盾の護る希望

「オラオラ! バテてんじゃねぇぞ! 強度上げてあと30分だ!」
ラマリス発生の大規模な予兆、ガディソードとゴライクンルの連合軍の不穏な動き。鋼龍戦隊がそれらに対応するため大気圏を離脱し、無事衛星軌道上に辿り着いたのが数刻前のことだ。
その慌ただしさからか、ヒリュウ改のトレーニングルームはオクト小隊の独占状態となっていた。
こうなると常時より過激になるのがカチーナ・タラスク中尉というもので、並んだランニングマシーンをリモコンで一括操作した。
「た、タンマタンマ! 無理です! 無理ですって! ギブギブ!」
「何が無理だァ!? あたしが余裕でこなせるんだ、野郎でティーンのお前が出来ない訳がねぇだろ! ラッセルとレオナを見習って、喋ってるヒマあったら走り込め!」
一方こういう時には弱気になるのがタスク・シングウジ少尉であり、鬼隊長の愛の鞭に悲鳴を上げるのがお約束である。
「張り切ってますね、中尉……」
「……だいぶ、キツい、わね……!」
そして大人しい他2名は、元の性格もあるが、今の状況では単純にお喋りの余裕がないだけである。その観点からするとカチーナのタスクに対する指摘は案外的を射ている。

しかし表には出さないが、体力不足といういつものものとは違う理由で、タスクは訓練に身が入らない。
ホープ事件。新西暦172年に起きた地球とコロニーの軋轢が生んだ惨劇であり、彼の愛機であるジガンスクードはその象徴だ。
歴史にその日付は刻まれており、毎年ホープでは大規模な慰霊祭が行われ、ホープのみならずコロニーでは黙祷しただ死者の安息と平和を祈る。
3日後だ。その時戦っているのがラマリスかフューリーかガディソードか、或いは出撃がなくただ次の戦いに備える日かはわからないが、どうしても意識してしまう。
“地球圏の盾”として相応しい戦いが出来ているか。いつかジガンスクードの赤が血塗られた呪いの色ではなく“希望”を示す太陽の如き赤になれるのかと。
感傷を噛み締めると少しは晴れて、そのためにも自分が強くなる必要があると力が湧いてきた。

その時、ピピッと電子音と共に壁に備え付けられたモニターから声が響いた。
《お忙しい所恐れ入ります、オクト小隊の皆さん》
「ゲッ」
カチーナが率直な感想を思わず一音節で表した。ショーン副長の呼び出しを彼女はとても苦手としている。
重箱の隅を突かれて英国紳士特有の皮肉で叱責を受ける、だとか。やりたくもない報告書や始末書の作成をしろ、だとかで、彼女の責任も大きいがとにかく口が達者でやりにくい相手だ。
それでも上官の呼び掛けに対しトレーニングを中止するという、軍人としての最低限の常識は流石のカチーナも持ち合わせている。
《艦橋が現在紛糾の只中にあり、場合によっては対処をお願いする必要がありまして》
「へえ、つまりあたしたちにそれを殴ってでも止めろって?」
「ちゅ、中尉……」
カチーナの表情が一転して高揚に歪む。別に暴力が好きな訳ではないが、血の気の多さをぶつけられる場は必要だ。
《映像を送りますので、それについては熟慮していただければと》
映像がショーンの顔から艦橋の監視カメラの1つに切り替わり、瞬間怒声が響いた。
《分を弁えろ、ギリアム・イェーガー。所詮佐官の貴様の意見を聞く必要があるか? それに情報部としても越権行為だろう》
《越権だからこそ鋼龍戦隊の指揮権限を持つ准将に上申している、と私自身は己の行動をそう定義しています。それにこの計画が実行されれば大規模な虐殺となる、黙って看過されるおつもりですか!》
マイルズ・ブースロイド准将は高圧的で、司令官として問題児集団の一員を抑えつけようとするが、ギリアム・イェーガー少佐は明らかに取り乱し、彼には珍しく声を荒げている。
「……マイルズ准将とギリアム少佐の言い争い? レアなもん見たな。随分荒れてるみたいだが、流石に殴る訳には行かねぇな。しかし虐殺たぁ穏やかじゃないな」
カチーナは頭を掻くが面持ちは真剣になった。仲違いを殴るなどという生易しいものでないことを、彼女の叩き上げの軍人としての勘が告げている。
「ギリアム少佐はどんな計画を掴んだんでしょう……」
眉をひそめたラッセルが不安をあらわにする。ギリアムが持ち込んだ事件となると、並行世界などの今ではすっかり慣れたもののやはり非常識で対処の難しい事案が予想されて、更に虐殺などというシンプルで物騒なワード付きだ。
「まずは会話を聞きましょう。駄目なら後で本人か艦長、副長に聞けばわかるはずよ」
4人の眼差しが、リアルタイムの奮激を無機質なドラマのように映し出すモニターに注がれる。
《その計画とやらが本当ならば、当然対処の必要がある。だが検挙されたテロリストが司法取引目当てに吐いた情報など信用に値せん。それは他でもない情報部の貴様が理解しているはずだ。他に証拠はないのか》
マイルズとしても、ギリアムの能力自体は認めているが仮にも正規軍人であろう、と常識的観点から咎める。手段や段取りを取り違えている、と。彼の頭痛の元としては、この鋼龍戦隊においてはそんな人種こそが一般的だということなのだが。
《発覚の遅れ及びそれに伴う精査の足りなさについては、力不足を認めざるを得ません》
ギリアムは歯噛みして頭を垂れる。その長い髪が表情を伺わせにくくしているが、低い声が必死に感情を抑えているのが通信越しにもわかる。
《ですがスィエラの管理など、明らかに連邦軍や政府機関の手で隠蔽工作が行われている。しかもかなり上の権限がなければ出来ない規模で》
しかし面を上げて睨んだ。怒り、嫌悪、様々な負の感情を留めた静かな声で。
《そうして現場の人間はいつも上層部の派閥争いに責任転嫁を行うのだ》
マイルズは苛立ちを覚える。その派閥政治のために送り込まれた現場司令という聞こえのいい名の中間管理職である彼は合理主義者だ。
反りの合わない敬意もないたまたま上官になった相手に愚痴をぶつけるより、下らない情報に踊らされるより、やることがあるだろう、と、とうとう怒声を張り上げた。

《いくら何でも、慰霊祭当日にホープを襲撃するなどという非道な計画に加担する者がいるものか!》

トレーニングルームの時が止まった。
モニターの中では相変わらず争劇が繰り広げられているが、ここまで聞ければ十分すぎるほどに理解が出来た。
「……ホープが狙われる、だって……?」
「しかも慰霊祭の日を選んで……卑怯な、下劣な……」
最初に口を開いたのはやはりタスクで、その声を聞いてようやくレオナは憤りを形にすることが出来た。
震えている。嫌悪による悪寒か純粋な恐怖かを区分する必要はない。ただあまりのことに、聡明な彼らも理解が一瞬追いつかなかった。
「なるほどな。オクト3とオクト4はこれを放っておかず隊長副隊長はその尻拭い、というよりそんな胸糞悪いことを聞いちゃ黙っておく訳がない、と。副長らしいやり方だ」
カチーナは伊達に小隊長をしておらず、冷静にショーンに毒づいた。
戦争や紛争、テロではよくある見せしめの焼き討ちへの心の対処は、この鋼龍戦隊の大部分の人間より彼女は出来ている。
怒りが度を越して、当の奸賊にぶつけるしかないというのも当然あるのだが。
《いえいえ、これはギリアム少佐からの依頼です。少々芝居がかっていますがこれで准将に反発、命令無視の無断出撃という筋書きが成り立つ、と》
「そんな無茶苦茶な……必要性は理解しますが、つまり我々も命令違反を……」
流れを理解しつつ、止めるつもりもないのだが、軍で踏むべき手順として確認を取った。
「るせぇラッセル! 始末書なんて今更だろうが!」
そして小隊長の承認は得られた。
「命令違反と言っても表向きはギリアム少佐に無理矢理……ということになるのでしょうし、レフィーナ艦長も黙認でしょう? それに本当ならば私は如何なる罰を受けてでも対処に回ります」
レオナは毅然と宣言し、非道を止める決意をした。
彼女もホープ事件の慰霊祭のことは気にかけていて、それでも当時幼く教科書でしか知らず、他でもない“血塗られた盾”と戦う己を死者や遺族は許すだろうかと遠くから黙祷を続けてきた数年、そして今年もそうなるはずだった。
そこで新たな血の惨劇を起こさせる訳にはいかない。
「俺もだ。すぐにガンドロの準備をする! 小芝居が終わったら呼んでくれ!」
流れるに任せていた運動後の汗の処理を首にタオルを掛けるだけで済ませ、タスクは飛び出していく。
「待ちなさい、タスク! 私も準備するわ!」
レオナはそれよりは丹念に、しかし急いで。
「ラッセル、連絡係は任せた! 心配するな、換装武器の確保くらいはしておいてやる!」
そしてカチーナも。
「りょ、了解です、ってもういない……それに小芝居って……」
ラッセルが1人呟く。
《忘れるな、我々は大事な作戦行動の最中である。テロリストの対処であれば貴様の直属の上官に具申し、適切な対応を再教育してもらうのだな》
《了解、です》
カメラの映像が切れてショーンの顔が映った。
《小芝居といえば小芝居ですな。ジェイコブ中将の後ろ盾があるとはいえ正面からマイルズ准将とやりあうあたりが少佐らしいですが……ひとまず、機体の整備もですが自分のコンディションにも気を遣うようお伝え下さい。追って連絡が入るかと》
「了解です」

