再会~そつぎょう~

ミョルニアからもたらされた情報の1つ、同化現象への特効薬。
アルヴィスの地下深くで眠る咲良への投与が根気よく続けられていた。
理論的には正しい。一騎たちの同化現象の進行も止められた。
しかしここまでの同化の進行は例がなく、臨床実験に近かった。
――蒼穹作戦と同じ頃「母さん」と呟くのを確認。
しかし意識の回復は見込めず。
少し遅れた一騎が帰還する頃、母と恋人の手を握り――

「咲良ー、学校行くぞー」
玄関口から先に準備していた剣司が呼び掛ける。
右側に自転車を携えて。
家の奥から、息を切らせた咲良と心配そうな母親が現れる。
「自転車なんて持ってきて、どうしちゃったの?」
「これに乗れば咲良も少しは楽できるかな、って」
「……私は自分の力で通うよ」
決意を込めた瞳で睨み付ける。
「咲良、お願い。無理しないで」
「いや、咲良がそういうなら俺は付き合うよ」
「……ありがと、剣司」
鞄を持ち直し、靴を履く。

目覚めはしたものの、咲良の身体には後遺症が残った。
内臓器官及び筋肉の機能低下が酷く、運動どころか歩くのがやっとだ。
薬のおかげでこれ以上悪化することはないが、良くなることもない。
こうなって初めて、翔子の気持ちがわかった気がした。
見舞いにいく真矢の行動を自己満足と非難したこともあったが、いざ見舞われる方になるとありがたいものだ。
忘れられるのが怖い。
皆の間で自分がいなくなるのは嫌だ。
そして咲良は学校に通うことにした。全力で。
自然と剣司が同伴者となったが、その関係をからかう者はいなかった。
元々は彼らはトリオだったことを、皆知っている。
もう一人――小楯衛は、もういない。
咲良が目覚めた時、一番はじめに剣司が伝えたことだった。
拳を握りしめながら、涙を堪えきれず溢れさせながら。
翔子や衛の分まで、などと言うつもりはない。
ただ、自分の存在を残しておきたいのだ。
翔子や衛のことを、忘れずに。
しかし身体が言うことを聞かず、坂道でへたりこんでしまった。
「頑張れよ、咲良。学校行ったら座り放題だ」
剣司がぎこちなく励ます。
そういえば補習になった2人をこんな感じで励ましたっけな。
自分の身体に鞭打ち、立ち上がる。
しかしまた肩を落とす。
「大丈夫か?」
「……学校には必ず行く!」
剣司の手にしがみついて歯を食いしばる。
こころなしかその手がとても大きく、力強く感じられた。
「そうは言ってもいつもより酷いじゃんか。あまり無理するなよ」
「お願い、剣司……学校に行かせて」
睨みつけていたはずの瞳はいつの間にか涙目になっていた。
「…………自転車、乗るか?」
「……二人乗りは校則違反だ。一応生徒会長でしょう?」
剣司は笑う。
以前の軽薄そうな笑いとは違う、芯の通った笑み。
「なら会長権限で校則を変えてやるさ」
お互い、頷いた。

後ろに座り、剣司の背にもたれる。
思ったよりも、ずっと大きな背。
心音まで聞こえそうな距離。
「準備OK?」
「いいよ」
「そんじゃ、安全運転で行きますか!」
漕ぎ出したペダルは少し重いが、歯を食いしばり坂を登っていく。
「知ってるか? 一騎の奴、ずっと海ばっか見てるんだぜ」
「総士のことか……」
「甲洋や一騎の母ちゃんの例もある。きっと無理じゃない」
「そうね。遠見は?」
「付き添いさ。進展はまるでなし。じゃ、ちょっと速くするよ」
強くペダルを踏み込んだ。

