ある日の約束、未来への扉を開いて

その『亡霊』は突如としてこの世界に現れた。
「……俺……は…………」
今はまだその意識も定まらず、黙するのみ。

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転移反応を掴み、先んじて回収出来たのは幸いであった。
異世界間の転移が耐えない中、単機とはいえお互い何の情報も掴めないまま敵性組織へ渡ることは望ましくない。
話し合った結果友好的な関係を築ける可能性があるのなら尚更だ。
そのアンノウンは生体反応を内に持ち武装もしているが、完全に動作を停止しており、パイロットの意識もないようだった。
「って、ゲシュペンストRVじゃねえか! っつーことはギリアム少佐か!」
そして完全なアンノウンという訳ではなく、どうやら先に現れた転移者と同一世界の存在であるようだった。
リュウセイが自機と構造の基本は変わらないと示した通り、コックピットハッチを開く手順は変わらず、気を失った長髪の男性が運び出される。
年の頃はリュウセイより一回り上の20代から30代といったところか。
「ああ、間違いないな。俺も保証する。味方と考えて大丈夫だと思うぜ」
その姿を認めてマサキも笑った。
この2人はそれぞれの現れた時期や経緯は違えど――曰く突如空に光の門が現れた、曰く迷っていたら光に包まれた――同一世界の人間だ。
もっとも、マサキの操るサイバスターはラ・ギアスというまた別の世界の技術の産物だが。
「ン、そうか。それは心強いな。だが……」
立ち会っていたアムロはその感覚に妙なザラつきを覚えた。
ニュータイプ、ではない。気を失った彼から感じられるものは現時点ではニュータイプや念動力といった人の意思によるものとは根本的に別の――既視感、のようなもの。
「……リュウセイ、マサキ。少し聞かせてもらっていいだろうか、彼について」
「あれ? アムロ大尉がその辺の仕事担当したがるの珍しいですね。だいたいブライト艦長に任せているのに」
付き合いも長くなった仲間が横から茶々を入れる。
「俺も一応責任を果たすさ。ブライトも胃の痛い状況だしな」
まさか個人的な違和感などと、最強のニュータイプ、不動のエース、連邦の白い悪魔などの名を不本意にも拝領したアムロが不用意に発する訳にもいかず、現時点で得られる情報を得ようとした。

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ギリアム・イェーガー少佐。彼らの世界の地球連邦軍情報部に所属するパイロット。
有事には前線での情報収集と彼自身の意向、そして貴重な戦力であることからリュウセイたちの所属するその地球の切り札的部隊『鋼龍戦隊』に出向している。
人型機動兵器の歴史の初期に、OSやモーション、戦術の確立などに大きく貢献した特殊戦技教導隊の一員として、軍史に名を残している。
そして現れたその乗機はゲシュペンスト・タイプRV。
リュウセイの乗機の属するパーソナルトルーパーの系譜に位置するもので、その元祖にあたる機体を専用機として徹底改造したものだ。
「って並べるとアムロ大尉みたいだな。いや、教導隊ってそっちより別の方向での伝説になってるらしいけど、っとと!」
リュウセイが慌てて口を閉じた。彼はお調子者で周りも時に手を焼くことがあるが、仮にも元の世界では少尉であり、ある程度の規律を守ろうとはしている。軽口を叩こうとしてやめたのだ。
「別の方向とは?」
そしてアムロはそれを聞き逃さない。だが呆れ顔のマサキが流れを引き継いだ。
「クセが強いっつーかアクが強いっつーか、間違いなくエリートなんだろうけど奇行が目立つ集団のホントかウソかわからない盛られた噂だっつーのに何故か八割方事実の珍事件。でもどこもそんなもんじゃねぇの?」
ああ、と頷く。アムロの場合よりによってジャーナリストに転向した古い友に飯の種として積極的に誇大して書かれており、他の戦意向上になるため軍もそれといった訂正をさせようとはしない。
そして個性の塊は今のこの部隊でも言えることだ。
「ギリアム少佐は訳わかんねー状況でも何でも解説してくれっから俺は嫌いじゃないけど。案外ノリがいいし」
「そうか。君たちがそう言うなら問題はなさそうだが、もうひとつ聞きたい。リュウセイの念動力やマサキの精霊と同調するというような能力は?」
青年パイロット2人は少し息を呑んで顔を見合わせた。
「あー、どうなんだ? ゲシュペンスト自体は普通のパーソナルトルーパーだし妙な技術は入ってないはずだけど、確か、アレなんだよな……」
「そういやあったなそんな話。別にギリアム少佐はギリアム少佐だし水臭くねーか?って感じだったけど……」
揃って心当たりのある、そして先程のものとは違うセンシティブ性のある様子のもの。
いきなり切り込むべきではなかったかもしれない、とアムロは少し悔いた。
ブライトや、悔しいことにシャアならもう少しうまくやったであろうと思案する。強い直感が災いしてかどうにも口下手なのは直らない。
その時、手元の端末のコールが鳴った。
《失礼します、アムロ大尉。先程回収されたギリアム・イェーガーさん、ですが》
救護室のスタッフだ。腕利きが揃っているのであまり心配はしていなかったが。
「ああ、2人からの事情聴取もだいたい終わった。目が覚めたのかい?」
《……はい、目覚めはしました。応答はしっかりしています、ですが……》
「お、おい! ギリアム少佐に何かあったのかよ!」
不穏なものを察したリュウセイが割り込んだ。そして実際に、端末の中で首を横に振る。
《自分がギリアムという名であること、乗機のゲシュペンストという呼称、確かに軍に所属していたパイロットであること……それ以外の記憶を失っているようです》
その事実は、リュウセイやマサキが話した内容にあまり意味がなくなってしまっただけではなく。
「チッ、この状況の記憶喪失、どう転ぶかわかりゃしねえ。あのシュウの野郎が性根は入れ替えないにしても一応……」
マサキが苦い顔をしながら彼の宿敵の例を思い出し、そしてアムロは次元転移のショック以外の可能性、つまりは演技や強化処置によるものを危惧した。
――――――落ち着け。先入観は眼を曇らせる。ニュータイプなんてものはそんなに万能じゃない。まして気絶していて話すらしていない。だのに心が騒ぐ、どうしたんだ俺は。
「わかった。すぐに2人を連れてそちらに向かう」
胸騒ぎを抑えて通信を切る。こんな勘は当たらない方がいいのだと己に言い聞かせ、しかし外れた試しがないという経験則もあった。そして。