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そしてブリーフィングルームの1つに内々に呼び出され、概要を伝えられる。
首謀は地球至上主義の過激派組織。以前――それこそ宇宙移民の歴史の最初から存在するイデオロギーだが、その中でも地球圏の混乱と異星人や異世界人、そして異形の出現により急激に先鋭化した一派だという。
「……コロニーの人間は人間ではない、という主張ね。母星を捨て宇宙を目指したから神が罰を与えたのだ、宇宙人は間引くべし、と……封印戦争で目覚めたガンエデンの影響も大きいと聞くわ」
レオナが沈痛な面持ちで相槌を打つとギリアムが説明を続ける――地球連邦の政府や軍の内部にも表沙汰にはしないがそのシンパがおり、実行犯の拠点とされる『資源衛星スィエラ』も管理は連邦政府となっている。
「元々民間のものだった資源衛星をGSが徴収して今は政府の……すっげー嫌な予感するんだけど、要塞化とかされてるってことじゃないっすか?」
「流石だな、タスク。PT・AMが中隊規模で配備、ホープへの攻撃の本命も運搬用のマスドライバーを改造したものと目される」
概略図と簡易データを表示する。例によって、と言うべきか、イスルギのAM系列の機体が殆どのようだった。
「私自身は潜入し裏の繋がりについてのデータを得る必要があるため、PT戦を行うことは出来ない。他に力を借りられるのはレーツェルとゼンガー、あとはホープ駐留部隊の一部くらいだ。カチーナ中尉、彼らの扱いは君に一任する。この作戦はオクト小隊の連携に掛かっているのでな」
ラッセルが目を丸くするがカチーナは口角を上げてギリアムの視線を受けた。
「ハッ、元教導隊をアゴで使えるなんて滅多にない機会だな。割といつもの結果が出ればそれで良しのぶっつけ本番。やるさ当然、だが高く付くぜ?」
「ちゅ、中尉……ですがそうですね……この暴挙を許す訳にはいかない……」
良識が咎めるが、カチーナの悪癖含めて特性を理解しているからこその依頼だと、そして言い争っている場合でないのは承知している。
「一蓮托生、やってやろうじゃねぇか!」
「何としても守らないと……!」
決意を胸に、輸送船へと乗り込んだ。

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「相変わらずの百面相だな、この大将は」
『エルザム・V・ブランシュタイン』の姿で現れた彼に対しカチーナは思わず毒吐いた。
「よろしいのですか? エルザム様……」
悪ふざけが入ってはいるが『レーツェル・ファインシュメッカー』の姿は彼なりの決意の表明であり、故に案ずる。
「防衛隊の協力を取り付けるためには、な。それにコロニーの危機とあってはこの姿が適切だろう……友の為にも」
端麗な顔はいつものように自信に溢れているが、そこに常時の笑みはない。
ホープ事件の復讐に囚われたテンペスト・ホーカーにはどんな言葉も届かず、それでも教導隊時代は彼も周囲と溶け込み成果を喜び合ったのだ。
しかしDC戦争で再び戦場を共にした時には最早遠すぎて、二度と心が通じ会えたと思えたことはなかったのだ。
その時別の輸送船が接舷を求めた。識別は連邦宇宙軍、あらかじめ協力を要請していたホープに駐留するライムンド・ヘンシェル少佐の小隊だ。
「情報提供及び共同戦線の提案、感謝いたします。エルザム少佐」
その視線に憧れが多分に含まれているのが感じられて、なるほど百面相にも意味はあるとカチーナは心中で舌を巻いた。
「ただ、その情報は確かなのでしょうか? 確かにコロニー独立の歴史において紛争は絶えず、信じがたい凄惨なテロ事件も起きています。過激派の先鋭化も存分に……ただ、この作戦にはあまりにも不明瞭な点が多過ぎる。おまけにその場面にジガンスクードを持ち出すあたり、地球側のプロパガンダじみている」
ライムンドは疑念を隠さずタスクを見据えた――話には聞いていたが年若い。
「言っておくがジガンなんかの助けは借りられねぇってのはナシだぜ。ただでさえ人手も時間もないんだ。それに俺はただのリオンやゲシュペンストだろうが来たし、ジガンなら尚更コロニーを守らなきゃいけない。それがプロパガンダだ何だっていうのは勝手だが、四の五の言ってる場合かよ」
――話術は相手に合わせて。
相手の属性は読める。DC戦争のコロニー統合軍には参加していなかったか、或いは早期に投降したコロニー出身者のため、今の駐留部隊を任されている連邦宇宙軍の中堅人物。
話が通じない訳ではないが、常識に囚われすぎる。
そういった相手なら、冷静にこちらの正当性を示しつつ、若輩者として見られることすら利用し正直な感情もぶつける。
「理解はしているつもりだ、タスク・シングウジ少尉。君の方が私などより余程戦果を上げていて、業を背負う覚悟もしていることも。しかしこれは……」
「不明点が多々あるのは否定しません。ですがギリアムがこの件を持ち込んだ以上、9割の信頼は見込める……事は一刻を争うのです」
エルザムは敢えてジガンスクードのことには触れず、既に潜入準備のためスィエラに向かった情報源への信頼を示した。
「必ず、と言うべきだ、エルザム。特殊戦技教導隊の名に誓って」
黙していたゼンガーはその名を出してただ断ずる。効果は覿面でライムンドが息を飲んだ。
「……テンペスト・ホーカー少佐に誓って、とも聞こえましたが」
「相違ない。奴を救えなかった我らが言うのもおこがましいとは思うが、この場にいないギリアムの分まで誓おう」
ライムンドは気圧されて止まっていた息をふう、と吐いた。
彼らは正直に言えば軍人としては失格だ。だが敵は同じ地球人種でありながら一般的な道理が通じない極まった理念の持ち主であり、それならばこちらも情や信念に従って惨劇を防ぐべきだと、テンペスト同様家族を殺され何も出来なかったホープ事件の日を思い起こし力強く頷いた。
「了解しました。それでは作戦内容をお願いします」
カチーナは咳を払い心を落ち着かせる。
ギリアムが用意した資料と作戦の概要はある。しかしそれ以上は委任という聞こえのいい言葉で飾った丸投げだ。
絶対に新型の専用機を用意させてやる、と誓いつつ、アドリブも鋼龍戦隊――特にオクト小隊の特性であるため気を取り戻した。
「スィエラ自体は連邦政府の管轄だが、そこにいるのは殆どが宗教拗らせたチンピラのテロリストどもだ。藪蛇も蛇よりこっちが強けりゃ問題ないだろ? 巣から誘い出してボコって、連邦宇宙軍としての検挙権限があるライムンド少佐に引き渡す」
「簡潔な説明ありがとうございます」
ラッセルは映し出した資料を指し示しつつ息をついた。
「だいたいいつものやり方だな。ガンドロが出てくりゃホープ事件の再現狙いの連中は熱くなるだろうし」
タスクは歯噛みして怒りを抑えようとした。この場面でタスクがホープを守ろうとするのと同様、ジガンスクードが現れれば血塗られた盾の呪いに取り憑かれた者も現れる。
「しかしそう簡単に尻尾を出してくれるか? 敵には軍や政財界のバッグがいるという自信がある。まして正式には指揮系統から外れているエルザム少佐やゼンガー少佐と違い、オクト小隊の君たちは命令無視の無断出撃だろう。突かれれば君たちだけでなく鋼龍戦隊そのものの責任問題にもなりかねない」
――――相手から先に手を出させる必要がある。
「話は簡単だ。何せここには小芝居好きの元教導隊連中がいるからな」
カチーナは口角を上げて表情を喜色に歪めた。

