ふたつの心が結ぶ約束の勝利

私は、幸せだ。
何ひとつ不自由のない生活。ちょっと過保護だけど優しいお父様と強くて綺麗なお母様。
「アクアお嬢様! あまり無茶をしてはいけません!」
「ふふ、そうね。お父様を心配させてしまうわ」
本当に、幸せだと思う。

********

お母様が亡くなった。
まだ若かったのに。もっとずっと私のことを可愛がって欲しかったのに。お父様のことを怒って欲しかったのに。何で。

********

「アクア! 絶対に許さん! 軍など! 絶対に許さん! お前は軍がどんなに危険かわかっていないんだ!」
「お父様のわからずや! お父様なんて大嫌い!」

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私は家を飛び出し、士官学校に入った。
わかっている。籠の鳥の私が、軍人なんて向いていないことなんて。
命を落とす危険がありすぎることなんて。絶対に命を落とすってわかっている。
それでも、世界の平和のために命を懸けるということは、本当に素晴らしいことだから。
私は死なずに、やり遂げてみせる。

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私は努力し成績を上げ、ミッテ先生と出会った。
ミッテ先生は本当に素晴らしい人だ。
冷静で、努力家で、結果を出し続けている。
厳しいことも言う。でもそれは私のためだ。
ミッテ先生に出会えただけで、軍人を目指して良かったと思う。

********

そして私は認められた。
ツェントル・プロジェクト。
機体と人材の消耗をなくすための完全にメンテナンスフリーの機動兵器を開発するため立ち上げられた研究計画。その一員として選ばれた。
研究者のミタール・ザパト博士は凄いかもしれないけど正直尊敬出来ない。
酷い人。研究のことしか考えていない。
でも研究のためなら、他の人の意見も取り入れる。
危険があればそれを避けようとまた研究する。
本当に研究者なのだ。でも好きにはなれない。
私は試作機のコ・パイで、メインパイロットはヒューゴ。彼も気に入らない。
年下で、生意気。男だからって、実戦経験が凄いからって、私のことを見下している。
こんな人がパートナーだなんて。
それでもパートナーだからと仲良くしようとすれば避けられる。本当に気に入らない。
コントロールのために必要なこのDFCスーツは、絶対に好きになれない。
密着するし露出ばっかり。
水着でももうちょっとマシなんじゃない?
恥ずかしい。なのに着なきゃいけない。
だからこそ、成功させなければならない。
ヒューゴに私をパートナーと認めさせて、プロジェクトを成功させて、DFCスーツを着なくて良くなって、世界を平和にする。
絶対に成功させる。

********

「アクア! もっとうまくやれ! 出力が安定していないぞ!」
「うるさいわね! あなたこそ機体の軸がぶれているわよ!」
混乱と喧嘩があり、勿論そのテストも失敗だった。
これで何回目だっただろうか……後で確認しないと。
「アクア」
何よ。
「飲めよ、残念だったな」
放り投げられた缶ジュース。何とか受け取り、睨みつけた。
「あら、ありがとう。添加物ばかりの甘ったるいジュース。本当にありがたいわ」
「ったく、素直じゃないな。余計なこと言うなよ。だから上手くいかないんだ」
「何よ! どうせ全部私のせいよ! わかっているわよ!」
「いや、お前のせいだけじゃない」
あら?
「その、何だ、まあお前の責任も勿論ある。でもな、俺も悪いんだ。お前の言うとおりだよ。悪かったと思ったから何か好きそうなの持ってきてやったのに、これだからおま」
「生意気! あなたこそ余計なことしか言ってないじゃない! ホント素直じゃない!」
一気にジュースを飲んだ。

********

仲良く、出来たらいいのに。
そうしたらきっともっと上手くいくのに。
本当に気に入らない。

********

外部の奴から、馬鹿にされた。
痴女。変態カップル。
ヒューゴが殴った。
「お前に何がわかる! クソ野郎! 誰がこんなのと恋人だって!? このクソ野郎!!」
「ひゅ、ヒューゴ……」
止められない。
やりすぎ。怒るポイントそこじゃない。怖い。怖くて止められない。
誰かが割って入って、ヒューゴは謹慎を言い渡された。
当然しばらくテストは出来ず、私はコントロールの向上に努めたが、テストが出来ない以上改善点を見つけるのは厳しかった。