「!! お前、は…………!?」
目を伏せていた検査衣を着せられた青年は、強く見開いてアムロを睨む。
「え、え!?」
リュウセイが混乱して2人を見比べているが、アムロは自分でも不思議になるほど冷静だった。
「ッ!! ……はぁ、はぁ……すまない……どこかで、会ったことが……あるだろうか……?」
「んだとぉ!?」
息を切らせて他に目もくれず必死に問う彼に対しマサキも困惑した。
「……答えは1つだよな、アムロ大尉。あんたはギリアム少佐のことを知らない。初見のはずだ」
アムロからすればどちらかと言えば、その驚愕から振り絞り低く問うマサキの方に違和感を抱く。
「アムロ……レイ……大尉……」
ギラついた光を急に鎮ませ、刻み込むように呟いた。
「初見だと思うが、どうにもその気がしない」
アムロの答えにマサキは舌打ちする――――――やはり、と。
最初に抱いたが消えていたはずの違和感が急に甦り、明確な混乱として姿を表した。
「君はギリアム・イェーガー少佐、でいいのだろうか? 俺はそう、アムロ・レイ。一応大尉をやらせてもらっている」
「……申し訳ございません、階級に関しての記憶が抜け落ちているようです。ですが俺は……確かにギリアム・イェーガーという名です」
鑑識票のイニシャル『G.J.』を示して視線を逸らせる。
「え、何でいきなり丁寧語!? そのさ、さっきからギリアム少佐ってこうだった?」
頭を抱えていたリュウセイが理解を追い付かせようと状況を周囲に確認するが、答えはノーで、先程までギリアムは驚くほど冷静に穏やかに受け答えをしていたという。
「あのさ、俺のことは、わからねえの?」
「……すまない」
「っと、それは仕方ない! すっげー腹立つけどライや隊長ならまだしもってとこだし、転移のショックでって割とよくある奴で、ってマサキ何マジ顔してんだよ!?」
笑って彼なりのやり方で場と己の気を納めようとしたが、どうにもそういった雰囲気ではなかった。
「大したことじゃねえよ。ただ、俺が初めてギリアム少佐に会った時、どこかで会ったことがある気がした。今のギリアム少佐にとってのアムロ大尉と、アムロ大尉にとってのギリアム少佐も。それがどうにも引っかかるって、俺はそれだけだ」
そして魔装機神操者としての力が強まった今のマサキにはわかる。
自分は確かに初見だったが、風の精霊サイフィスは彼を知っていた。ただ、悪いものを感じないのも当の精霊が告げている。
「そういや並行世界とか前世だの生まれ変わった後だのの記憶が流れ込む人がいる、みたいなのを説明してたのも少佐だったか? 一応ガンダムが色々な世界にあるようにアムロ大尉にも別の可能性があるってならギリアム少佐側は説明つくし、サイフィスが大丈夫って言ってるし、一応信じていいとは思う」
アムロにとってはまた不穏な情報が付け加えられた状況だが。
「……俺は戦わなければならない。マサキ・アンドー、リュウセイ・ダテ……君たちが俺のことを知っているなら、教えてくれないだろうか」
静かな声が場に通った。一時の混乱を既に納めた、低く強い響き。
「って、俺たちフルネーム名乗ったっけ?」
そこでリュウセイが情報の齟齬に気付き、マサキが同意する。
「ないな。データは見せてない、ってことでいいんだよな? ってことは一時的に記憶が飛んでるだけで俺たちが知ってるギリアム少佐で、って、アムロ大尉側がやっぱ説明つかねえ!」
頭を掻きむしった。この手の状況に、何かしらの説明を付けてくれるであろう当の人物が陥っているというのが、どうにもやりづらい。
もう1人無知を見下しながら説明するのではと思える人物は、計算に入れないものとしつつ。
「ああ、俺はその点については問題ないと思っている。何かしらの能力や高い感受性のある相手なら日常茶飯事だ。ところでギリアム少佐、俺たちと共に戦うという意思があると?」
「その心積りは既に決めています」
この部隊と世界の情勢についてはおおまかな説明を行った、ということだった。
「戦う力がある、その力が必要な状況がある、そして確かに軍人であったという記憶がある。その状況下で助けられた恩義も返さずただ黙っていられる人間でなかった、それがひとまずの自己認識です」
「……その、微妙に調子は狂うけど、結構平常運転のギリアム少佐って感じすっけど……」
リュウセイが会話についていくことを放棄し呆れ顔を見せる。
確かに先程の動揺は異様であり不自然な点もあるが、転移者も記憶喪失も差程珍しくなく、リュウセイ個人が彼に漠然と抱く人物像そのものとはかけ離れていない。
「ああ。だからこそ君たちから見たギリアム・イェーガーという存在について聞きたい」
リュウセイたちに問うがその眼はずっとアムロを見ている。
視線は合わせないが確かに凝視している。
長い髪で隠しても理解出来てしまう――――――こう見るとジオン・ズム・ダイクンの遺児という素性を持ちニュータイプとしての目覚めの早かったシャアが仮面やサングラスを好むのもわからなくもない。
「いいんじゃねえの? 正直に言えば怪しい所はいくらでもあるが、怪しいだの言い出したらこの部隊じゃキリがねえし、ひとまず俺の知っているギリアム少佐とサイフィスのカンを信じる、ってとこで」
そうして同意を取ると、先程のような説明を繰り返す。
ただ、本人に対する記憶の手がかりとして周辺の人物やエピソードに関する話題が多くなる。
元特殊戦技教導隊の人物として、リュウセイのチームメイト、ライディースの兄がいて食に拘る彼と悪を断つ剣の異名を取る人物が起こす珍事にギリアムは笑って便乗し、量産型ゲシュペンストを愛機とするまとめ役で鋼龍戦隊の人型機動兵器部隊の統括現場指揮官である人物に鉄拳制裁と説教と呆れ顔を食らい、その人物も様々な意味で傑物という話題にギリアムは確かに微笑み、2人に礼を言う。
「……とても懐かしい感じがする。俺は友に恵まれていたのだな。君たちも出自を超えていい戦友であったのがわかる」
柔らかく笑い、しかし彼の瞳に冷たいものが宿る。
そしてやはり、何故かアムロを見つめて何かを考えている。
「素晴らしい友がいたのに、俺は忘れてしまったのだな」
「無理しなくっていいって! キッカケは出来たし、こういうのって記憶の蓋が開けば一気に思い出すもんだし!」
手がかりは出来たとリュウセイは嬉しそうだ。
この辺りの語り手が主に彼であったのは当然関係しているだろう。
「それとギリアム少佐、これも聞いといて欲しい。アムロ大尉、さっき聞かれて言いかけたことだ」
マサキは真摯に強く語る。それが避けられないことだと、何よりも避けてはならないことだと確信して。
「俺たちの世界でも、ギリアム少佐、あんたは異世界から現れた異邦人だった。元々は次元転移装置の研究者で、実験の失敗で単身転移したんだってあんた自身が語ったことだ。けど、さっきの教導隊での話とか鋼龍戦隊での絆はあんた自身の行動と信念で築いたものだってことは忘れないでくれ。そこを誤解されると厄介なことになりそうなんでな」
精霊や邪神の類でないにしてもギリアムには次元を越える何かしらの契約が存在する――――らしい、というのは本人の語り口から。
リュウセイとは逆に記憶のリセットが転移の衝撃によるものとは楽観視できず、繋ぎ止めるものを強調した。
「次元転移の研究者……成程、その辺りに関する今のこの世界についての説明で、特に違和感がなかったのはその経験によるもの、つまり慣れと考えるのが妥当か」
ギリアムは真剣な面持ちで頷いている。己がどの情報や状況にどういった反応を示すか、それで身に付いた行動規範や倫理、思考を自己診断しようとしている。
「それで彼の機体、ゲシュペンストにはその次元転移装置は搭載されていないはずである、という根拠は?」
「そのナントカシステムとそれを悪用する奴を葬るためにギリアム少佐は戦っていて、追いかけて跳んで来たのをぶっ飛ばしたんだ。研究データごと、システム本体をRVで必殺の一撃! でもその後も次元転移の絡む厄介事は続いてて……俺はギリアム少佐とあんまり親しくはないけどこれだけは断言出来る。システムが残っていたら、ギリアム少佐は絶対に使っていた」
「ああ、アムロ大尉、言いたいことはわかるぜ。理屈が伴ってないとか根拠がないとか、いつものリュウセイかって」
「ひでえなマサキ!!」
介入したマサキは一応フォローのつもりだ、と宥めて続ける。
「でも一応、これについては根拠になる。人の心は次元を越えて繋がる、ってことで閉鎖空間から脱出するためにそのシステムとT-LINKシステムを繋いでいた。そっちはどういう理屈か知らねえがギリアム少佐もそのシステムに同調する必要があって、何かの歪みがあったら確実アウトの脱出劇だしリュウセイには多分伝わる」
アムロにはまた既視感があった。知っているはずだ、その状況は。経験していないにもかかわらず――――――いや、一年戦争の決戦時だろう。『そうでなくてはならない』
「……?」
確かに声として聞こえる、何かのプレッシャーを感じた。
「だいたいのことは理解した。君たちからすれば隠し事はするが基本的には誠実である、少なくともそうであろうとした人間に見えた。ギリアム・イェーガーとはそういう人物である、と」
その根源としてギリアムをまず見た、しかし彼は穏やかだった。先程までの確かに宿していた闇を完全に覆い隠して。
「今の俺も、そう在れればいいと思っている。パイロットとしては、恐らく力になれるはずだ。知識面についてはどうにもならないが……どうでしょうか、アムロ大尉」
「ああ、そう報告しておこう。ただ、何故俺には丁寧語を? 少なくともそれが地でないことだけはわかるが」
困惑してみせた。本気で困惑している、その表情と伝わる感情。
「…………そうしなければならない、そう確信する何かがある。欠落した記憶によるものなのかは、わかりませんが」
その後に静かに強く告げた。偽りは感じられない。
「そういうものか。どうにもむず痒いが、よろしく頼む、ギリアム少佐」
「……ええ、よろしくお願いします。アムロ大尉」