************

“所属不明”のガーリオン・カスタムが2機、会話と記録を行っている。
「もっと近付けるか? マスドライバーの全貌……成程、これならホープを狙撃出来る」
「タレ込みは正しかったようだな。警備はサイリオンにレリオン……イスルギの最先端だな。基地全体もなるべく記録しよう。連邦と軍需産業とテロリストの癒着、撮れ高は期待出来そうだ」
いくら改良型と言えどガーリオンでは型落ちと言わざるを得ず、現在運用されているのは地球圏全体を見ても、カスタムタイプに更に改造を加えたレオナのズィーガーリオンくらいだ。
ただL5戦役において大量生産され、イスルギ重工の商売相手は多岐に渡り更に二次的な広がりもあり、好事家やジャンク屋、山師まで所持しているという“所属不明”に相応しい背景がある。
「通信の傍受は出来そうか?」
「聞こえは良好だ。順調のようだな」
つまりこの2機は酔狂にも旧型で『世界の真実』を追っている、と判断出来る。そうした招かれざる客に対する反応としては――――
「ふむ、気付かれてしまったな。どうやら我々を消すつもりらしい」
「動かぬ証拠だ。記録を続ける」
2機間の通信は敢えてオープンチャンネルで行っている。PTに不慣れな人間というアピールと共に、この2機の存在に危機感を持たせるためだ。
「スィエラ防衛隊に告ぐ。こちらは民間機であり、火器の装備、及び戦闘の意思はない」
応答はなくレールガンが構えられ、一斉射撃――――2機共に全弾回避。
出撃したAM部隊は怯んだが撃ち続ける。性能差がある。数もある。それにも拘わらず、挑発するかのごとく踊るような機動で紙一重の回避を続け呼びかけている。
「やれやれ、全くの無意味のようだな。向こうの機体の通信は閉じられている」
弾がいたずらに消費されていく。距離を詰めようとすればかわされ、包囲しようとすれば読まれて空いている方向に離脱され撹乱される――――何なのだこれは、と畏怖すら覚え焦りが募った。
こうなれば数で圧倒しようと要塞に救援信号を出し、何としても逃さまいとする。
「……そろそろか」
そして要塞からの増援が展開され、所属不明機には――こちらは明らかに連邦軍の増援が現れ、罠の存在を知った。
「お前らそこまでだぜ!」

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時間軸は少し遡る。
「あたしらはジガン以外にも目立ち過ぎる。ま、エースの辛い所だな。奴らが尻尾を出すまではエンジンも黙らせてデブリの影で慣性だけで近付け」
通信も傍受されにくい受信距離の短く内部でだけ使用する回線で。
「うまく釣られてくれますかね……?」
「あいつらみたいなお偉いさんの後ろ盾があるような連中は、怖いもん知らずの個人記者の方が厄介みたいだぜ」
聞きかじりの情報というよりは戦場、そして勝負師の経験。守るものが少ない者の一発逆転狙いや個人の拡散力というものは侮れないものだ。
「……エルザム様、どうか無事で」
「心配すんなってレオナ。あの大将は殺しても死なねえよ」
輸送機からの射出の推力を頼りに、最低限の駆動で現場に近付く。
果たして、自称民間機の囮に対して数も機体の質も圧倒的に勝る一斉攻撃が仕掛けられたのを見届けた。
「たかが2機にビビり散らしてんじゃねえよ! 所属不明機でも対話の意図のある非戦闘機体に一方的に攻撃は流石に条約違反だよなあ?」
攻撃を遮り見栄を切る。
「赤い量産型ゲシュペンストにジガンスクード!? 鋼龍戦隊か!! チッ……こちらは連邦政府対衛星方面第16特殊部隊、ラースである! ガーリオン2機の要求は威力偵察による脅迫と判断、撃墜もやむなし! そして諸君らは明確な侵犯と越権行為を」
「一応名乗っとくぜ、仰せの通りの地球連邦軍統合参謀本部所属、鋼龍戦隊のオクトパス小隊だ! ゴチャゴチャうるせえんだよ、GSの崩壊でガッタガタの寄せ集めどもが! 証拠は全部あがってんだ、差別主義者のテロリスト野郎……出るわ出るわの薄汚い陰謀、気付かれないとでも思ったか!!」
敵指揮官を遮り声を張る――ハッタリだ。証拠が足りないからこうして機動兵器部隊を引き受けている。ただ、対面であろうと通信機越しであろうと、睨み合いで彼女が負けることはない。
つまりはそういう芝居を打ったのだ。ライムンドの小隊が予備機として保持していたガーリオン・カスタムと、実力はあるがカチーナが扱いにくい2人で敵が探られたくない事実に近付くジャーナリストを演じ、尻尾――問答無用で攻撃する機体を掴んだ。
そして逃げられないという同意がラースの機動部隊の内々で得られ、負けじと声を張り上げた。
「黙れ怪物どもに肩入れする国賊め! お前たち、ここで連中を始末しろ! 本隊は見えない、単独行動のうちに叩き潰せ! 鋼龍戦隊だろうと萎縮するな、奴らは所詮お荷物の」
「二度と減らず口叩けねえようにタコ殴りにしてやらあ!!」
そしてカチーナの逆鱗に触れた。
所詮はゲシュペンストと。特殊能力を持たない常人と。侮っているのが言葉以上に滲み出ている。
試作機や、想像もつかないようなエネルギーを使った特機揃いの特殊部隊。その中ではジガンスクード・ドゥロですら曰くがあるだけの大型機にしかならない。

だから何だ。
DC戦争からそれらと肩を並べ戦い抜いて来た。
異星人も。異世界からの侵略者も。異形も。神も。そして主義の交わらぬ人間も。
全てを前線で受け止め叩き潰した自分たちが、安全圏で息巻いて旨味と内輪の聞こえの良い声を味わってきただけの殺戮者に、遅れを取るどころか蔑視されることすら我慢がならない。

「ラッセル、カバーは任せた! レオナとタスクは基地前衛を目指せ! まだ出てきてねえ連中がいるかもしれないしな!」
敵の数は多いが臆することはなく――彼女に限ってありえないが――口早に指示を済ませ戦闘体勢を取る。
「ふむ、無事囮捜査を済ませた我々はどうすればいいかね?」
口端を上げてエルザムは問う。その答えは知っている。
「ハッ、知ってんだぜ。非武装ってのはホラだってな」
「酷い誤解だ。我々の機体に火器が搭載していないというのは真実だ。そうだろう、我が友よ」
微笑は崩さない。
「無論。腐り果てた外道など斬艦刀を持ち出すまでもない。まして銃火器など不要……このアサルトブレード一本で十分」
機体を提供したライムンドは呆れていたが、彼らの戦績と教導隊の名と、何よりこの迫力に気圧され黙るしかなかった。
勿論、旧式の予備機で武装を整えることが困難であるという名目はあるが、彼らの場合は個人的な嗜好が大きいだろう。
「ああ、実体近接武器は熱源もないし武器ではあっても火器じゃないと……凄い理屈だ……」
ラッセルが困惑し、それでも頷くしかない。
「つーわけでフォローはしねえしそっちもしなくていいぜ。あんたらみたいな型外れに付き合ってらんねえからな。せいぜい好き放題暴れてくれよ!」
「了解した、行くぞトロンべ!」
「推して参る!」
鋼龍戦隊の識別に変化した2機のガーリオン・カスタムの正体――即ちそのパイロットの名は対峙したことがあれば考えるまでもなくわかる。だが、データや噂でしか知らないのだ。
「一刀、両断!!」
地球の人型機動兵器の歴史の初期に登場し、今なお力を振るう剣と竜巻のことを。

