亡霊:黒い竜巻

異星人は技術と敵を提供した。
ビアン・ゾルダーク博士は提唱した。
それらは同一の意図をもった地球への挑戦状であり、与えられた技術を地球の技術で発展させる目的だ、と。
敵の異星人をエアロゲイターと命名し、彼らはは人型機動兵器を操るため、対抗するこちらも人型機動兵器が必要だと。
連邦軍はそれを受け、地球側の人型機動兵器をパーソナルトルーパーと称した。

特殊戦技教導隊はパーソナルトルーパーを実用化させるためのパイロット集団だ。
光栄にも私はその6名のうち1人に選ばれた

カーウァイ大佐は敬意しか抱きようのない偉大な人物であり、カイ少佐は個性しかない我々をどうにかまとめようとしていた。

テンペストは戦士だった。
ホープ事件。
コロニーだけでなく地球の民が忘れてはならない事件。
コロニーは全て希望を表す名を冠している。
コロニーは移民地と称された植民地であり、皮肉しかない名だった。
だが皆希望を持っていた。
異なる希望が暴走を呼び破滅を導いた。
巨大な盾の名を持つ巨大砲台、ジガンスクードを反地球至上主義者のテロリストが奪い、ホープを占拠した。
焦った連邦軍は対処を誤り、ジガンスクードごとコロニーの隔壁を破壊した。
テンペストは愛する妻のアンナと彼女との間に生まれたばかりだった娘のレイラをホープ事件で失った。
所詮一将校にしか過ぎない彼に上層部の暴走を止めることは出来ず、ただホープの爆発を見送るしかなかった。
将校であるが故に遺族会にすら参加出来なかった。
上層部は優秀な人材であるが戦おうとしない彼に侵略者と戦うという目的を与えた。
人は戦わずにはいられず、テンペストは強大すぎる夢物語に挑戦した。
ただどれだけ戦っても夢は夢でしかない。
愛する者たちに何も出来なかったという絶望は何よりも深く、どれだけ命を奪っても絶望が深まるだけなのだから。

ギリアムは非常に優秀だが、私が何より気に入ったのはその命名センスだ。
識別コードと長々しい概要ばかりの計画に名前を付けることが好きだ。
パーソナルトルーパーの一号機にゲシュペンストと名付けたいと提案した。
亡霊。戦場に存在するが目に見えぬ者。そして戦争が終われば消える者。
我々は亡霊だ。

私も名付けることが好きだ。
人は場に相応しい名を複数持つものだ。
エルザム・V・ブランシュタイン。
高貴なる血であるブランシュタイン家のエルザム。
素晴らしい名であり我が誇りだ。
軍人である私はそこに階級がつき、総督府の長である父を父とは呼べない。
愛馬トロンベの名に肖り、パイロットとしての異名を『黒い竜巻』とした。
誰が笑おうと構わない。その名も我が誇りだ。
カーウァイ大佐やカイ少佐は私が誇りを与えていいような人ではない。
テンペストに必要な名はテンペスト・ホーカーだけだ。
ゼンガーは異名を持つべき友だと考え、提案した。
『悪を断つ剣』
「我はゼンガー。ゼンガー・ゾンボルト! 悪を断つ剣なり!!」
気に入ってくれて光栄だ。

ギリアムは直感に優れ、予測を立て、筋道を立てられる。そして言うことは正しい。
腕前もあり非常に優秀な人間だが、感情が欠けていた。
悪意のある言い方をするなら、正しいことしかしない機械のようだった。
ただ直感は第六感と呼ばれている。
心の動きだ。心は非常に鋭い。何よりも優秀な人間には結果を導く原動力があり、それは心に左右される。
だからギリアムも異名を持つべきだと考えた。
「ギリアム」
「どうされました、エルザム大尉」
「お前の異名を考えた」
「聞かせてもらいましょう」
ギリアムは挑戦的に微笑んだ。
「漆黒の堕天使」
ギリアムは涙を流していた。
笑おうとしていた。
「……それはいい、な…………」