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とはいえ機体の調査は必要だ。どちらかと言えば――というよりも、どう考えてもこちらの方が俺の専門だろうとアムロは興味深くゲシュペンストの元へ向かう。
見学人はそれほど多くない。異邦人の存在に慣れてしまったのと技術的にもそれほど物珍しくもなく、最初は群がっていたらしいが、今はアムロと似たような趣味、つまり純粋にメカとして興味がある類の者が多い。
「リュウセイの機体は結構特殊だけど、これは純地球の知恵と技術、工業製品って感じだな。設計思想自体はモビルスーツ、特にガンダムと似てると思う」
甲児がアムロの姿を認めるとそういって話しかけた。
トラップが仕掛けられていないか念入りに調べたが、記録域のブラックボックス以外に特に変わったものは見られないという結果が出たという。
コンソールに特殊な物理キーでのプロテクトがある他は完全に独立しているため、何らかの秘匿情報を隠すためのものと推測出来るという。
あとはパイロットの性格を表すものとして、着替えや日用品を入れたトランクの収納場所があったくらいで、コックピットの基礎構造はやはりリュウセイの機体と変わらない。
「機体ひとつあればどこにでも駆け付けられるように、か。どうにも忙しいな。少し見せてくれないか」
ミサイル、プラズマカッター、携行用としては大型と思えるバスターキャノン。
「ウェポンラックにだいぶ余裕がある……軽量化? いや、汎用武装の持ち替えによる補給の効率化も含まれるか。このヴァンピーアレーザーというのは力場の変換か? それに機動力と慣性制御にだいぶマシンパワーを振っているな。生半可なパイロットでは、だが……」
端末を叩き時に機体を直接覗き、その構造や運用思想をうかがっている。
「アムロ大尉が凄く楽しそうにしてる……」
「アレだな。超技術とか特別な人間に向けたのが多すぎて、モビルスーツに応用が効きそうなの意外と少ないしな」
ニュータイプというのも特殊能力ではあるが、類えの可能性であり意志を交わさんとする共感の力。
全ての人類に備わるものが偶然強く発現しただけにすぎない、と少なくともアムロ自身はそう語る。
「OSは引き抜けたのか?」
「い、いや、流石に表面を調べたのと、妙な仕掛けがないかだけだ。それだけでも基本OSからかなりカスタマイズしていることは推測出来る。だが本人の同意なしには流石に不味いだろう」
それもそうだ、と頷く。どうにも熱くなってしまっていけない。
専用機というものは他人が考えるよりもその人間性が現れる。
アムロのνガンダムで言うならば直感的に攻撃と防御の両面展開が可能なフィン・ファンネルに、手放しても撃てる確実性の高い実体弾のバズーカ。
視線の向きにいくためやはり直感的なバルカンに、近接用武装とある程度の格闘も可能なフレーム。
パイロットの技能・特性を活かした、戦闘面において自己完結した機体。
このゲシュペンスト・タイプRVという機体は自己完結型といえばそうだが、継戦能力を重視し、いかなる状況でも戦えること――長く味方の支援の得られない状況を想定している、と見られた。
両名から聞いた本人の来歴からすれば無理もないことではあるが――何が引っかかっていると言うんだ、俺は。
そこまで考えて、つまりギリアム・イェーガーという人間よりも、その必要もないはずであるにも関わらず、彼に対して妙なザラつきを覚える自分の感覚の方が不愉快なのだと気付く。
目を覚まして会話し、少なくともニュータイプを相手にした時の独自の感覚でないのはやはり確かだと感じた。
敵意や悪意を感じるかと言えば、それも少し違うと思った。
向けられている感情を言語化するならば、当惑だ。そして問いかけだ。
『俺のことを知らないか?』
『お前は俺のことを知っているはずなんだ、教えてくれないか?』
どうにもそのような言葉がその視線に込められているのを感じた。
――――知るはずがないじゃないか。俺は、ニュータイプは、そんな万能じゃない。
たとえマサキの言うように並行世界で出会っていたとして、それは今ここにいるアムロ・レイという人間ではないし、記憶を失っているギリアム・イェーガーにもそれは言える。
「ゲシュペンスト……亡霊、か。強い想いが込められているのを感じる……」
複数の人間の残留思念がある。喜怒哀楽、そして願いが。
そして改めて決心する。この感覚に囚われないこと。純粋にその行動で見極めるべきなのだと。