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――――外はうまく行っているようだ。
騒然とした要塞の中で、変装したギリアムは何食わぬ顔で侵入者は見つからずとすれ違う相手に応答する。
“顔”が1つしか手に入らなかったのは厄介だ。広大な要塞で工作員の人手不足は致命傷になり得る。直属の部下も同行を申し出たが正規のIDと変装用の姿は、時間がなく他に手に入らなかった。
情報端末を探しつつ外の状況を窺い支援する。
人型機動兵器は精密機器の塊だ。完全な無力化や破壊は困難でも、出撃を遅らせる時間稼ぎであれば、どこを壊せば有効打になるかはパイロットであり特殊工作員の彼は熟知している。
極論を言えば、部品がただひとつ足りないだけでも不具合は起きるのだから。
だが彼の本命はそこではない。少し前に用済みになった端末に仕掛けた、爆弾の起爆スイッチを押すことすらも。
「侵入者がいる、奴らの工作員だ!」
その工作員がただの1人で、しかも既に中枢部に潜り込んでいるという盲点を突く。
流石の元GS要塞というべきか、末端の端末からは分断され仕掛けられない。
データの接収については秘蔵の『XN666』があり、端末に接触さえ出来ればセキュリティに対する魔法の鍵になる。
ただ後ろ暗いことがある者は外部の記録装置を信用しない。出来る限りネットワークから切り離された端末に隠す。
血の気の走る者と入れ替わるように司令部に潜入した。出鼻を挫かれ混乱の只中であり、端末の1つから確かな手応えを感じた。
「そもそも機動兵器が確信的に仕掛けてきた所からすれば、侵入者ではなく内通者かもしれません」
混乱にただ一言添える。この場にいる誰かに疑念を植えられればいい。欲を言うのなら――
「くっ、まさか出撃と見せて奴らに合流するとでも!? 輸送機、AMの発進状況は!」
狂乱する、銀髪混じりの司令官らしき男は知っている。狙いの相手がかかってくれたようだ。
カルコゲン・ブリューゲル元連邦上議会議員。グライエン派に所属しその躍進と共に影響を強めていたが、アルテウル・シュタインベックの誘いに乗りGS設立に関わり、その失脚とともに汚職などの疑惑で政界を追放された。
「地球に巣食う癌どもが! 奴らさえいなければ無辜の民があの怪物どもに蹂躙されることもなかった!! シュタインベック閣下も!!」
そしてその以前、修羅の市街地への攻撃により家族を失った時から彼は豹変し、公の場でも過激な論調を取るようになり、既に支持基盤を失いつつあったことも、よく知っている。
――同情はしない。そのアルテウルもまた異物であることに気付かず甘言に唆され、過ちを繰り返すどころか虐殺という愚行に走る者に抱くものは、同族嫌悪だけだ。
別の外部との繋がりがあるらしい端末にはネットワーム『アリアドネの糸』を送り込んだ。民間からヘッドハンティングした部下はなかなかに有能で、このワームは指定ワードを介したマーキングと潜伏に特化している。
元々の用途は浮気調査用で、回収用の『アラウネ』共々軍事利用には改良が必要だと難色を示されたが、頼れる外部委託の改良もあり――人使いが荒いとそちらにも苦言を呈されたのだが。
それはともかく、彼女たちのプログラムは信頼している。主要な取引相手と内容のリストはそれで持ち帰ることができるし、マーキングを後から辿ることも可能だ。
無論、外で戦闘を任せている彼らに対しての信頼は絶対的なものがある。
ただ転送には物理的に時間がかかる。今はまだ見当違いの所を探している敵の疑念が、己に向けられるまでの勝負。

************

思ったほどには敵はジガンスクード・ドゥロには集まらない。少しでも気を逸らせば別方向からカバーが入りそのまま撃墜の危険があるのも要因の1つではあるが、それだけではないと感じていた。
「んー、豆鉄砲なのわかってんのにこの距離からぺちぺち射撃。MAPW警戒か? 良かったなガンドロ、やっこさんたちお前のこと大好きで調べ上げてるみたいだぜ」
愛機に軽口を叩き、位置関係と勘から次の行動を計算する。ニイッ、と勝ち筋に向けて笑った。
「ま、あの手のはお前もお断りだよな。レオナ、両脇頼む! 俺とガンドロは突っ込んでぶちかます!」
「待ちなさい、布陣からして罠の危険性が高いわ」
「その辺は折り込み済みってことで信頼よろしく!」
「……もう!」
過重気味だが換装武器を多く用意したのは正解だった、とマシンガンを構える。本体の換装もあり弾数に余裕のある2機の量産型ゲシュペンストMk-II・改を操るカチーナとラッセルはそのコンビネーションも含めて穴がない。
だが何をするにも基本的に多大なエネルギーを消費するタスクとジガンスクードは、このような小型機相手の対多数状況ではそれこそMAPWで一掃しない限り無力化の可能性がある。
勿論遅れを取るなどとは思わないが、それでも心配になるのは自然なことだ。
果たして一斉に向けられた銃口より射出されたのはスパイダーネット――機動力を下げる妨害、及び鹵獲用兵器。
「いつもより余計に回しております、ってな!」
賭けに勝った、と笑みを浮かべ妨害を物ともせずそのまま踏み込み格闘戦を仕掛ける。
整備班に顔が利く、というよりも今も兼任しているという表現が適切なタスクは、新しい物資の情報が早く、横槍が入らなければそのまま融通されることも多い。
例えば、盾を無力化してしまう特殊武装への抵抗に特化した試作型バリアパーツ、などというものは普段のタスクの極端な遊び心で土下座する必要もなく、頭さえ下げれば誰からも承認を得られるものだ。
「レオナ、退避いいよな!?」
「ええ、良くってよ! 圏内敵機体数、十数余!」
「ドンピシャバッチリ! ガンドロ必殺G・サークルブラスター、いっっけえええぇぇ!!」
無差別なエネルギーカッターによる大量広域先制攻撃兵器。初見の敵ですら警戒するものであれば、常にその命中を狙うパイロットとコンビネーション機は当然それを上回ってきた。
熱線による撃墜、もしくは損壊による行動の支障。大量の敵機を行動不能に出来た、そのはずだ。
しかしタスクは先程までの勢いを失い青ざめていた。確信は何もない。強いて言うならば博徒としての“ツキに見放された”時の感覚。
「なあ、レオナ。何か変じゃないか?」
「……よして頂戴、らしくもなく。でもこの嫌な、終わらない感じ……中尉、そちらは?」
答えるかわりにチッ、と舌打ちをした。予定通り藪を突いて蛇を出した。ただし蛇の全貌は掴めておらず、これが雲をまとった龍であるなら――――こちらも飛龍だ、ただの戦いなら負ける道理はないが、敗北条件は確かにある。
「百面相少佐、要塞の現地レポーターさんからの中継はどうなってやがる?」
単独潜入ゆえ制圧など期待していないが、来るべき連絡が来ていないことが引っかかっていた。
「工作を仕掛け出撃を最低限に抑え、データの取得中だ」
直接のやりとりはないが携行カメラからの音声・視覚と何があっても持ち帰らなければならない最低限のデータは自動的にエルザム機に転送されている。
「ただ……マスドライバーの発射権限が奪えていないようだ」

