何度でも呼ぶ、君の名を

薄く目を開く。弱々しい人工光。
周囲を見渡して、彼は実験の失敗を認識した。
ここがどこかはわからないが、天にも大地があることから、少なくとも彼の目的地でないのは確かだった。
それを告げるが如く、サイレンと臨時の公共放送が流れ始めた。
『コロニー・エルピス市民の皆様、周辺宙域で地球連邦軍と統合宇宙軍の戦闘が始まりました。至急シェルターへの避難を。繰り返します……』
避難勧告の中、彼は動けずにいた。足も、思考も、動作を拒否している。
彼はほぼ全てを失ったが、残った予知能力は戦いがここから始まることを告げていた。
その時、誰かに名を呼ばれた気がした。
遥か昔に失った、そして今取り戻した名を。

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薄く目を開く。弱々しい人工光。
彼女の良く知る誰かが、彼女を起こしに来たのだ。
アウレフ、と名を呼ぶと彼はあからさまに顔をしかめた。
彼女も無意識に理解した。彼はアウレフではあるが、そうではないのだと。
「俺はイングラム・プリスケン。そしてお前は……ヴィレッタ・プリスケン。アウレフやヴェートという名は、俺たちがイングラムやヴィレッタであることを隠さねばならぬ時だけ使うのだ」
頷いた。己がヴェート・バルシェムだったことを思い出したが、すぐにその認識を改めることにした。
彼女は知らなかった。彼女が何を失い、何を得たのかを。
ヴィレッタを名乗ることになったその日には、まだ。

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書類に目を通していく。
「ヴィレッタ、ありがとう。相変わらず君のデータは美しいな」
「データだけかしら、少佐? 全く、あの中将殿は部下にどういう教育をしているのかしらね」
不平を述べつつ口元には微笑を浮かべ、囁いた。
「もっとも、他の誰かにそんな言葉を並べ立てられても困るけれど……あなたには言っても無駄かしら」
「俺が誰彼構わず口説くとでも? 心外だな」
「私と出会って以降、あなたが私にしたように粉を掛けた人数を挙げましょうか」
仲間意識や信頼、友情という点で、ギリアムにとってのヴィレッタはそれほど他と変わるものではないだろうと、彼女自身は考えていた。
恋愛感情がない訳ではないだろうが『私のことどれくらい好き?』と聞けば『エルザムやゼンガーと同じくらい』と笑顔で答えるのが予知能力なき彼女でも容易に想像がつく。
「彼らは独り立ちを助けただけさ。君は、俺を助けてくれるだろう」
「そしてあなたも私を助けてくれる。私の行動次第……というのは意地悪な言い方だけれど、お互い様ということね」
柔らかく笑ったギリアムの表情が、突如として苦痛に歪む。
「……ヴィレッタ、俺の名を呼んでくれるか」
「ギリアム少佐……いえ、ギリアム。どうかしたの?」
ギリアムの両腕がヴィレッタの肩を掴む。
「ヴィレッタ……ああ、君の名を呼ぶと落ち着くな……」
荒かった呼吸が少しずつ平癒に向かい、そのまま指先は肩から背中に進む。
「……すまない。しばらくこうさせてくれるか」
「いいけれど、随分と急ね。病気?」
ただ彼に温もりを与えたいだけだが、やはり少し体温が上がる。
「病気、といえばそうなのだろうな。この能力は偶に見るだけでなく体感として襲いかかることもある……ここに君がいてくれて良かった。俺を繋ぎ止めてくれるのはいつだって仲間の声だ」
あの時も――――と言いかけてやめた。
あのまま消えるはずだったあの『エルピス』での決戦から、今まで生きてきてしまった切掛の言葉も。
ましてこの世界の『エルピス』に来た時に呼ばれた幻の声のことも、彼女は知る由もない。
ただ、あの声は今の悪寒のように未来から来た声なのではないかと少しだけ思う。
「不安なのね、ギリアム。それならお互い呼び合いましょうか。あなたが呼んだ数、そしてそれ以上に応えてみせるわ」
「ヴィレッタ……ありがとう」

 

スパロボワンライ『隠した素顔』(仮面、変装、偽名キャラ限定)
お題見た瞬間元アポロンと元ヴェートの話を書くしかないな、と……いつもギリヴィレ書いてるじゃねーかってツッコミはノーセンキュー!
にじおじ仕様なのでヴィレッタさんがプライベートでは『ギリアム』と呼びます。宇宙ルート選んで良かったッ!

 

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