************

そうして、ギリアム・イェーガーがこの部隊の戦力の一員になった。
1機の戦力としては上等なモビルスーツ即ちガンダムの名を持つものたちと同程度、状況対応力もある。
戦意は高かった。分析能力もあり積極的に意見を出し、人当たりもいい。
ただ、やはり記憶は失くしたままである点については少し思い悩んでいるようだった。
「モーションパターン名に無機質なコードと、提供者がいる場合はその人物の名前……エピソードをリュウセイたちに聞けばいくらでも人物像や関係が伺える、しかし実感として伴わない。俺はそれがどうにももどかしいのです」
ソフト面の供覧を希望したアムロに一通りの説明を終えて、ギリアムは一言そう付け加えた。
「更に言うならば、俺はそもそも元々のギリアム・イェーガーという人間をあまり信用出来たものではない、と感じるのです。様々な状況に対する反応を俯瞰した、自己分析として」
「ン、何故だ?」
それもまた興味深い話だ。共に戦ううち薄まっていたアムロが覚えていた違和感へのヒントになるかもしれない。
「己が記憶を失っているという事実に対しては極めて冷静でありながら、親しいとされる人物を思い出せない己には強い憤りを覚える。これは矛盾している。この2つはイコールであり、反応は一致して然るべきです」
物事の別の側面を捉えた時、反応が両極端であるのは奇妙だ、ということ。
まして裏側から見たというほどのものでなく、少し角度を変えただけに過ぎない。
「付け加えるならば、記憶喪失というのはあまり一般的な事象ではない。たとえ次元を越えるという物理衝撃があったとしても、何らかの心理的なよるものにしても。それについて特に混乱することもなく、それどころか『ああ、またか』などと呟く己がいるのを感じる。何がまた、だというのか」
語気が強くなる。自己分析を行えば行うほど正体は見えなくなり、嫌悪ばかりが募っていく。
「あなたへの反応も同じです、アムロ大尉」
「ああ。この部隊には俺以外にもガンダム乗りやニュータイプがいる。カミーユなど純粋な感覚であれば俺を上回るだろう。だが、君がその感覚に引っかかりを覚えるのは俺に対してだけ、ということだな?」
「おや、やはりお見通しで?」
「そういった視線には敏感なものさ、戦場っていうのも嫌なものだ。それにいつまでも余所余所しければ俺も気にする」
「それは……そうですね、アムロ大尉が俺のことを気軽にギリアム、と呼び捨てにして下さらないもので」
くすり、と笑って微かに顔を逸らし眼を覗かれないようにする。
「いや、それはそうだろう。ブライトたちならともかく。それを言うならギリアム少佐、君が俺のことを階級で呼ぶ方がおかしい」
「俺の階級についてはリュウセイたちのいた鋼龍戦隊におけるもの、この世界においては正規の軍人ではない。習慣として彼らが呼ぶのは許容するにしても、俺は正直に言えばギリアム少佐、なんてつまらない呼び方は好きじゃない」
「成程、そうやって自分のことを棚上げにする人間性なら確かに信用は出来ないかもな……冗談、だからな?」
冗談を冗談として流してもらえる人種とそうでないのがいるのは痛感している所で、コミュニケーションの一環として、若者や一般人を相手にする者としてどうにかしようとしているが様にならない。
そしてこのギリアム・イェーガーについては前者のようで所作が板についている。
「……自分でも困っているのですよ、これについては。俺は気に入らないお偉方に対しては慇懃無礼だが、それ以外でこのように話す相手は限られているはずだ」
「正体の見えない何かが引っかかっている。手がかりがない、探ろうにも。難儀だな」
「正体が見えないだけならともかく、存在することそのものは明らかであり、おまけに強大だ。観測しようとすれば『決して覗こうとしてはならない』という強い制止がかかる」
「パンドラの箱か?」
その言葉に何故かギリアムは強い衝撃を受けた様子を見せる。
そしてアムロという外部からの観察と同様に彼自身の視点として『その反応は奇妙だ』と感じる。
「この世界においてはラプラスの箱、というものもあったと聞きますが」
しかしやはり一瞬で納めて微笑し話題を変える。
「ああ。各陣営が血眼で探していたものだ。中身自体は開けてしまえば何ということのない、しかしそれが存在することそのものや、秘匿されていたという事実の方が重要になってしまった箱だ」
「……このゲシュペンストの記録域のブラックボックスもその類のものなのでしょうね」
物理キーに該当するものは所持していた。彼の下げるG.J.という鑑識票、それに何気なく付属しているキーホルダーを彼の所持するDコン――リュウセイたちの世界では一般的な小型情報端末に接続することでその機能を発揮することが彼自身が調べることで判明した。
しかしながらそれ以上のプロテクトがかけられており、彼の生体認証が必要なことはともかく、最終的にそれらの認証を通した上で何らかのキーワードを入れる必要があることも同時にわかった。そして当然記憶を失った彼にキーワードの心当たりはない。
「何故、そうだと?」
――論拠そのものは確実に用意する人間という理解を得ている。時に感覚的であるのは自分にだけは言われたくないはずなので。
「一言で言えば厳重すぎる、という所でしょうか。鍵を開けることを想定していない。このタイプRVそのものが俺の専用機であり、その上で幾重にも俺自身が認証することを求めている。だがこの鍵をかけた人間は俺自身であるはずで、箱を閉じた時、中身は開けるまでもなく知っている」
「例の次元転移装置の研究データ、という可能性は? 設計図や数値は流石に頭の中に叩き込んでおけないだろう」