ギリアムは私が誇りを与えていいような存在ではなかった。
意味のある名前はギリアムとゲシュペンストだけだった。
その表情が表したのは矛盾だった。

思えば、ギリアムは味覚がなかった。
何を食べても反応が変わらない相手というのは、料理人として燃え上がるものだが、感情が欠けているように見えるのと関係があるのかもしれない。
味とは栄養であり生命の喜びだ。
何らかの原因で味覚を失ってしまったのか、あるいは。
本当に機械で出来ている、などという人型機動兵器などより古い物語の実在証明。
それは夢の見すぎにしても、何が彼の琴線に触れたのか全く理解出来ず、私はその表情は見なかったことにした。
ギリアムは人間で我々の同志だ。
それでいい。

ギリアムと私とゼンガーの階級が並んだ時ゼンガーは断言した。
「丁寧語と階級呼びをやめねば斬る」
ギリアムは笑った。
「それは恐ろしいな、ゼンガー」
悪を断つ剣は矛盾を断った。心があるのは当然だと。
「ギリアム、私もそうしてもらおうか」
「ああ、エルザム。君に会えて嬉しい」
何故か事務的だった――私のことが嫌いかといえばそうではないのは明らかなのだが、私の料理が嫌いなのかやはり味覚がないのか。
うむ。嫌うなら嫌えばいい。私はギリアムが気に入っている。
愉快じゃないか。こういう存在がいてもいい。
そして生命がある限り味覚は最強だ。
私の料理で感動を呼び起こすという楽しみが増えた。

私はゲシュペンストmk-2の宙間テストのパイロットとして選ばれた。
そこに侵略者が現れた。虫型の敵性存在――バグスだ。

タイプSの爆発事故でカーウァイ大佐はMIAになった。
遺体が見つからず、何よりあの方が死んだなどと認めなくなかった。
その事故を受け特殊戦技教導隊は解散した。

私は何よりも強い業を背負った。
故郷であるエルピスが。家族が。カトライアが。
テロリストの毒ガスで死ぬ。
カトライアは私に懇願した。
毒ガスはまだカトライアのいる隔離ブロックだけだが、テロリストはいずれ隔壁を開く。
カルネアデスの板を手離すことを望んだ。
私は業を背負うが絶望はしない。

ビアン博士と父は聖戦を起こした。
敢えて敵対し相応しい者が侵略者と戦う。
テンペストは聖戦とは関係なくただ連邦軍に復讐しようとしていた。
私はゼンガーを招き、応えた。
カイ少佐は敵対者になるべきではなく、ただ戦場で会った。
ギリアムはゼンガーと戦った――不器用な者同士の決闘だった。
ビアン博士と父は敗れ、大義を失ったただの敵が残った。
テンペストはジガンスクードに討たれ、自我を失くしたまま皮肉な最期を遂げた。
ジガンスクードはこれからも業を背負い続けるが、間違いなく地球の盾となれるだろう。
そのためにテンペストはせめて妻子の所に逝って欲しい。
私はまだカトライアの所に逝ってはならない。

久しぶりに会ったギリアムは私に親しみを覚えていた。
「やはりお前の料理はいいな。これを楽しみにしていた」
カトライアはもういないが、彼女が愛した私の料理を楽しんでくれる人が増えた。
これで我々は本当の同志になれた。

私はトロンベで駆け抜ける。
ゼンガーには斬艦刀。
ギリアムとカイ少佐にはゲシュペンスト。
そしてエアロゲイターに改造されたカーウァイ大佐とゲシュペンストと戦った。
4人がかりでも不利だったが、カーウァイ大佐は我々の名とエルピスの名を呼びながら死んだ。
我々はまた業を背負った。

ひとつの区切りを付けた。
私とゼンガーは歴史の裏側へ。
カイ少佐とギリアムは連邦軍で。
カイ少佐は新たに特殊戦技教導隊の名を持つ部隊を作り、その隊長となった。
どこまでも亡霊を背負っていく。

私はエルザムの名を捨てることにした。
ブランシュタインの名はライディースが持っていればいい。
私はレーツェル・ファインシュメッカーだ。

世界に再び暗雲が迫り、その中に奴がいた。
アーチボルド・グリムズ。
残虐な殺戮者。安全圏から人々の絶望を煽り悦楽に浸る、エルピス事件の実行犯。
外道の思考など理解したくもないが、私やライディースをいたぶることだけはわかる。
止める。

