月灯りの使者

いつもの情報交換、いつものインスタントコーヒー。
ギリアムの部下たちが気を遣って席を外すのもいつものことだ。
「聞かれてやましいことなんてないのにね。折角2人きりにしてもらったしそういうこともしてみる?」
「あいつらの思い通りになるのは気に入らないな」
いつもと違う反応が欲しくて茶々を入れると口元を吊り上げる――――この程度では彼は揺るがない。
ギリアムとヴィレッタが恋人だという話は噂を通り越して既に周知の事実として広まっており、それを知らない2人でもないのだが実際の所これは誤りである。
お互いを理解し、息が合って、信頼しあっている。
それで男と女だからと恋人という枠組みに当てはめて見世物にしているのだ。
「あら、彼らのお膳立てと関係なく夜を過ごすならいいってこと?」
「俺はそれでもいいが」
真顔で見つめてくる。わかってしまう、冗談やからかい目的で言っていることではないと。
「俺は貞操観念というものが薄いので君という魅力的な女性を抱けるというなら喜んでいただくが、君はそうじゃないだろう? 一生を捧げる人と交わりたいはずだ」
「……それがあなたよ、ギリアム」
ヴィレッタの頬が紅く染まり気まずそうに視線を逸らす。
「あなたと共に生きたい、幸せを分かち合いたい、あなたと愛し合いたい……あなたを知れば知るほどこの感情が強くなるの。これが『恋』かしらね」
逸らした視線を向けなおすと、ギリアムは難しい顔をしていた。
「ふふ、そんな堅くならなくてもいいのよ。わかっているわ、あなたは私を信じている。幸せになって欲しいと思ってくれている。求めたら応えてくれることも、知っていて言っている。そして」
言葉は続かなかった。掌で覆われたから。
「それ以上言うな。自らを傷付ける必要はない」
眼差しは真摯で、だからこそヴィレッタは微笑む。
「そこは唇で塞ぐ所じゃない?」
「誠実ではないだろう」
瞬間ふと笑い、思い直したように表情を戻す。
「だから決着を付ける。君だけに言わせるのは俺の主義ではない。君の言うような感情を俺も持っている」
堰を切れば止めようもない。
「それが『愛』や『恋』と呼べるものなのかはわからないが、そんなもの本当に理解している者などいないだろう。だが俺だって思っているさ。君と共に生きたいと」
苦虫を噛み潰して続ける。
「……だが俺はそれが不可能であることを知っている」
ヴィレッタをはねのけて冷えた眼を向ける。
「そういう未来なんだ。俺も君もそんな想いを持つべきではなかった」
「あなたの見る未来は変えられるものでしょう」
睨んで言葉を返す――――彼のこの眼を恐ろしいと、逃げたいと感じている。
だからこそ否定する。彼のその一面を一番恐れているのは他でもない彼だと知っている。
「俺には変えられない」
「私は変えられる」
躊躇があった。ギリアムの絶望を否定できる根拠などないと冷笑する彼女がいるのを感じていた。
「私はそう信じている」
しかし止まらない。否定する、彼の見た未来を、絶望を、大切な存在を討った悔恨に囚われる己を。
「あなたは、私を信じてくれたから」
そして肯定する、ギリアム・イェーガーを、彼の選択を、想いを。
彼は沈黙していた。未来を見ようとしても目の前の彼女に気を取られてしまう。過去の罪を振り返っても笑顔の彼らしか思い出せない。
――――望み通り彼女の未来を摘み取り全てを終わらせよう。
ただ酷く馴染みのある囁きが本能を揺さぶるのを感じ、笑みがこぼれた――本能を御するのが人間というものだから。
そして知っている。『これ』は『彼ら』には勝てないと。
「もしかすると、と思ってしまったのだが……俺は君の思い通りに誘導されていないか?」
「気に入らない?」
ヴィレッタも不敵に笑った。
「相手が君なら悪くないな」
その答えもお互い知っていた。ただ、ギリアムの瞳に宿った柔らかい穏やかな光は、未知のものだった。
「君の勝ちだ、ヴィレッタ・プリスケン。俺の未来を君に託す。そして君の未来を傍で見守っていたい」
唇を重ね、背に腕を回し囁く。
「続きは、夜に」

「ただいま帰りました。成果は上々です!」
「他部署の女の子とランチの約束取り付けただけじゃないですか」
いつもの彼ら、いつものインスタントコーヒー。
片付いている仕事を確認して狙いが外れたと溜め息をつくのもいつものことだ。
「中将ならばそれも立派な仕事だと言うのだろうな。人脈は大事だ」
「そうだ。少佐が言うなら間違いはない!」
「ヴィレッタ大尉、光次郎先輩はともかく少佐の人たらしは直さないとまずいですよ!」
「大丈夫よ、サイカ。少佐はこれで結構相手を選んでいるから」
いつもと違う刺激を求める必要は、もうない。

 

ずっと書きたかったギリヴィレの告白&不穏なフラグをへし折る話です。
ワンライとか診断メーカーとかリクとかのお題提供系じゃないのすっげー久々ですね!
ギャラリー見ていたら同人誌用除けば10年ぶりというなかなか笑えない履歴が出てきました。
告白するまでもなくわかっているんですが告白することに意義があるんだよ!という奴です。
タイトルはOG1ヴィレ姉初登場マップタイトル「月からの使者」の改変。光になれー!

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