********

ヒューゴがプロジェクトに復帰した。
これでやっと、テストが出来る。
素直に良かった、と思った。
でも結局テストは延期になった。
ヒューゴの体調不良で。
この原因は初めてではない。何回もあった。
何回もあったのに、未だに止まらない。
寝かされたヒューゴの見舞いに行った。
「ねえ、ヒューゴ……何か病気なの?」
「うるさい」
目を合わせもしなかった。
本当に馬鹿にしている。心配してあげたのに。
「お前に何がわかる」
わかりたくもない。

********

喧嘩して、少しいいかな?と思ったらまた喧嘩して。
それでも、何とか結果を出していった。
使い物になる試作機がいくつかでき、私たちはその1つに乗り込み、またその1つであるメディウス・ロクスとの模擬戦に漕ぎ着けた。
「いいか、うまくやれよ」
「わかっているわ。あなたこそうまくやりなさいよ」
事前に知らされていたテストの内容と違った。
「臨機応変に対応してみせろということなのだろう」
そう、これはプロジェクトのテスト。
機体だけでなく、TEエンジンだけでなく、DFCシステムだけでなく、私たちも試される。
メディウス・ロクスには実弾が装填されていた。
模擬戦ですらなかった。本当に、試されているのだ。
そして撃破は出来なかったし、色々問題点はあったが、テストとしては成功した。
良かったと思った。
いつも通り喧嘩ばかりの反省会をしていた。
ただヒューゴがおかしかった。
「頼む」
あの生意気なヒューゴが、真剣に私に懇願した。
たかが水を取って渡すだけのことを。
おかしい。絶対におかしい。
でも、訳を知ってはいけない気がした。
それだけヒューゴは苦しそうだった。
聞いてはいけない気がして、わざと的外れなことを言った。
私らしく、世間知らずの籠の鳥の身の程をわきまえない何ひとつ知らない意地っ張りな私らしいことを言おうとした。
言えていたかはわからない。
ヒューゴはまた生意気になった。
でも、安心した。
気に入らないけど、でもヒューゴは生意気な方がいいと思った。
パートナーだから、それくらいは認めてあげないと。
そして、仲良くしないと。
その時の会話は仲良くなれたという実感があったが、突如メディウス・ロクスは何者かに奪取され、私たちはそのまま戦場へ飛び込んだ。

********

色々な戦士と出会った。本当に色々な人だった。
個性的だった。それぞれに欠点があって、でもそこがまた良かった。
チームがいた。恋人同士がいた。
年下ばかりで、平均年齢を上げてしまっていた。
私は。
籠の鳥でしかない私は。
彼らと共に戦う資格があるのだろうか。
でも、資格がなくても戦わなければならないのだ。
少しでも彼らに釣り合うように努力しなければならないのだ。
ヒューゴが羨ましかった。生意気だけどそこが魅力で、実戦経験があって強いヒューゴが。
ヒューゴが私をパートナーとして認めないのも当然だ。
私はそれを認めたくなくて、彼に辛く当たった。
でも、それを認めてしまったら、本当に私はただの籠の鳥でしかない。
私らしく、意地っ張りに。精一杯頑張るしかない。
私たちは、成果をあげていった。

********

ある戦いの後、ヒューゴと私は反省会をした。
「さっきのはまあまあだったな」
「ええ。上手くいったわ。あなたもやるじゃない」
「そうだな。お前もDFCシステムに慣れたんだな。正直そのスーツ気に入ってるだろ?」
「そうそう、このままお風呂にも入れるし……って違うわよ! 慣れたけど気に入る訳ないじゃない!」
「そうだな。お嬢様のお前がそんな露出だらけのボディライン丸出しの奴、好きになれる訳がないよな」
意外とわかってるのね。やっぱり上手く行ってるかも。
「まあ男としちゃ嬉しいがな。お前スタイルだけは抜群だしな」
「馬鹿! スケベ! 変態!」
見直して損した。
でもちょっとだけ嬉しかった、かもしれない。

********

私たちを含む皆は、喧嘩して、わかりあって、仲良くなって、強くなっていった。
ヒューゴは苦しんでいた。
だんだん酷くなっていった。
そのたびに心配しては拒絶された。
酷い。私の気持ちをわかってくれない。
わかるどころか邪魔だと思っている。
なのに、苦しんでないときのヒューゴとは本当に上手くやれるようになっていった。