************

その事実は。

「ああ、潰えるのか、我らも! 宇宙の蛆虫どもに食い荒らされて!」

狂気に飲まれたこの人間の手元にしかその決定権がないという現実は変えられない。

「私は神を見た! 神の雷を! この私が……こうなれば宇宙人どもの」

――――その先を言わせる訳にはいかない。

「既にその身が荒らされた身で言うと重みが違いますな、ブリューゲル元連邦議員」

響いた銃声も、未来を変える鬨の声には成り得ない。

************

エルザム機に繋がるギリアムとの通信からはマシンガンの嘲笑が響いている。
――何故そこで潜伏を解いたのだ、ギリアム。
考えられるとすれば囮で、託されたものは。
「諸君、全力でマスドライバーの発射を阻止せねばならん。恐らく工作に頼るより実力行使で止めた方が確実のはずだ」
聞こえているものは彼らには伝えられない。途切れていないのであれば。何より彼ならば。
信頼に応えなくてはならない。そして信じなければならない。
「チッ、パイロットだけでなく工作員の方も調達してこいよあの少佐殿は、本業だろうが! ま、そのためにお呼ばれしたんだけどな!」
「……俺は斬る。エルザム、お前はギリアムの回収に向かえ。奴も何かしらの脱出手段は用意していただろうが、この状況で不確定なものに頼るのは危険だ」
「その役目は任された、友よ」
「ウオオォォォ!! チェェェェェェストオオォォォォォ!!」
斬る、斬る、斬る。届くまで斬り進む他にない。元より他のことは出来ないが、確かに未来を切り開くと信じて。
「ラッセル、全力でタスクとレオナをバックアップしろ。あたしは自分のケツは自分で拭く。手柄をオンボロ非武装機体のロートルどもに取られたんじゃオクト小隊の名折れだ!」
「了解です!」
その真意はいつでも伝わっている。ただ他への聞こえの悪さを諌めている余裕は今はない。
「…………レオナ、現在のホープの位置から予測される弾道とマスドライバーの大質量あーんど超速度を止められるGテリトリーの展開データの計算、すぐ出来るか?」
「!? タスク、何を言っているかわかって!?」
「これでも今までの人生で一番冴えてるぜ、俺は。万が一発射されたらガンドロがコロニーの盾になる。ぶち抜かれたとしてもだいぶ威力は削がれる、あとはライムンド少佐だとかが後方で電磁ネットだのバリアだの展開させて避難勧告出して……でもそうならないための盾だろ?」
いつになく真剣な声。彼の言うように今までで一番のものだろう。そしてレオナもそのためにオクト小隊が呼ばれたのだと、ブリーフィングの段階で気付いていた。ただ認めたくはなかった。タスクが捨て駒になる。
「……まず弾道予測データを送るから急いで。予想される質量と速度を打ち砕き止める最大効率、私なりに計算してみる。ただ保証は出来ない」
「レオナ愛してる! 大丈夫だ、女神の祝福を貰えるならな!」
「馬鹿なこと言わないで。軽くなるから控えた方がよろしくてよ」
取り付く敵を引き剥がす。追う敵の注意を引き受ける。
その時エルザム機から補足データが送られてきた――――聞かれていたのだろうか? いや、恐らくそうなること、そうするだろうことを見通されていた。
この場で彼らに期待された役割、タスクの性格と使命感、そして彼が誰よりも信頼しているパートナーに命運を預けることを。
「散らす! フリー・エレクトロ・キャノン、発射!!」
カチーナ機の目前の敵がまとめて狙撃を受ける。小隊長への餞別だ。
「ケツ持ちはするって言っただろうがあの野郎。ま、上出来だぜ。やられる前にやらねえとな! さあて、タコ殴りにされたい連中はどいつだ!!」
殴り抜ける。ある程度逃してしまうのは業腹だが仕方がない――――最優先事項がある。
「おっと、ここでジャミング兵器発動ってな! こっちの目的を向こうに知らされちゃ困るんだよ!」
増援を呼ばれてはたまらないと通信を阻害する。
リスクはこちらの通信も遮断されることや武装の制限もされること、だが会話を挟まずとも連携が取れるのは先程ラッセルが示した通り。
回路への負担が大きく、近接での直接戦闘を好むカチーナの性分にも合わないが、突如としての電子妨害に面食らう敵機を奇襲するのはそれを置いても胸が空いた。
間合いの内に急速に踏み込んで、撃破のち次の機体に襲いかかる。そうして足掛かりにしていっても、この状況だと資源衛星表面のマスドライバーは遠く感じる。
「手持ちはランチャー……チッ、この距離じゃ当たっても豆鉄砲だぜ。タイプCやラッセルに渡したさっきのでもまだ無理だろうな」
そして性格的なものとは別に射撃戦、特に狙撃の素養があるが故に今仕掛けても無効だと直感出来る。
更に踏み込む必要がある。
状況に文句をつける余裕があれば、それを拳に乗せるだけだ。

************

通信はまだ途切れてはいない。騒然とした要塞内の様子を幾重ものフィルター越しに伝えてくる。
「……ギリアム、無事か?」
片道だけに設定してあった通信を思わず開いた。
別働隊の暴れぶりから、侵入口を探すため逸れたエルザム機は敵の警戒から外れていて、カチーナが発動したジャミングもここまでは届かない。
《生きてはいるさ。すまない、失敗した……中枢は制圧したがマスドライバーの発射は……止められない。自棄になった連中が……巻き添えを狙う》
閃光弾に麻酔弾で大立ち回りを演じて、それに端末から流し込むワームを機能妨害のものにしたが、基地機能は分割されている。
狂った司令官と手元のスイッチを黙らせた所で、他の経路はある。
――知っていた。知ってはいたが、全ては止められなかった。
そして入り込んだネズミを始末せんと躍起になる者たちからどうにか隠れ、小声での会話は可能な状況ではあるが、何ぶん敵の数が多く離脱出来ない。
「お前の責任ではない。その気になれば現場の手動操作でも発射出来るものだ。それに発射されると決まってはいない。お前が信じた者を最後まで信じ抜け」
返答はない。先程の応答から少なくとも重傷を負った訳でないのは伺えたが、どうにも様子がおかしい。
「詳細な位置を知らせてくれ。私も多少の心得はある。このトロンベで懐まで入り込み、脱出支援を行おう」
だがその違和感に触れるのは今すべきことではない。
失敗した責任だけのものでなく、他に何か心情的なものがあるとするならばそれこそ帰還した後卓でも囲んで話すことだ。
《エルザム、お前はマスドライバーの方に向かえ。挟撃を仕掛ければ突破が可能だ。お前たちならば》
「うむ、もっともな意見だ。ただ私には先約が入っていてね。お前の脱出支援はゼンガーからの依頼だ。どちらも替え難き友なれば、先約を優先するのが私なりの筋の通し方というものだ。異論はあるかね」
《お前はホープを見殺しにするのか!!》
雑音混じりだった通信は妙に静かで、感情を爆発させた叫びの一瞬後、まずいことを言ったと息を呑んだ音まで聞こえてしまう。
《……わかるだろう、お前なら》
そして訂正も謝罪もしない心情もわかってしまう。
その一念でこの作戦を立案し、ただエルザムにだけは言ってはならないことだとずっと感じていて、しかし故に口に出てしまったことも、全てに責任を持つことも。
「ギリアム、今一度言おう。お前が信じた者を最後まで信じ抜け。私も彼らを信じるからこそこうして馳せ参った。その私にお前の死体を持ち帰れと言うのかね? それにお前が奪取したデータは今後のこのような計画を未然に防ぐためだろう」
これ以上天秤にかけさせるな、とその情念に訴える。
ふう、と嘆息が聞こえた。どのような心持ちかはその一息では流石にわからないが、継いだ言葉で決裂でなかったのはわかった。
《…………生きている侵入口はS極、戦闘が行われているのとは逆側だ。機体が封じられ少しばかり殺気立った連中が立て込んでいるが》
「何、100人集まった所で我ら教導隊の誰1人にも敵わぬ烏合の衆だ」
《流石に100単位はいないが気を付けてくれ。何かあれば今度こそ自分が許せなくなる》
軽口を叩くが、声音は静かに張り詰めていた。

************

そして、射角が動く。
「タスク、データは送ったわ! ジガンのコンピュータに一度通してフィードバックを頂戴、少しの誤差も許されない!」
「合点承知、頼りにしてるぜ!」
「ライムンド少佐の部隊が後方で対質量防壁を展開しています、ただ通されたら……」
「撃たれる前に突撃部隊がやればよし、それが駄目ならあとは俺たちの根性勝負だ、なあ、ガンドロ!」
敵も思惑は通じていて、ジガンスクードに一斉に銃口を向ける。
集中砲火、しかしラッセルの量産型ゲシュペンストがその身で遮り発射後の隙にカウンターを当てていく。
「近付けさせはしない!」
「修正完了……タスク、予備燃料も渡すわ。今のうちに補給を!」
「流石の準備、内助の功! 無事帰れたら心の補給にハグとキスもいっちょ頼む!」
「……それだけ言えるならそちらの補給は必要なさそうね」
悪意の巨大砲口を睨むが口は止めない。ずっと舌先での勝負を続けてきたタスクの一種の験担ぎだ。
「クッソ野郎どもが! わらわらわらわら、こいつらも発射されたら巻き込みお陀仏だろうが!」
一方、前線は思うように退けられない。
崩されないことを最優先とした布陣。覚悟していたことではあるが数があまりにも違う。
「互いに背水の陣……だが! なればこそ退けぬ!!」
この段に及んで敵の連携が強くなっている。ただしその戦法は捨て駒を前提としている。
誰一人欠けられず、まして何も知らず今頃は花でも準備しているであろう民を背負った彼らは。
「負けられねえんだよ! 意地もプライドも何もねえテロリスト連中には!!」
赤いタイプGのジェット・ファントムが抉り進み、ガーリオンのアサルトブレードが斬り結ぶ。
照準が整い、質量をぶつけるためのエネルギーが収束していく。
「届け、雲耀の速さまでッッ!!」
「止まりやがれええええええええ!!」
射線から60度、一気に詰めて脇腹を狙い――火花が散った。
「!! 通らん!?」
「畜生、エネルギー切れだと!? まだ、まだやれる! 認められっか、こんなん……!」
ここまで辿り着くのに噴出剤も拳にかけるエネルギーも、仕掛けられた消耗戦により吐き出されていた。
それでも食い込ませるが、この局面で暴発覚悟で放たれた一撃は彼らとの賭けに勝ち―――――
「抑え込め、ガンドロ!!」
――――惨劇を防がんとする“盾”とのレイズに挑む。