「可能性としては高いですが、それは……根拠は、ないのですが……恐らく違うだろう、と感じるのです。リュウセイやマサキが言ったような、そもそも俺がその次元転移の研究を忌避しているはずである、というのとは、また違う理由で」
やはり何か理由があるのまではわかるが、その中身まではわからない、という途絶。
「確かに、そうかもしれない。視点を変えてみれば、君が記憶を失っていない状態であれば鍵は鍵として成立しない。そこに悪魔を封印するなら、悪魔は容易く誘惑を囁き解放させてしまう」
彼は基本的にロジカルな人間ではあるが、目の前の緊迫した状況に対しリスクを気にしない節がある――――――無断出撃に対するブライトの修正がお約束のように飛び、特に悪ぶる様子もないことが何度かあった。
それを見ればリュウセイが言った、手元に次元転移に関する技術が残っていれば、異次元からの侵略者に対し確実に使用したはずだというのに説得力が出る。
そもそも並行世界という理論を採用するなら、ここにいるギリアム・イェーガーはリュウセイやマサキたちとは別の世界から来た可能性も考えられるが、前に聞いた時にこう答えた。
「そう簡単に人間は変わりませんよ。世界が変わっても周囲の配役が変わっても、本人の人格形成に関する大きな何かが起きない限りは」
例によって妙に確信的に断定調で、ギリアムは答えた。
大なり小なりの出来事・記憶の積み重ねで人の心というものは形成されるが、並行世界の同位体別個体はその根本は同じだ。
概ね似たような経歴を辿り、周囲も同様であり、そもそも高次元領域を通して魂の部分的共有が行われているから、と。
その辺りの説明が真実かは置いておくにしても、サラリと特別な様子もなく述べられる点についてもやはり次元を越える力についての研究経験のものなのだろう。
「……ええ。なので、どちらかと言えば大した情報はなく、プライベート、個人的事情に関するもの……例えば、日記を見られたくないといったつまらない理由なのかもしれません」
そこまでは論理飛躍なのではないかと感じるが、彼は何かを説明する時に妙な説得力を醸し出す。
「今の君には重要かもしれないな。キーワードのヒントはどういうものだったか」
「少なくとも3つ入れる必要があります。遥か遠い理想郷、正義と希望の象徴、もう1つは入力を求められる度に特定の3つから変わります」
どうにも抽象的だ。単語ベースと思われるが、幾度も間違えれば中身の消去という最終プロテクトが働く仕組みであるのも明示されている。
「理想郷か。エデンやイデア、というものだろうか?」
「…………世界の全てを消し新たな秩序を打ち立てるための計画名、というのはどうでしょう?」
「ああ、そういった題目を掲げる連中は多いな。自分がその手合の可能性もある、という疑いを持っているのだな」
語気は軽いが冗談を感じられなかった。真剣に可能性として提示したのが否が応でも伝わる。
わからなくはない。戦闘結果や周囲の動きを嬉々として自機の更新に反映させるのが趣味ではあるが、平和を望み戦い、戦争が終わったのなら喜んでその役割を終えるであろう人物なのは伺える。
ただ、それを置いても根からの戦士・パイロットで、戦場に飛び込まずにいられない性質があるのもわかる。
いくらその必要性がある世界だろうと、次元転移の研究という専門的にも程がある分野に手を出して、そこから一定の成果が得られたというのは結びつかない。
そういった記憶喪失で片付かない矛盾、欠落が多数存在するから、ギリアム自身も己を信用せずアムロには妙に襟を正す。
「あるいは思い入れのある地名の婉曲表現かもしれないな」
「その発想は、なかった……かもしれません。そして思考しようとするとブレーキをかける存在がある、本当にそう、なのか……」
押し黙り考え込む。
しかしやはりそれも長くはなく、アムロに静かに問いかける。
「アムロ大尉は何故俺のことを気にかけて下さるのですか?」
「乗りかかった船だ。それに最初の引っかかりから正直に言えば疑った。今は純粋にその妙な気の遣い方が気になる、それとこのゲシュペンストという機体への好奇心かな」
「『お前はいつも優しいのだな』」
ぴたり、と止まり凝視する。
響きがどこか違っている。それに明らかに口調が異なっている。
「『何故諦めさせてくれないんだ』」
初見の時のような、苦しげに息を絞り込み睨みつけ、瞳の光のギラつく姿。
「『思い出してはならない。望んではならない。眼を向けてはならない。全てを崩壊させるパンドラの箱の最後の希望……』」
「ギリアム!」
アムロの呼びかけに対しフッと怪しい光が消え憔悴したギリアムが表出する。
「……俺……は……?」
「別人のようになっていた。憑き物、いや、失った記憶の……怨念?」
「ご迷惑を……俺としては気絶していた、という認識ですが……何かを語ったというのなら、もう少し、置いておけば、正体も知れたものを……」
「死者の声に耳を傾けるのは凝りているんだ」
今も、時によぎるのだ。
舞い踊る美しい白鳥、運命を謡うニュータイプの少女が。
ひとまずその語った内容を伝える。アムロとしてはあまり望ましくないことではないと感じるが、本人の希望として。
「……それは、なかなかに興味深いことですね」
やはり、と内心舌打ちをする。戦場の声に引き込まれたニュータイプがどれだけいたか。
結局の所、それらに対して冷ややかであったから、アムロはここまで来られたのだ。
帰れる場所がある。愛する人がいる。それだけで十分で、あとは自分が戦争などやらずに済んでゆっくり機械いじりでも出来る世になれば尚の事良し。
共感や対話の意思は重要だが、もういない者に呼ばれることの何とも実りのないことか。