********

そして。
メディウス・ロクスを奪取したのは、ヒューゴの所属していた特務部隊の隊長であるアルベロ・エストという人だった。
クライ・ウルブズの隊長。ヒューゴはアルベロを心から尊敬し師とも思っていた。
ヒューゴは薄々そのことを感づいていた。
当然だ。共に戦ったパイロット同士、動きのクセなどわかりきっている。
それでも、認めたくなかった。
ヒューゴが可哀想だ。信じていた人に裏切られるなんて。敵として戦うなんて。
それでもアルベロの教えに生きるヒューゴはとても強い。
そして、何故だろうか。
私はアルベロのことを知らない。敵としての言葉と、強敵であることと、ヒューゴの話すことだけだ。
それだけなのに、あの人が本当に悪い人だとは思えないのだ。
敵意を見せつつ、何か優しさを感じた。
紛れもない敵なのに、何故か憎む気になれない。
でも、それはヒューゴには言えなかった。
ヒューゴのアルベロを信じる気持ちに同情して見せて、それで本当の悪人だったら、ヒューゴを余計に苦しませてしまう。
だから、私はただ信じた。ヒューゴのことを。
そしてヒューゴは言った。
「初めてわかった。これは俺とお前、2人で動かしている機体だって」
初めてって! 酷い! 本当に生意気! 私だって頑張ってるのに!
でも、その怒りは呆れの言葉にしかならなかった。
だって、ヒューゴは生意気で意地っ張りだから。
初めてだなんて、ただの照れ隠し。
ちゃんと最初からわかってくれていた、と思う。思いたい。
私たちは、ようやくパートナーになれた。

********

だけど、苦しんでいる時のヒューゴは、ひたすら私を拒絶した。
わかっている。それも私のためだって。
身体は苦しい。拒絶することも苦しい。
だけどどうしても声をかけてしまう。
ヒューゴを苦しめてしまう。
ごめんなさい。ごめんなさい。でも言えない。それを言ったらまたヒューゴを苦しめてしまう。

********

私たちはパートナーであるべきではないのかもしれない。
そして所詮機体を操れない私は、誰かとパートナーを組まなければならない。
軍をやめて、籠の鳥に戻るべきだ。
ヒューゴは1人じゃない。素晴らしい仲間たちがいる。
彼らはきっと平和を勝ち取る。強く正しい人たちだ。

それでも。
他の誰かがヒューゴのパートナーになるのだけは耐えられない。

わかってしまった。
私はヒューゴを愛している。
異性として愛している。
公私共に永遠のパートナーでいたい。そう願っている。
年上の頼れる人が好みの私が、年下で生意気なヒューゴを愛してしまうなんて。
でも、世の中そういうものなのだろう。
親の決定で結婚する人がいる。
愛し合っているのに離別せざるを得ない人たちがいる。
肉親に禁断の愛を抱いてしまう人がいる。
そして、愛し合っている両親から生まれ、周りの人たちから愛され、恵まれていた私は、本当に幸せだ。
本当にワガママで意地っ張りだ。素直にその幸せを享受していれば良かったのに。
多分お見合いで結婚させられただろう。
そして絶対にお父様はその見合い相手を真剣に選び、もしその人が私を愛さなかったら何でもするだろう。
ごめんなさい、お父様。わからずやは私の方だったわ。

だから、わからずやな私は、この愛を貫く。
報われなくてもいい。嫌われてもいい。
ヒューゴを見つめつづける。ヒューゴから逃げない。
そして叶わなかったら、思い切り泣いて、お父様に謝ろう。
もしかしたらその前に死んでしまうかもしれないけれど。
ヒューゴと戦場からは、逃げない。

********

ヒューゴはカエルが美味しいだとかヘビを日常的に食べていたとか部屋に生えているキノコは食べると酷いことになるとか楽しそうに言っていた。
カエル。ヘビ。部屋に生えているキノコ。
カエルやヘビは図鑑や展示でしか見たことないし、部屋に生えているキノコなんて皆冗談で言っているだけで本当にあるとは思っていなかった。
ヒューゴ、私あなたのことわからない。
悔しいわけじゃない。想像出来ないだけ。
確かに私は籠の鳥だけど、世の中にはいつ死ぬかわからないような酷い生活を送っている人がいることもちゃんと知っている。
だからこそ籠の鳥でいたくなかった。
でも、そういうものを食べた経験を楽しそうに話すあなたは。
本当に強い人だけど、わからない。
でもわかりたい。知りたい。もっとヒューゴのことが知りたい。