「Gテリトリー、全開ッ! ははっ、ここまで来るとコックピットまでビリビリ伝わって来やがる……!」
弾頭を強引に削り取り、勢いを殺す。
レオナとラッセルが援護してくれているが、流れ弾が完全に無防備になった背面に直撃する。
「があッ! まだ、まだだぜえっ! バリアを全部マスドライバーに回したって、こいつは最強の盾だ!! こんくらい……そうだろ、ガンドロ!!」

――結構痛え。整備性も信用性も怪しいしGテリトリーがあれば十分だから、なーんてサブ用の念動フィールドの発生機積むの断るんじゃなかったかな、素養は一応あるみたいだし。
T-LINKシステムって結構奇跡とか起こせるみたいだし。敵感じ取れたりとか。次元を超えたりとか。龍虎王の符術とか。
まあでも俺はこいつを選んだし、こいつはT-LINKシステムなんてなくてもずっと俺を待っていたと思う。
血塗られた盾。不幸を呼ぶ盾。地球と宇宙の軋轢、それにテロリストに踊らされた可哀想な奴。
こいつが作られた時から、その前から、人の考えることなんて何も変わってなくて、こんなことになった。
地球生まれで爺ちゃんも普通にまだ生きているけど、何となくアステロイドベルトの方で宇宙っていいよなあ、外宇宙でパイロットとして飛び回るのもいいんじゃないか、なーんて言って結局整備士でヒリュウに乗り込んだ俺みたいなのが変なんだろうな。
そんな変なのがフツーというか宇宙人も超能力者も異世界人も人外も、ついでに未来人なんか来てもいいんじゃねえかってくらいどーんと来いなのが鋼龍戦隊な訳だけど。
だから、さ。
お前も変われるしとっくに変わっている。
最強の盾のお前は、最強の矛だ。どれだけのヤバい敵をぶち破った? それでどれだけ守ってきた?
俺みたいな奇跡の星の元に生まれた幸運野郎と出会えたお前は、その時点でラッキーなんだよ。
だから護れる。護ってみせる。ここ一番の大勝負、負けられないし負けるはずがない。

「タスクウゥッ!!」

――――何しろ幸運の女神までついているんだぜ?

「消し、飛ばせえええええッッ!!」

タスクの意識は、そこで途切れた。

************

マスドライバーが間違いなく発射された事実をもって、ライムンド率いるコロニーの正規部隊もようやく実際に現場に赴くことができ、降伏勧告を行った。
戦意の損失は著しく、また、睨みを効かせる心強い戦力のおかげでだいたいは受け入れられた。
首謀者のカルコゲン・ブリューゲル元上院議員は元々が文官であり年齢もあって麻酔弾の傷と薬品で死地を数日彷徨うことになるが、ギリアムは問題ないと一言告げるだけだった。
そしてジガンスクードの損壊はひどいものだった。大爪と装甲、最適化された重力場のバリアをもってしてここまでの損傷を受けた――否、損害を防いだと言うべきだろう。
目論見通りにコロニーに命中したならば、その隔壁を確実に打ち破り大規模な虐殺となっていただろうから。
「パイロットは無事かね?」
「ええ、問題ありません、少佐。少し怪我を負っていますがしばらくの休養があれば完治するでしょう……いつものことです」
レオナは伏目がちに答えた。
「機体、パイロット共に欠けはなし……流石の鋼龍戦隊、いや、オクトパス小隊と特殊戦技教導隊か。レオナ少尉、タスク少尉が起きたら私からの用があると声をかけてくれないか。もっとも、鬼隊長殿が許せばの話だが」
「ふふっ、大丈夫です。恐らく始末書でそれどころではないでしょうから」
ようやく笑みを浮かべた。ラッセルが引き上げたタスクの寝息に、彼らしく景気のいい寝言が混じっていたという報告がほぼ同時に入ったから。

************

「納っ得っ! 行かねえっ!!」
トレーニングルームでサンドバッグを殴り飛ばす。リューネが普段使っているものとあって流石に造りが違う。
「あの……お咎めなしで始末書一枚すら回避したのに何故そんな…………」
ラッセルは距離を取り窘める声色が出ないよう恐る恐る尋ねる。このサンドバッグの代わりに殴られてはたまらない。
「だからだよッ! 最初から根回し全完了でギリアム少佐がぜーんぶ私の責任ですで引っ被り営倉入り! いいかラッセル、あたしだってケジメの付け方とか噛み付く時とかは弁えてんだ。クソ准将には逆に睨まれるし何もなしの方が気持ち悪い!」
「ああ、調子が狂うと……」
彼女なりの責任感がある。帰途で始末書のテンプレートを端末に用意しておく程度には心の準備はしていた。
「あたしの判断であたしの小隊を動かした。直属の上官でもないギリアム少佐が責任取る所じゃねえ! しかもあのスカシ野郎、事もあろうにハロウィンプランの成果回して埋め合わせするってメッセージ寄越しやがった。気に食わねえ、ぜーんぶ手のひらの上ってか!? 絶対いつか何か口実見つけて落とし前つけさせる!」
「中尉……非常にご立腹なのはわかりますが、少佐相手にそれは……あと中尉は貰えるものは貰っておく主義だったと記憶していますが」
「黙ってろ、その場で殴りに行かなかっただけあたしも一皮剥けたと思え!」
サンドバッグの揺れが激しく、カチーナの息も切れている。
「ったく、少佐もあたしらとはDC戦争からの付き合いなんだからその辺の呼吸わかってもいいだろうが! この作戦に呼んだとこまではご理解いただけて誠にありがてえけどよ」
ボトルからミネラルウォーターをガブ飲みして足りねえ、と一言吐き捨てた。
「……ラッセル、さっきの戦闘のデータ洗い出せ。敵がどれだけだろうが、しくじる訳にはいかねえ。だがあたしはしくじった。見切り発射で威力削がれただの下手糞なフォローはいらねえ。次の敵にぶつけるだけだろうよ。他2名はおでかけだし敵襲も今の所なし、やれることはそれくらいだ」
「了解です!」
だが思い直して切り替える。後ろを向いている暇などないのだ。
ラッセルも信頼と気合を込めて答えた。