「アムロ大尉は……俺の本当の特殊な力、お分かりになるでしょうか」
「さて。ニュータイプじゃないのはわかる。念動力でないのも聞いた。結局大事なのは何が出来るかより何を成すか、と言えばどうにも月並みだが」
「…………予知能力、です。未来のことが少しだけわかる。本当に何ということのない、少しだけ戦場で俺を生かすのに有用で……恐らく、次元転移において、目的地への確実な転移に必要な力」
限定的ではある。ニュータイプにもそういった未来の感知能力がある。敵の意思を感じ取ってのものが多いが、世界の流れ、とでも表現出来るもので感じることがある。
ただ、用途が限られているのは特に悪いものでない。
特に尖っていなかったとしても、感じなくていいものを感じないで済むのはいいのではないかとアムロは考えた。
「……希望をギリシャ語で言うのであれば、エルピス。一説によるとパンドラの箱に最後に残された希望……全ての未来が見えるという絶望だけは解き放たれずに済んだ、という逆説の希望……俺、が……」
ふらりとまた虚ろになる――しかし食いしばり意識の喪失をどうにか防いだ。
「忘却を肯定する内面の声は、それを絶望の記憶と定義している……忘れることでしか前に進めない、と。だが俺は、忘れたくなんて、なかったんだ」
低く呟き姿勢を正す。
「鍵のひとつ、エルピス。俺の故郷の名前……辿り着けない希望の名。帰りたかったはずの、極めて近く限りなく遠い世界……少しだけ思い出せたよ、アムロ」
思わず目を丸くしてしまった。不意をつくにも程がある。
「おっと、多分これがギリアム・イェーガーという人物の地の性格だと思う。すまない、全てを思い出せた訳ではないのだが、どこから説明したものか少し考えさせてくれ」
おどけて笑う。カラカラと、相手の反応を楽しむ笑み。
確かに、アムロ以外に対してはこのような部分があった。だからこそ引っ掛かりを覚えていた。
そうして語った所によれば、ギリアムの中の何か――何となくだが、二重人格や強化措置の類でなく別の心理的要因であるとアムロは感じた――は絶望を封じ、記憶を封鎖している。
ギリアムの思考を制止し、穏やかに前だけを向くことを強制する。
戦い続けること。近くの者を想い、守ることを最優先すること。
「そして……己が視た未来にとらわれて、友と戦った絶望の記憶……故に友を疑ってはならない。そもそも友を持つべきではない。詳細はわからないのだが、どうにもその記憶の中に、やたら言葉遣いが丁寧なアムロがいたようでな。つまりそのあたりの記憶の影響でああなっていた、と」
「想像がつかないな。いや、だが、一年戦争くらいの俺は若輩者だったしそうだったか?」
理屈そのものは理解が出来る。
ギリアムが持つ並行世界での記憶。
そこで彼はアムロと戦友であり、その能力のために未来に絶望し、袂を分かち、更に絶望を重ねた。
別の要因も重なっているのかもしれないが、その記憶をリュウセイやマサキたち、鋼龍戦隊での戦友の記憶とまとめて封じた結果の記憶と人格の障害、ということだ。
「……当然、わかっているさ。エルピスで出会ったアムロは、お前じゃない。そもそもあそこには……そう、他の友がいた。そちらは全く思い出せないがな」
遠い目をして吐き捨てる。
「裏切者の上に忘れる。とんだ薄情な人間だな、俺は。そしてやはり鋼龍戦隊のことも思い出せないんだ」
「慰めにはならないと思うが、あまり自分を刺すような言葉は出すものじゃない。そもそもそれが正しいかどうかはわからないんだ、記憶の齟齬くらいはいくらでも起こる」
「そして正しいかどうかにあまり意味はない。何故ならこの世界は別物の並行世界だから、か」
アムロを見ている。これまでの険しさや不穏さはなく、安堵を含んでいる。
「…………リュウセイたちには、あまり言えないものなのだが。恐らく俺は、彼らと跳んでくる前の世界においての時間軸が違う。恐らく、何らかの形で別離を遂げた後にここに来た」
「根拠としては?」
「記憶や思考の関連付けが、そう行われている。裏切り、とはまた違う。ただ、忘れるべきである、彼らに関わるべきでない、進むしかない、この身が朽ちる時まで……そういった強迫観念は、どちらかと言えば彼らとのものに起因する……そんな、気がする」
やはり感覚的だが心の問題などそういったものだろう。
アムロとしては自分に向けられていた視線の不審さにそれなりの理由付けができて、そもそもの原因が解消されたのは喜ばしいのだが、どうにも危うい人物だと思う。
どちらかと言えばブライトの方が向いている。
何度目になるかわからないが、嘆かざるを得ない。
人には得手不得手があり、ブライトはそれを置いても経験を積みすぎていてこういうものを捌くのが得意だ。
「そのあたりに理由を付けられるものが、タイプRVの内部データにあればいいのだがな。やはり開けることを前提としていないとしか思えない。何を考えているんだ、これを封じた時の俺は」
「あまり彼らは気にしないと思うが?」
「……俺は、自分が帰る場所があるかどうかが、気になっているだけなんだ。勝手なことにな」
アムロから見ればどの世界でも生きていける人間だろう、とは思う。
ただそれだけに、全ての世界が自分の場所でなかったように、ずっと感じ続けてきたのではないか、というのも推測は出来る。
この世界にいてもいいんじゃないかという軽い提案は出来ない。
少なくとも、彼が異邦人である認識と。
「…………エルピスというのは、どういう地なのだろう……俺は……」
アムロ・レイという存在がその声を掛けられるとしたら、この世界で生きてきた自分でないのだけは確かなのだから。