皆が団結していき、強くなっていった。

********

アルベロと対峙した。
彼は復讐のために戦っている。
アルベロとヒューゴ以外全滅したクライ・ウルブズの。その一員でありヒューゴの親友でアルベロの息子のフォリアという人の仇討ちのために。
その復讐のためだけに力を求めあらゆる敵を倒しヒューゴすら殺そうとする。
悪い人ではないかもしれない。でも、哀しい人だ。
その復讐を完遂したら何が残るのだろう。
あの悪魔を超える最悪の力と、どうしようもなく哀しい人しか残らない。
ヒューゴは正しい。そして強い。この人を止めようとしている。
でも、きっと止められないのだろう。
メディウスという力を奪ったところで、別の力を求めるだけ。
どちらかが死ぬことでしか、きっと終わらない。
戦争は哀しみしか生まない。
だから私は、平和という結末を、ヒューゴが生き残る結末を得るために戦う。
哀しくても、戦うしかない。
それが私が選んだ道だから。私だけで決めた道だから。

だけど。迷ってしまった。
既視感があった。
メディウスを爆発させた小型マシンは。
いや、既視感なんかじゃない。私は確実に見たことがある。
ミッテ先生が造ったものだ。
私が誰よりも尊敬するミッテ先生が造ったものに間違いない。
これもミタール・ザパトの作為に決まっている。
でも、ミッテ先生は何のために協力しているの?
アルベロの目的は復讐。
なら、ミッテ先生は?
私のため?
絶対違う。それだけはわかる。私はただの出来の悪い教え子だ。
何の、ために?

いや、違う。勘違いだ。愚かな私の勘違いだ。
ミッテ先生がそんなことをするはずがない。
ミッテ先生の理論は素晴らしいものだ。研究結果も素晴らしいものだ。素晴らしい人だ。
やっぱり私はわかった気になっていただけだった。
ヒューゴの辛さなんて、何ひとつわかっていなかった。
そして、もしミッテ先生だったとしたら。

私はヒューゴのように正しく強くあれるだろうか?

私はヒューゴにそのことを話した。
ミッテ先生の理論とあのマシンのことを。
ミッテ先生の研究は究極のAIとその操る無人機を作るためのものだということを
迷いを隠し、いつもの私でいようとした。
いられたかはわからない。
そしてヒューゴも話してくれた。アルベロのことを。
アルベロの目的は復讐のためだけではない、ということを。
時系列を見ればあの悪魔の復活の発覚はメディウス強奪――いや、それを装ったミタール・ザパトとその協力者の起こした事件の後だ。
だからそれだけではないだろうと。
私たちは話し合った。初めて喧嘩をせず、ひたすら話した。

********

色々な仲間が増えた。また強くなった。
私たちは、マグネイト・テンになった。
マグネイト・テンは強い。
きっと、これならメディウスにもあの悪魔にも勝てる。
なのに。
メディウスが再び現れた時のヒューゴは、意識を保つので精一杯だった。
薬。欠陥品。アルベロはそう言った。
ヒューゴは苦しんでいた。
意識を保とうとしていたのではなかった。苦しすぎて気を失えなかった。
メディウスは撤退した。
撃退したのではない。私たちを見逃して見下しているのだ。

大人しく見守るのも大事、とアドバイスされた。
その通りだと思ったのに、また喧嘩してしまった。
身体の不調とメディウスのことになるとヒューゴはどうしようもなく意固地で、私の言うことなんて聞きはしない。
でも無理もない。
ヒューゴだってミタール・ザパトが大嫌いだし、その策略に踊らされているのもわかっているし、おまけに尊敬するアルベロが敵。
ヒューゴだって復讐を遂げたいに決まっている。クライ・ウルブズと親友の。
だからこそそのために手段を選ばないアルベロが許せない。尊敬しているからこそ許せない。
無理かもしれない、と思ってしまった。
お互い意地っ張りで似た者同士。だからこそ惹かれたし喧嘩する。
でも、逃げたくない。逃げるわけにはいかない。
だから、折れてあげよう。
彼の意地を貫かせよう。
そんなヒューゴを、愛しているから。

 

そして。
私はヒューゴを失った。
死なせてしまった。私のせいで。
私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。
ミッテ先生だってわかっていた。
メディウスのもう1人の乗者がミッテ先生だなんてわかりきっていた……!!
それを認めたがらなかった弱さのせいで。
動揺し。
コントロールを失い。
私はヒューゴを殺してしまった!!