そして、学校。始業のチャイムはとうに鳴っているが、2人は笑っていた。
「ありがと、剣司。ここまで来れたの、あんたのおかげだよ」
「そうだな。あー、重たかった」
「……剣司?」
「いや、そういう意味じゃなくて! 病気で痩せてないか心配って意味だから! ホントホント!」
そして教室の前まで手を繋いだ。
今の儚さをまとった咲良は手を離すと何もかもから離れていってしまいそうに思えて。
教室に入ると、一騎がグラウンド越しに海を眺めているのが見えた。
「咲良、剣司君、おはよ」
真矢が笑って出迎える。
2人の事情は皆よくわかっているので、自転車や遅刻はお咎めなしということだ。
「……俺も変わったなぁ」
「どうしたの、剣司?」
その手を離れた咲良が問う。
「いやー、一昔前だったらサボれてラッキーとか思えたんだろうけど、今じゃ罪悪感しかわかねー」
その返答を聞いてガックリと肩を落とした。
「もう少し早く目覚めてくれれば私も楽だったんだろうけどねー」
ため息をつくが、その後クスリと笑った。
――やっぱり、剣司は剣司だな。

教室は卒業式の話題で持ちきりだった。
竜宮島はその性質上、メモリージングが目覚めた者から“卒業”しアルヴィスに配属される。
一騎たちの1つ上の学年まで、卒業式は年に何度も行われるものだった。
しかしフェストゥムの襲来により島の住人全体の意識レベルを上げる必要があり、今では目覚めていない者などいない。
だが、戦いは終わり、もうすぐ3月が来ようとしている。
そこで真矢の姉の弓子の提案により、日本に伝わる昔ながらの卒業式が執り行われることになったのだ。
といっても小さな島――いなくなった者も多かった――なので、卒業生は二桁前半で足りたが。
「卒業、か……」
咲良が呟いた。
彼女は怯えていた。
薬のことは信じている。そうでなければ今まで持たない。
しかし、何かの拍子でまた倒れるかもしれないという恐怖は常にあった。
――その卒業式に、私は“いる”のかな。
学校が終わり夕食になっても、そんなことを考えていた。
あの戦いの中で居候になった剣司が、皿を片付けていった。
「咲良」
洗いながら呼びかける。気のない返事。
「卒業式、頑張ろうな!」
――ああ。普段は鈍いくせに変な所で鋭い、この愛すべき馬鹿な幼馴染。
「答辞考えておきなよ、生徒会長」
剣司がいるから笑っていられる。そう強く感じた。

そしてやってきた卒業式の日。
「剣司、早くしなさいよ!」
今日は珍しく――咲良が同化現象に襲われて初めてかもしれない――咲良が剣司より準備を早く済ませた。
母の澄美はやはり心配そうな顔をしていたが、咲良は心の底から笑ってみせた。
「ああ、さらば愛しの中学生活! 大人の階段登っちゃうぜー!」
「バカ言ってないで早く来なさい!」
怒声が響き、剣司が飛び出してきた。

一騎はいつもより早く起き、その時間を海を見ることに費やしていた。
今日は風向きがコロコロと変わる日だった。
それは今はいない乙姫のイタズラであり、祝福なのかもしれない。
「総士、俺たち卒業だってさ」
山の方を見ると真矢が降りてくるのが見える。
「中学からアルヴィスに変わっても、俺はずっとこの島で待っているから」
そう呟いたあと、降りてくる真矢に手を振り笑ってみせた。
音を立てて風向きが変わった。
それが収まる頃、一騎の耳に届いた音があった。
「一騎」
背筋を強張らせた。
振り返るのが怖い。
総士の声。ここにはいないはずの総士。
しかし約束した。いつか帰ってくると。
そして一騎は振り向いた。
「背、高くなったな」
「…………お前が伸びてないだけだろ」

この日の竜宮中学校の卒業式は、今までで一番賑やかで、笑顔に溢れた卒業式となった。

 

蒼穹のファフナーからED後で剣司×咲良です。劇場版前に書いた奴なのでその辺はツッコまないで!
剣司大好きな焔からのリクエストです。サンクス相棒!
「総士は剣司と咲良の結婚式に帰ってくるよ!」って言っていましたが、流石にそれは遅すぎて可哀想なんで卒業式ですw
咲良が目を覚ますけど病弱に、って言うのは冲方さんのインタビューからです。
ちょっと可哀想だけど剣司がいるから大丈夫だよね、と願いを込めて!

 

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