************

罪を償え。
「……お前は違う」
我らは血塗られた道を進むのみ。
「お前も違う」
探していたんだ。
「お前でもない!!」
我は――――
「悪を断つと言うのなら、最も斬るべき相手がここにいる!!」

************

その夢は、醒めてしまえば忘れてしまう。
全ては過ぎたことであり、未来の可能性であり、どこかで分岐したものを垣間見ただけのもの。
己のものは何もない。
そもそもただの亡霊にすぎないのだ。その記憶の存在を確信しているだけの。
「…………違う、俺は……その世界で繋いでいた……タイプRVにかけた願いを……」
贖罪。全ての存在をかけて。償い続ける。
「違う……あいつの言っていたことは、そうじゃ、ない……俺は…………結局、それを言い訳にして……」
その意識も、結局泡沫の幻に過ぎない。
「……全ては……絶望でしかないと……定義して……存在そのものを否定すべきであると……」
何故なら記憶も想いも、世界を越えてしまえば、何の意味も――――
「意味ならある」
――――誰だ?

************

「何だよ、居眠りとか自己管理って奴がなってないんじゃないか?」
格納庫の隅でギリアムが座り込んでいる。深く寝入っている。
マサキが見るに特に寝息が乱れていることもなく、ただ、違和感があるものとしては。
「金属プレート? こんなの持ってないだろ確か」
掌ほどの、見た目では材質の伺えないもの。
「エルピス……ゼウス……暗号か? それにアムロ・レイ……? あとの2つは知らない名前か。これRVのブラックボックスのキーワードって奴じゃないのか? けど何で……」
それと小さな手紙を入れるような封筒を、手元に携えている。
「おい、ギリアム少佐、ちょっと起きてくれ」
少し揺さぶると眠たげにはしているが、まばたきを数回して軽く答える。
「何だ、マサキか。俺は……寝ていたか」
「調子狂うな。あんたはだいたい急ぎ気味のマイペースだけど、というかとりあえず聞くぜ。手元のそれ、見覚えあるか?」
スッと目を細めてない、と呟いた。
「ただ誰かが何かを渡してくれた、そんな夢を見ていた……気がする。君ではないのだな、マサキ」
「ったり前だ。手紙の中身は何だ?」
静かに読み上げる。筆跡に心当たりはない。
「……『全ての物事に意味がある。たとえ造られた世界でも、出会ってはならない存在だったとしても、何かの影響を与えている。故にお前は行動を起こした。出会いを無意味にしないために。それが、破滅を導くことだとしても。お前は全てを守るべきものと戦友、そして未来に出会う者のために』……誰なんだ、お前は……」
問いかけてもその手紙に心当たりはなく、ただ、起こすべき行動はひとつだと決めた。
RVの記録領域のブラックボックス。遥か遠い故郷、エルピス。最も強い希望と正義の名、ゼウス。3つ目のランダムのキーワードは――ヒントであり、ダミーだ。
「俺は……ギリアム・イェーガーだ。ゼウスのメンバーはこの3人と俺だけの状態から始まった。そして、何があろうとその名前だけは、決して捨てないと決めた。もう二度と……誰であろうと、俺を呼ぶ名はその1つだけでいい」
本当の答えは、彼自身の名前。そして現れる、秘匿されていた4つ目のキーワードに対するヒントは――希望を繋ぐ半身。
「応えろ、『ゲシュペンスト』!」

