意気地のない俺に

壁の向こうからシャワーの音が聞こえてくる。

――――何でこんなことに、いや、この状況をどうにかすることをまず――――――

わざわざ部屋まで仕事を手伝いに来てくれたヴィレッタに礼をしようと料理をしたところまではよかった。
しかし手元が狂ってソースをブチ撒けて彼女の服と髪を汚してしまった。
慌ててシャワーを浴びるように言って、汚れた上着を洗濯機に放り込んで床を拭いているところで己の発言のまずさに気付く。
男の部屋で女がシャワーを浴びる。ましてそれを命じたのだ。
この状況が何を意味しているのか知らないのならそのまま流せるのだが、生憎と知識も経験も積んできたわけで。
慌てていて忘れていたあの時ならともかく、気付いてしまった今では――――
水音が思考能力を削ぎ取っていくように感じられる。
頭がぐるぐるまわっている。
予知能力で無意識のうちに対策を練るのに慣れていたせいか、逆に不測の事態というものにはとても弱い。

ヴィレッタのことを、想っている。
だからやぶさかではないが――――少なくともあの時はそんなつもりではなかった。
ここで回らない頭で安易な行動を決定していいのだろうか。
しかしどちらも安易でないとは言い難い。
真の心。今一番しなければならないこと。
浮かされた頭で必死に考える。

 

「一時的なものなんだからあなたの服でよかったのに」
ドア越しに聞こえてきた声は何故か残念そうな響きを伴って聞こえた。
とりあえず出た結論は着替えを調達するのが最優先ということ。
下着やバスタオルでうろつかせるわけにはいかない。
双方にとってよくないことだ。
慌てて購買に走り服を調達。
よく合うサイズを一発で選び出せてしまったことについては深く考えないことにした。
考えてしまえば知らず知らずのうちに品定めしていたということになってしまう。
――――そりゃあ、俺だって男だが。
「サイズが合わないだろう」
「あなたの方が大きいんだから着るのに支障はないわ。ゆるめの服だってあるでしょう?」

思い浮かんだのはパジャマ姿のヴィレッタ。
ぶかぶかで袖や裾を余らせているのに胸だけがきつそうに自己主張していて――――

慌てて振り払った。
予知を的確に映像として捉えるために映像面の想像力は強くなっているのだが、それが仇になったようだ。

 

いつもとは違ってアイスコーヒー。添付する砂糖は控えめに。
用意した服を着てタオルを首にかけたヴィレッタが出てきた。
振り返らずに意識だけ彼女に向ける。

「待ってくれ……今コーヒーを出…………すか……ら……………………」

像が二重に映る。コーヒーがこぼれるのがわかる。
ヴィレッタが叫んでいるのがわかるが言葉として認識できない。
『ギリアム少佐!』と叫んでいたような気もするがよくわからなかった。
身体が熱い。
何も――考えられない――――――

 

額が冷たい。
身体全体にかかる重み。一箇所に集中した重み。
前者が布団で、後者が寝息を立てているヴィレッタだと認識するのに数秒かかった。
――――思考能力の欠如は最初からだったわけか。
休みなしのハードワーク。
今は出撃がないから少しくらい休みがなくても、と働き続け。
少し体調が悪いくらいなら問題にならない――――とんだ読み違いだ。
――――――調子が狂いっ放しさ、君に出会ってから。
とりあえず、この状況をどうすべきか。
下手に動くと彼女を起こしてしまうし、かと言ってこのままだと身体が痺れる。
ただ、こんなのも悪くはないと思いつつ、彼女の頭を撫でながら眠りにつく。

 

そして翌朝、誰が調べたのか、艦内で噂になっていた。
こればかりは情報操作でもどうにもならない。
「本当にそうだったら良かったんだけどね」
ヴィレッタの呟きは、とりあえず聞こえなかったことにした。

 

お題「とまどい」でどこの時間軸だかわからないけど、えろく、しかし意気地のない少佐の話。
ベタネタですみません。
とにかく自分の感情と、そのせいでヴィレ姉に振り回されることに戸惑うのです!
しかしつくづくヘタレですなぁ、私の少佐は。押し倒せよ誘っているんだから!

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