけの、な」
「ふふっ、わかっているわよ」

 

翌日、またキョウスケとエクセレンと会った。
「んー、ギリアム少佐」
「どうした? エクセレン」
「何かいいことありました? 顔がほころんでますよ」
「フフッ、秘密さ」
彩り鮮やかでとりわけ輝く2人。
――負けてはいられない。
どこか否定し続けていたあの未来の可能性を、掴み取るために。

 

お題は「2人だけの」です。このお題、全くの別内容で上げていたんですが、暗すぎることもあり黒歴史に封印しました。
ヤケになったギリアムがヴィレ姉を襲うという中身も考えましたが、彼の理性諸々を考えるとこちらがいいかとw
しかしナチュラルに甘いなw

 

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