************

それは、日記だった。
日々の喜びを連ねた後に、悔恨が綴られる。
忘れることへの痛み、記憶が無意味になること、次に出会った時にまた1から絆を繋ぎ直すことへの虚しさ。
それを越えてまた喜びを重ね、その上に絶望が積み重なる。
いつの間にか自己防衛のために、次元跳躍をトリガーに記憶の抹消が発動するようになっていた。
それでも、思い出してしまった。忘却で幾重にも封じ込めた絶望が噴出した。
故郷の名を。名前も知らない、ぬいぐるみを探す少女の姿を。存在するはずのない偽りの理想郷で、選ばれなかった未来を進んだビジョンが浮かぶ。
「きっと、この実験は失敗する。俺には見えているのだ、その未来が」
「それでも求めずにはいられない。俺は全てを投げ出してでも、あらゆる並行世界を巻き込んででも、また会いたい」
「この装置の名はシステムXN。次元を繋ぐ、実験室のフラスコから、パンドラの箱から出してはならなかった、絶望の名を隠すためにそう呼んだ」
「この世界にもゲシュペンストはある。だが、俺はこれと結びついていた」
「次の世界があったのなら。実験に失敗したのなら。俺は新たな希望に縋り付くとしよう」
「データで見たゲシュペンストMk-IIIは興味深かった」
「だから俺は、次があるのならまたゲシュペンストを駆り、新しい姿を与えよう」
「その世界での繋がりに相応しい姿と名前を」
「計画は、ハロウィン・プランとでも呼ばれるのだろうか?」
「しかしこれも意味のない行動と思考だ。次元転移をトリガーに、この記録共々俺の記憶と願いは消え去るのだろう」
「それでも記録せずにはいられない。俺の名を知る者が誰もいないこの世界で、この絶望と対峙するために」
「これが今の俺の立てる、プロジェクト・オリュンポスの姿――手段もその先もわからず、ただ未来を変えられればそれでいい、というだけのもの」
「そしてやはり、その未来は暗雲に包まれている。いくら太陽神を名乗ろうと、俺自身に光はないのだから」

************

「……じっと記録見てるけど、何かわかったのか?」
マサキの声でふと現実にかえった。
聞きつけたリュウセイが、アムロまで呼んできている。
「いや、思い出せないのも仕方なかったのかもしれない、ということが理解できた。それだけだ。タイプRVは俺が鋼龍戦隊で作り上げたものだったな」
「そういうことになるかな? 一応その名前ついたの少佐がこのゲシュペンスト徹底的に改造してからだけど」
リュウセイが頭を掻くが、何故か妙に感覚が澄んでいた。
認識できない程度の薄靄が晴れた。しかしそれも、気付かなかった程度のものなので特に支障はなく彼は気楽に流すことにする。
「あと、これだけはわかる。俺は元の世界に戻ったとしても、ここでの記憶は全て忘れてしまっているだろう」
「え、何で!? 色々珍しいもん見られて結構面白かったぜ、土産話に最高じゃねえか!」
「ああ、そうだな。だから、お前たちが話してくれると助かるかな。あと……アムロ、これは今の君に言っておきたい」
「どうやら何かしらの答えが出た、ということか。何だ?」
「もうしばらく世話になる。この世界の厄介事が片付くまでは。だから、よろしく」
拍子抜けするような、当たり前のこと。
それでも何か意味合いが変わったはずの、そして言っておきたいことだ。
「こちらこそよろしく頼む、ギリアム」
そうして握手を交わす。
いつかこうしたことがあった気がした、しかしそれも、他の人間とのことだろう。
「少佐ー、いつもの説明ー。俺、何でギリアム少佐がいきなりアムロ大尉に普通になったとか、はそういうものとしても、RVのブラックボックスの中身とかすっげえ気になる! 超兵器の設計図だったりしたのか!?」
「面白いものは何もなかったさ、リュウセイ」
コマンドを入力、全データ消去――キーワード、アポロン。
全ての出会いはここから始まって、いつか――――またその手を取れる時が来るのか。それとも、別の友の手を取っていくのか――――
――――未来は、やはり見えないからこそ希望がある。そして自分の足で歩いていくしかない――時に誰かに手を引かれながらも。
「……誰、だったんだろうな」
今は鮮明に思い出せるゼウスの3人ではない。この答えを渡した人間は、やはり知らない相手だ。
「とりあえず……アムロ、シミュレーターでの勝負を申し込む。一度やりあってみたかったんだ、連邦の白い悪魔とな」
「ほう……望む所だ。言っておくが、俺はあまりその異名が好きじゃないが、やる時は全力でやるぞ?」
目を細めて軽く笑いあい睨み合う。
「……何だあのノリ。一応ギャラリー受けは良さそうなカードだけど」
「男の友情ってそんなもんじゃね?」
「ああ、お前とライみたいな」
「まー否定はしない。何で毎回俺だけ飛ばされちまうかなあ……お前にとってのシュウは何もしなくてもやってくるのにさあ」
「絶対否定する。あいつ何でどこにでも出やがるんだゴキブリ並の生命力と神出鬼没力だ」
そうして、彼らの日常は少しだけ変化して、やはり変わらないまま、戦っていくのだ。

 

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説明文で書いていますが仮題もっと長く「版権スパロボにギリアムさんが出てこういうのが見たいんだよという幻覚と妄想の産物」でした!
長く拗らせた妄想。30発売前、DLC1発表されたあとくらいに書き上げました。
私は「ギリアムさんが版権スパロボに出られないという事実までは許容してもアムロと世界線が二度と交わらない可能性までは許容できない」という何いってんだこいつという妄言吐きでして。
という訳で。幻覚実現しました。無料アプデありがとうございます!!!!!!!
この小説は『OGギリアムはOG世界に骨を埋めてほしい』『やっぱりギリアムが帰りたいのはあのエルピスなんだよ』『とはいえアムロとだけでもやっぱ再会できたら』などなどを
色々詰め込みつつ『並行世界別時間軸でシステムXN的な何かを使った間で交錯しギリアム本人はややヘリオス案件のやつ、機体はRV、ブラックボックスさんは例のアレ』というややこしいものです。
だって幻覚だから。スパロボ30もヨロシク!!

テキストのコピーはできません。