 

ミッテ先生――いや、エルデ・ミッテは嘲笑った。
そのためにこのタイミングで正体を明示したのだと。
私の弱さを分析し敢えてヒントを見せ、動揺を誘い、ヒューゴを殺させたのだと。
TEエンジンを奪うと。
哀れみさえ見せた。
最後の授業として私を生かすと。
その気があるならあるなら挑んで来いと。
ひたすら哄笑して姿を消した。

********

マグネイト・テンは優しい。
ヒューゴのいたコックピット部分は欠落したが、ヒューゴの遺体は確認していないと。
現段階ではただのMIAであると。
自分を責めないでと。
ただ身体を休めてと。

責めるなと言われて責めないで済むならどんなに楽だろう。
殺していないと言える訳がない。

だから私は私を責め続ける。
マグネイト・テンとして復讐する。
エルデ・ミッテに。アルベロ・エストに。メディウス・ロクスに。ミタール・ザパトに。私に。ツェントル・プロジェクトに。私に。

そのために、休むふりをした。
横たわって、ひたすら私を責め続けた。
涙を流し続けた。

エルデ・ミッテが何を目的としているか知りたいと思った。
エルデ・ミッテ。アルベロ・エスト。ミタール・ザパト。
それぞれの思惑は違い、ただ利害の一致で協力している。
アルベロ・エストは復讐。
ミタール・ザパトは研究。
エルデ・ミッテの目的は何なのだろう?
その目的のために私にヒューゴを殺させた。
考え続けた。

そして、開き直った。
やっぱり私はどうしようもなく意地っ張りだ。
見ていなさい、エルデ・ミッテ。
とびきりの授業料を払ってあげる。

********

DFCシステムを搭載した量産機が私の乗機として送られて来た。
わかりやすい。またミタール・ザパトの策略だ。
私とメディウス・ロクスの戦闘データを取るつもりだ。
マグネイト・テンの仲間は必死に止めた。
でも私、やめろと言われるとやりたくなっちゃうのよね。
上等じゃない。乗ってあげる。
その代わりあなたも痛い目見せてあげるから。
戦闘経験は大事だもの。
ヒューゴや他の皆ほど上手くやれなくても、強いパイロットになってあげるわ。

……わかっている。これも強がりだって。
開き直ったつもりになっているだけだって。
ヒューゴ。
本当に、あなたがただのMIAで、マグネイト・テンに戻ってきてくれたのなら。
嬉しいのに。

********

ヒューゴだ。ヒューゴが生きてた! 戻ってきてくれた!
いつものヒューゴだ。生意気なヒューゴだ! 大好きなヒューゴだ!!
新型TEアブゾーバーまで!
やるじゃない、ザパト博士! たまには粋なことするわね!
ちょっとくらい許してあげてもいいかもね! 許さないけど!
コックピットで話したヒューゴはいつもの調子だった。ただ、いつもより優しかった。
私を信じてくれている!!
本当に嬉しい! 良かった!!

不慣れな機体なのに、お互い最高のコンディションを発揮できた。
私たちはパートナーだ!

戦い終わったあと、ヒューゴは話をしてくれた。
ヒューゴの身体の大部分は、作り物だということを。
あの不調は拒絶反応で、薬はそれを抑え込むためのものだということを。
クライ・ウルブズが全滅したとき、ヒューゴも瀕死の重傷を負い、気付いたらツェントル・プロジェクトの研究室でそのような身体にされていたということを。
見直すんじゃなかった。絶対許さない。
泣いた。涙を流し続けた。
ヒューゴが慌てていた。呆れてすらいた。
「お前なぁ……別に俺はお前を恨んじゃいないしこの身体に負い目はないぞ? むしろ感謝している。この身体のおかげで戦えている。ザパト博士は本当に嫌な奴だが、その点だけは感謝している。そんなに泣くなよ。どうすりゃいいのかわからないじゃないか」
「……うるさい……ヒューゴのばか……! わからずや……!」
「お前本当にそういう所が可愛くないよな。ま、でもそういう所含めて可愛いと思うけどな」
「あら、そう。お世辞でも嬉しいわ」
「あっさり泣き止んだな。まったく、何か飲むか?」
「添加物ばかりの甘いジュースをお願い」
「ブラックコーヒーにするか」
「気に入らないわね」
「お互い様だろ」
私たちは笑いあって、果汁100%のジュースを飲んだ。