************

営倉にノックと呼び出し用のブザーが響く。
待っていたのは監視カメラで見えているが、その意志で応答したのを確認してカイ・キタムラ少佐はロックを解放する。
「おや、尋問相手としては俺と親しいあなたは不適切では? それに差し入れの食事、香りでエルザムのものだとわかるくらい手間がかかっていますね」
ギリアムは声は微笑を含んでいるが眼を合わせようとはしなかった。その程度で奥が読める人間でもあるまいに、と心中ため息をつくしかない。
「マイルズ准将はあれで理解がある方でな。何より適材適所だ。まあそこで悪知恵を働かせるのがお前らだが……説教と尋問とその後の経過、どれが最初がいい」
「説教と尋問が別の時点で嫌な予感がしますが……経過からお願いします」
答えはわかっていた、とばかりに食事を置き端末を取り出す。
捕縛されたテロリストはライムンド少佐の連邦宇宙軍経由で公安に引き渡し。
捜査の手が入る前の悪あがきで要塞内のデータは抹消されていたが、それについてはギリアムが事前に接収したものをジェイコブ・ムーア中将に提出、各部連携しつつ適宜運用される予定。
ただ思想犯というものは扱いが難しく、せいぜいその子飼いの武装勢力の芽を摘むだけであろうこと。
それだけでもだいぶ動きにくくなるはずだが、逆に思想を先鋭化させて潜伏を図ると思われること。
「……問題はありませんね。シャドウミラーのような連中がいなければ表面化することは非常に稀だ。だからこそ捕捉が遅れてしまいましたが」
その呟きに感情は見られない。ただそれは表向きで、必死に押し殺している色が隠せない。ただそれが“何か”なのかはカイにもわからずに問う。
「ここからは尋問になるんだが、その前に個人的にも聞いておきたい。機動兵器部隊の実効指揮官ともなると色々耳に入ってしまう。それにお前との付き合いのせいか口が軽くなる連中もいてな……今回の出撃以前にかなり“強引な捜査”を行ったという噂まで、な」
「囮捜査もだいぶ網をくぐっていますよ。ですが、そうですね……拷問は流石に行っていません。噂の中身がそれであればどうかご安心を。彼らも滅多なことは絶対に流しませんよ」
意図的にやっているのか、挑発的で真意や他の選択肢を隠す応答。
今回は別として、以前――それこそシャドウミラーに対抗していた時は実行したことがあるのではないか、などといらぬ疑念まで抱いてしまう。
「ただ焦っていただけです。らしくない、などと思われたかもしれませんね。作戦実行前にゼンガーには迷いがあると言われ、エルザムはこの通り定時の食事を俺の好物にすり替える心配様だ。あなたが来たのも少しそういった進言があったのでは?」
「違うな。誰に言われた訳でもなく俺自身がおかしいと感じたからだ。お前は責任感も強く今回は明確な失敗もあった、だがそもそもクロスゲートだのが絡むとお前に任せざるを得なくなる現状にも問題がある。その状況で他の案件までやらせて全部責任を被せるのは軍のやることではないし、それを被るのも正直お前のキャラじゃない」
紛らわそうとする。出自は関係なくもっとも信頼出来る相手の1人であり、だからこそ感じてしまう疑念と違和感を。
「虐殺が実際に行われていたのならその言い分は通らなかった。タスクの……オクト小隊のおかげです」
強く断じた。冷酷ささえ感じられる響きだったが、その刃は明確に己に向けられたもの。その鋭さを安堵で隠すようなことはしない。
「それに俺はこう見えてもそこまで要領がいい人間ではなく……お耳を拝借いただけますか? マイクは……ないようですね。これを聞いた処断はお任せします」
ギリアムの口癖ではないが嫌な予感がした。だがこの前置きで嫌な知らせを、かなり後ろ暗い懺悔を告白されることが察せないようでは軍の指揮官はおろかどの社会でもやっていけないだろう。
そしてそれを受ける義務がある、と強く決意した。責任者としてもあるが、戦友として告解を受けるくらいはいう心構えで。

「俺は、一番手軽な阻止方法としてガスを検討しました」

拳が飛びそうになるのを抑え、一瞬の逡巡の後改めて腹部に強く一撃を込めた。
ガハッ、と彼からはあまり聞いたことのない内臓から吐き出した息と、しばらくまともに呼吸出来ずへたりこみ咳混じりに悶えるのを見下ろして、カイ自身の息も荒くなっていた。
「殴られれば気が済むのか!? お前がそういう冗談を言う人間でないのも、今も実行しておけば狙撃未遂など起きず誰も巻き込まずに済んだなどと頭の片隅で考えているのもわかる! だから敢えて殴った、そうするのもお前はわかっていたのだろう!」
スィエラは資源衛星であり、要塞化されても宇宙における隔壁で囲まれた閉鎖空間であるのに変わりはない――コロニーと同じで。
聞いた潜入の手際から、また裏のルートを知る彼ならその段取りを取ろうと思えばいくらでも調達とその追求をかわすことは可能であったこともわかる。
付き合いが長いというのも、信頼が置かれているというのも考えものだ。
冷え切った声で告げられた心は抱えきれなくなった懺悔以外の何物でもなく、ボディブローに対し当然というように薄く笑みすら浮かべている。壊れた、という懸念を覚えた。
だが聞かなければ良かったとは思わず、対処は全力で行う。
「……だがお前は一線を超えなかった。結果的に惨劇が回避されただけに過ぎないとしても、お前は仲間を信じる方を選び、外道に手を染めなかった。その線引きは忘れてはいかん」
頭に手を置く。何度か軽く叩いた。拒絶は起きず、ただ静かな嗚咽が溢れる。
「…………はっ、ははっ……もう何発か殴られて正座で数時間ほど叱責を受けるのを覚悟していたのですが……何故頭を撫でられて慰められているのでしょうね……」
裁きを求めていたのに。
「娘くらいの子供を普段相手にしてると俺も丸くなるというものだ。まあアラドだと拳の方が効くんだが、ラトゥーニやゼオラはそうもいかん。それにお前は万の叱責より一の泣き落としの方が効く人間だろう」
女子供と同じ扱いだと言われれば流石に反発するかと思ったが、何をされ、言われても仕方がないと諦めの境地であったようだ。
「それに俺もわかる。これは戦争で俺たちは軍人だ。手段はともかく、殲滅の選択肢が浮かばないような人間は逆に向いとらんよ。どちらかと言えばそいつらの面倒を見るのが俺たちの仕事だ。その発想に自己嫌悪を覚えられるだけお前はマシな部類だ」
ましてギリアムは深淵を覗きすぎている。シャドウミラーのことを抜きにしても、教導隊解散後、全力で取り組んでいたのは他でもない『エルピス事件の阻止』のはずだから。
「俺の胸に留めておいてやる。流石にお前がゼンガーに斬られる所は見たくないのでな。しっかり食ってちゃんと休め。お前は疲れている、それだけだ。言っておくが、こっそり仕事を持ち込もうなんて真似は俺の目が黒いうちは通さんぞ」
「ああ、自分から独房入りを申し出ておいて何ですが、仕事がないのは一番の懲罰ですね。ですが……そうですね。久しぶりに良く眠れそうです。関係者各位には謝辞を改めてお伝え願えると嬉しいですね」
振り切れたようにようやく視線を合わせた。乱れた髪から覗いた普段は隠れている眼は穏やかに澄んでいた。

―――――お前たちのことも、こうして信じれば良かった。

僅かな悔恨の色は、涙に隠して。

************

「本当にいいんスかね……?」
姿見越しに、そして振り返り、ライムンドに問いかける。
今タスクはホープの連邦宇宙軍基地にいる。レオナも同行していて、車で待たせている所だ。
「おや、私のハイスクール時代の制服が気に入らないかね? これでもホープの誇るお坊ちゃん校のものさ。自覚はないかもしれないが君はなかなかに戦士の顔をしている。そんな服でも着ないと敏感なこの時期の住民を刺激してしまうかもしれん」
「袖がちょっと余ってる以外は、じゃなくて! その敏感な時に俺みたいなのがここに来ていいのかって話なんすけど!」
今日の日付は歴史に刻まれたホープ事件の当日。慰霊祭に花を手向けないかとライムンドがこの2人を誘ったのだ。
謝絶した。今も回避したいと思っている。しかし真摯に頭まで下げ、怪我を押してでも来てほしいと頼み込まれた。
「君が護った景色を、眼に焼き付けたまえ。それが血塗られた盾を掲げる君の義務であり責務でもある」
結局はそのタスクが掲げる固辞の理由こそがライムンドの招待の理由である以上、来ずにはいられなくなったのだが。
服装を確かめ、誘導の元助手席に乗り込む。礼服を着たレオナに似合っている、と言われたがお前も綺麗だぜ、などといつものように返すことが出来なかった。
「……会場まで道がある、少し昔話をしようか。若者を退屈させるのは主義じゃないが、力無き男の懺悔とでも思ってくれ」
運転席のライムンドはポツポツと語り出した。
当時、ライムンドは士官学校に入ったばかりだったこと。
両親はその少し前に事故死したが姉夫婦がホープに住んでいて、甥はたまの通話を心待ちにしていて、数年後同じハイスクールに入るための勉強の成果を見せたがっていたこと。
「当時のコロニーの情勢は知っていると思うが、そんな荒れた時に軍人になろうなんて奴は元から教官からいい顔をされていなかったな。実際の所、喪が明けても士官学校に戻らなかった者、卒業後野に下った同期は多くいる」
視線は少し渋滞した車線を見据えたまま淡々と語る。
「DC戦争の折、私はコロニー統合軍にいなかった。そもそも私は卒業後月への配属を希望し、そのまま受理された。知っての通り月は連邦の管轄だがほぼ中立だ。私はコロニーから逃げた……踏む土すら作り物の名前ばかりの希望の地から。そして戦争から」
実際は宇宙移民の情勢と無関係とは決して言い切れず、むしろ独特の立ち位置から地球からもコロニーからも針のむしろとなっていた部分があることを2人は知っている。
だが口は挟まなかった。惜情は固く、第三者が何かを言えるものではないのだ――テンペスト・ホーカー少佐の復讐の一念のように。
「コロニー統合軍はマオ社の動きやムーンクレイドルさえ抑えられれば、民間施設の多い月を攻撃する気など端からなかった、というのはレオナ少尉には釈迦に説法かね。そうして理想に準じたマイヤー総司令から、戦いもせずに強引に後継者に指定されてしまったうちの1人が私というわけだ」
自嘲が済むと、それでも護る一手にはなれたと小さくしかし晴れやかに呟いた。
「……この事件については表沙汰になるだけで内乱の原因となる。我々の部隊は口封じの褒賞に配置換えだ。知られざる戦い……だが誇りたまえ。君たちが護ったこの平和には程遠い、しかし平穏だからこその光景を」
礼服の列。故人が好んだものであろうか、抱く花は思ったより統一性がない。
タスクが着ている学生服と同じ姿も多数見られ、逆に異物感を覚えて胸に棘が刺さる。