メイガスの剣を名乗り斬艦刀を持つ男がゼンガーと戦った。

ハロウィン・プラン。
ゲシュペンストの発展形を作るカイ少佐とギリアムの計画。
パーソナルトルーパーは様々な発展をしたが、ゲシュペンストであることに意味を見いだした、彼ららしい計画。
彼らは強い志を持った実力者であり、ゲシュペンストを己の力として強くし続けている。

私はギリアムにただ座標を指定し、招いた。
連邦軍側の裏方で動く者としての意見と直感を聞きたかった。
何よりもハロウィン・プランの要項は2つ。
ベテラン用の発展型と改造機――そしてギリアムが造り上げたのは彼にしか動かせない専用機だった。
RV――Revolution、或いはRevenge。何とでも読める。
どちらにしても汎用機であるPTとその一号機であるゲシュペンストを愛する彼がその機体を造った意図と決意を尋ねるために。
私とアーチボルド・グリムズ。
ゼンガーとウォーダン・ユミル。
決着を付けねばならない。
来ると確信しささやかな食事を用意した。
再会を祝し、亡き人を偲び、カイ少佐を思い、我らの仲間に乾杯した。

ギリアムの敵は『影』――シャドウミラー。
ウォーダン・ユミルを送り込んだ組織。シャドウミラーはギリアムを追い、ギリアムもシャドウミラーを追っている。
これまで見たシャドウミラーらしき機体は既存の機体ではなかった。
そんなものがギリアムを追っている――影が実体を現している内に叩くから我々とは行けない。

「レーツェル、すぐに参式の出現準備を頼む」
ゼンガーは私の理性的な『勝てるのか』という考えとギリアムの迷いを断った。
決着を付ける。

シャドウミラーに示された単語は理解のしようがない。
ヘリオス・オリンパス。システムXN。ファーストジャンパー。アギュイエウス、リュケイオス。
ただギリアムの言葉は断定型だ。
『この世界に存在してはならない』
シャドウミラーへ投げかけた言葉であり、何よりもギリアム自身を刺した言葉だった。

告げられた真実はあまりにも突拍子がつかなかった。
シャドウミラーとギリアムは並行世界からの異邦人。
その世界でのエルピス事件で、毒ガスは尋常ならざる被害を出した。
少なくとも父と私とカトライアは死亡している。
それを聞いて忘れていたギリアムに対する違和感が全て辻褄が合ってしまった。
ギリアムは知っていた――目の前の友が近い未来に無惨な最期を遂げることを。
ギリアムの味覚を奪っていたのは私だった。
安心しろ、ギリアム。
お前はそもそも味覚を失っていたことも忘れて私の料理を心から楽しんでいる。
それでいい。

ギリアムの言葉は自虐的だった。
次元転移装置、システムXNの開発者で制御装置。
不完全な次元転移装置は起動実験に失敗し、単身この世界に飛ばされギリアムを名乗ることにした。
並行世界に残る不完全な次元転移装置は、制御装置を求めて転移する。
死ぬと知っている者から告げられた漆黒の堕天使という名はそのものの謗りだった。

これは私だけが背負う業だ。
知るはずもないとは言え背負わなければならない。

私は心の底から亡霊を誇る。

亡霊。
戦場に存在するが目に見えぬ者。
そして戦争が終われば消える者。

アーチボルド・グリムズは道理に従い無力に絶望しながら己が崩壊させた残骸に潰された。

悪を断つ剣はメイガスの剣を断った。

ギリアムはシステムXNを正しく使い、消滅させた。
原典は同じだが全く違う神の名の意味は、ギリアムだけが知っていればいい。
新たな決意だ。

シャドウミラーの一員だったラミアはカイ少佐の率いる新しい特殊戦技教導隊の一員になった。

我々は亡霊として駆け抜ける。

 

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教導隊小説、エルザム編です。
書いた順番はゼンガーの次でしたが発表順を変えました。
一番OG世界を俯瞰出来る人だと思います。
シリアスなのであまりトロンベしてませんし駆け抜けてません。

テキストのコピーはできません。