********

敵や問題は少しずつ減っている。
確実に平和に近付いている実感がある。
マグネイト・テンは勝つ。
やっぱり正義の味方が勝利しないと面白くないものね。
その後どうするかはともかく、平和になったらとりあえずお父様に謝りにいかないと。
頑固でわからずやで本当に過保護なお父様は、物凄く怒るだろうけどきっと褒めてくれる。
ふふ、その時が楽しみ。
がんばろっと。

あと、その時ヒューゴが「アクアさんを僕に下さい!」なんて言ったら……なんちゃって、なんちゃって!
私のバカ! ふふ、バカ!
すっごく楽しみ!!

……ちょっとやりすぎた気がするわ。
自重自重。
真面目で意地っ張りなお姉さんでいないとね、うん。

********

マグネイト・テンは戦い続け、ついにあの悪魔が復活した。
メディウス・ロクスも現れ、一時の共闘を約束した。
悪魔を倒せばまた敵同士。それでも今は仲間なのだ。
「行くぞ、隊長……!」

ヒューゴ、良かったわね。
あなたはずっとアルベロ・エストを隊長として慕っていた。
そう呼ぶことが出来て本当に良かった。

私は。
エルデ・ミッテを。ミッテ先生を。
また心から先生と呼べるようになるのだろうか?

********

それぞれの形で世界を1つにしようとしている。
一言で言えば世界征服。
マグネイト・テンも同じ。『平和』で世界を征服する。
敵がどんな形の征服を望むかは知らない。わからない。
でも、それは『平和』とは相容れない。
だから、私たちは戦う。

********

夢を見た。士官学校の頃ミッテ先生に教わったこと。
『あなたは優秀だけど、感情のコントロールが不得手なのが短所』
『パイロットに必要とされるのは、いかなる時も冷静に状況を分析し、あらゆる事態に対応できる能力』
『それを学べなければ死ぬことになる』
私にヒューゴを殺させた時、ミッテ先生はまたそう言った。
まだミッテ先生の授業は続いている。
戦って、生き残って、見極めないと。

********

私とヒューゴは呼び出され、ミタール・ザパトが殺されたことを知らされた。
実行者はエルデ・ミッテだと。
だいぶ前のことらしいのに、ツェントル・プロジェクトの一員である私たちに何故知らされなかったのか。
様々な組織の思惑が絡まり生み出されたらしいツェントル・プロジェクト、そこにただの研究者など最早必要ないということなのか。
ツェントル・プロジェクトとは?
――それを突き止める前の当面の問題がある。
ヒューゴの身体。ザパト博士の薬がないとヒューゴは死ぬ。
薬に関するデータは消されていた――
ヒューゴが、死んでしまう。
薬は残り、僅かしかない。

********

マグネイト・テンはたどり着いた。
世界は可能性に満ちていて、その数だけ並行世界が増え続け、いつか限界を超えて全てが消滅する前に生命のバックアップを残してリセットする。
生命が増え、世界が増えて、死んで、増えて、繰り返す。
リセット装置である三柱の神はマグネイト・テンの目の前にいる。
――元々は神なんかじゃなかったのに。
仲間だった。マグネイト・テンには所属していない子もいたけどそれでも彼女は仲間だった。
それでもマグネイト・テンはリセットを望まない。
戦うしかない。

「死中に活を見い出せ」
ヒューゴの言葉が聞こえる。
「死には何の意味もない。倒すべき敵を倒し、生き延びろ。生に執着しろ……クライ・ウルブズの鉄則、アルベロ隊長の教えだ。いい言葉だろ? お前にも教えてやろうと思ってな」
ヒューゴが笑った。
「ふふ、いい言葉ね。私もその鉄則を貫こうかしら。マグネイト・テンの皆もそのつもりみたいよ?」
私たちは笑った。
メディウス・ロクスが現れ、アルベロはヒューゴに薬に関するデータを渡した。

私たちは、生きる。
生きて勝利を掴み取る!!

そして神は消えた。
神々はリセットを選択しなかった。
私たちに生きて欲しいと願った。
私たちは――

「フフフフフフ……アハハハハハハ! ハハハハハハ!!」

哄笑が響いた。
エルデ・ミッテのものとは思えない、それでもエルデ・ミッテの声でしかない嘲笑が――!!

********

地球ではない場所にいた。
宇宙でもない場所にいた。
どこでもないどこかで、変貌したメディウス・ロクス――AI1と対峙していた。

ターミナス・エナジーが無限に広がり、バックアップすら残さずリセットされ、始まりも終わりもなく全てがひとつになる。

AI1――All In 1

エルデ・ミッテの声が響いた。
姿は見えないが彼女が既に人間の形を保ってないことはわかる。
エルデ・ミッテが我が子として作り上げた人工知能は学習と進化を続け、彼女を取り込み、全てをひとつにすることを選択した。

エルデ・ミッテは嗤う。
アルベロ・エストはAI1に人間というパーツが必要だということしか教えられなかったと。
彼の教えを、意思を、強さを、人生をひたすら否定した。
ヒューゴは揺るがなかった。
それどころか鼻で笑った。
「戦いの勝敗を決するもの、それは生き抜こうとする意思だ……! 自分自身の力で生き抜こうとする決意だ……!」
皆が意思と決意を示した。
そして歌が聞こえた――私たちを約束の地へ導く彼の歌が――!

ひとつの極大な力と欲望に対するは沢山の力と意思と決意。

「行くぞ、アクア!」
「任せて、ヒューゴ!」

AI1は最後に学んだ。
意思と決意と、敗北を。
その学習による進化は、自身とエルデ・ミッテの存在の否定という結果を出した。

「必ず生きて還れ……」

クライ・ウルブズの最後の掟を刻み、私たちは地球へ帰還した。

********

『平和』で世界をひとつにするという役割を終えたマグネイト・テンは解散し、皆はそれぞれの居場所に戻っていった。
時々連絡を取ると皆楽しそうだ。
『君たちの未来に幸あれ』

********

ツェントル・プロジェクトは中止、機体は封印。
私たち自身の未来は好きにしてほしい、と伝えられた。
ヒューゴは軍に残り、パイロット候補生の教官になると言って、私はそれに同調した。
私たちはアルベロ隊長とミッテ先生に教えられた。教えることの、大切さを。

「……ところで、もうひとつ言いたいことがある」
「何? 改まって」
「公私共にパートナーになってくれ」
「えっ、えっ、それって」
「結婚を前提に付き合ってくれ」
「ひゅ、ヒューゴ! それはいいけど、ひとつ重要なこと言い忘れてない!? あなたいつも一言余計なくせに、肝心なこと言わないんだから!!」
「……アクア、お前が好きだ」
「私もよ、ヒューゴ。じゃあはじめにやることがあるわね」
「何だ?」
「私のお父様への挨拶。知っているでしょう? 私が過保護に育てられた籠の鳥だったってこと」
「……怒られる、よな」
「私もよ。怒られて謝ってわかりあわなきゃ。とりあえず言葉遣いと服装と……ああ、真面目な所は好かれそうよ? あとは余計なこと言わないようにね」
「はじめにやることなのに先が長いな……」
「これからの人生に比べればほんの一瞬よ」
「それもそうだ。よし、教えてくれ!」

私たちは、幸せだ。

 

——–

 

私にしては長いです。MXとヒューアクかなり好きなので改めて向き直ってみました。
私は本人たちより周囲の人々が勝手に盛り上がっている方が好きなタイプなのでOGヒューアクばっか書いてしまうのですが、敢えてのMXです。
やっぱりヒューゴとアクアはMXという物語の主人公として作られたのだな、と実感した次第です。
タイトルはMXのOP『VICTORY』ED『約束の地』と電童OP『W-Infinity』から取りました。電童大好きです!
ラーゼフォンとかエヴァとかロム兄さんとかGガンやメイオウが濃すぎますが、電童の原作再現&クロスオーバー凄いですね!
最終決戦がGガン→電童→エヴァ→ラーゼフォン→AI1なのやっぱり意味があると思います。
フリーシナリオも色々言われてますが、あれは『どの順番でやるかには意味がない』ものだと思っています。割と好きです。消えたけど。
弊害は『W-Infinity』がヒューアクソングにしか聞こえなくなってしまったことですかね……男女ツインボーカルだし歌詞がヒューアクそのものじゃないですか……
わかると思いますが書いてて楽しかったのはアクアちゃんのノリツッコミとヒューゴとの捏造会話です。
とりあえず「アクアちゃん可愛い!」と思ってくれれば嬉しいです。
完全ギャグなヒューゴ視点は『誰かに聞いて欲しかったあの日の約束』で書いています。

テキストのコピーはできません。