指定の駐車場に停め、彼らもまた花を手に参列する。
――――安らかに、では足りない気がする。ごめんなさい、って言えばいいのかな。背負ってるつもりだったけど、俺はまだまだこれだけの人の想いを受け止める覚悟が足りなかったのかもしれない。
「…………無駄には、しません。私はあなたたちの分まで……戦い抜きます」
迷い横を見ると、レオナが捧ぎ誓った白い百合の花束はホープの犠牲者だけでなく、いつか戦場でまみえた同僚たちにも祈りを届けようと。
そして花のことも行事のこともわからず用意されたものを携えてきたが、タスクに与えられたのはそれとは違う色とりどりの花籠だった。
「………………俺たちは、負けないから」
一輪くらいは自分で用意せねばと必死で調べて胸に挿してきた白いカーネーションを花籠に加え、献花台に捧げる。
下がってしばらくすると時刻を告げる鐘が響き、皆が黙祷する。
光るように透明で美しい鐘の音は祈りを静止画に留めた。
鐘の回数は10。3年目の慰霊祭から1年ごとに増やしていたのが、繰り返しを防ぐという意味合いでそこで止められたのだと後で聞いた。
複雑な想いを抱え、それでも何かを掴んで帰路を辿る。
駐車場に着くとゼンガーが献花を手に佇んでいた。
「おや、我々をお待ちでしたか?」
「否。俺は風貌が目立つのでな。エルザムの不在もそれ故だ。奴の顔を知らぬコロニー住人の方が少ない。ただ今回ばかりはこちらに花を捧げたいと。ギリアムとカイ少佐の分も含め随分な数になってしまった」
彼らは当然タスクとレオナが訪れることを知っている。だが彼でなくてはならない理由も当然理解しているので押し黙った。
「……帰る前に少し聞いていくが良い。喪に服するというのは何も悲しむだけではない。故人の姿を風化させず、平和への意志を強固にすることが何よりも大事なのだ。そう、テンペスト・ホーカーは……無茶ばかりしていた俺たちに戦争以外で命を落とす気か、などとよく言っていたな。かく言う奴が一番危険な任務を希望したがる性分だったが」
視線は献花台に、しかし低く静かな言葉は確かにタスクに向けていた。
「そう、っすか。人が少なくなるまで時間かかりそうだしもう少し聞かせてもらえます? ゼンガー少佐と、ライムンド少佐とレオナが良ければ」
タスクが笑うとゼンガーも微笑で返す。
「その辺りの話はエルザムに聞けば食事付きで語ってくれるだろう。俺は奴の好きな酒を用意していなかったことに気付いたのでな。ではライムンド少佐、済まんがこの2人を頼む」
「ええ、責任を持って。では行こうか、少尉」

そしてやはりタスクを助手席に、レオナを後部座席に基地までの道を行く。
「どうだっただろうか。無理に連れ出してすまなかったな。それに重たかったかもしれない。だが君にだけは感じてほしかったのだ。この日が、この時間を迎えられたのが、どれだけ素晴らしいことなのかを」
「いえ、いつかは来たいって思ってたんで。ありがとうございます、少佐」
「君たちはやはり強いな……鋼龍戦隊の名は歴史に残る。そしてジガンスクードは血塗られた盾として……だがまた人に語り継がれるだろう。紛れもなく、地球圏の盾の名に相応しく戦い抜いたことも。少なくとも私はその語り部の1人になるつもりだ」
心に留められた楔が外れたライムンドは熱く語る。往路の詫びもあるのだろう。
「お、映画化決定? 俺とガンドロ銀幕デビュー?……なーんて、でもちょっとくらいは思っちゃうかも。“諸説あり”のひとつくらいには残らないかなー、って」
「あら、珍しく自信がないのね。いつもだったら飛び上がって伝説を作るって言うのに」
レオナも彼女には珍しく茶化す。2人の会話のバランスの取り方であり、やはり盾となった彼への感謝の印。
「レオナもやっぱらしくないって思う? ま、その辺は帰ってからガンドロに熱く聞かせてやろうかなって! ボッロボロでひでえもんだ。ちゃんと愛情込めてピカピカにしてやりながらさ」
「それについては怪我を治してからよ」
しかし窘める。毎度のこととはいえやはり己の身を酷使するのは見てて落ち着くものではない。
「うむ、やはり無理に連れ出したのは良くなかったか……?」
「いーえ少佐、アバラやられてない分いつもよりマシなんで! レオナの完璧な計算と、ガンドロが頑張ってくれたおかげ!」
笑いながら車窓に目を向ける。花屋は今からでも間に合うようにかタスクが捧げたような花籠を店頭に並べていた。
――――ごめんなさい。親を亡くした学生です、みたいな顔して本物に混ざっていて。
「……俺の“願い”は……」
小さく口に出して、やはり留める。
こういうのは相棒に聞いてもらって、叶ったら後で隣にいるはずの幸運の女神に、こんなことがあったなーなんて笑って語るだけ。
「何か言ったかしら、タスク」
「んにゃ、俺は有言実行だけど無言でもやれる男ですよ、って感じで」
決意も新たに空の地を見上げた。

 

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ツイの140文字やSS名刺以外だと久々に書きました!……長さの差が極端では?(約25000文字でした印刷用で何Pかは怖くて落とせてません)
最近スランプ気味で特に恋愛ものが書けない感じなのが致命的!とウンウン唸って、とりあえず一狩り行った勢いで楽しく需要は私にあればいい!みたいな小説です。
ネタ自体は結構前にタスク推し某フォロワーさんのマシュマロに宛てた『ホープの慰霊祭の日にタスクは何をし、何を思うのでしょう?』という語りネタ提供からの自己流小説です。
といっても書き出したのは去年の8月です。日本人的な季節感出てる! そして中断多すぎてこの長さで執筆期間半年! 遅い!
そんな訳でタスク君の話なので導入に便利なギリアム少佐は今回は脇役でー、のはずが恐ろしく目立ちました。推しって怖い。でもこのネタでギリアム含め旧教導隊を描かないのは逆に変ではないか?というのでかなりガリゴリに書きました。OG1キョウスケ編に思い入れありまくるせいもあり結構セットにしてしまうのですよね。ゲシュペンストと正統なる突撃NPCの後継者だとかw(同じような理由でキョウスケともめっちゃ仲いいです親分経由もあるし)しかしジガンスクードの業というかテロに関するあれこれを書くとタスクとは光と闇なのかなー、などと対比構造強めです。精神コマンド加速以外共通点ナッシン!
一応ギリアムが自分で用意していた脱出手段兼中のことが早く終わったら使う予定だったのは潜入時近くに仕掛けておいたコール・ゲシュペンスト!なコンテナだという脳内設定はあります。その他諸々脳内設定だらけです小説で書け。
ネームドモブ、ライムンド・ヘンシェル少佐。名前はドイツ系(レイモンド、の独読み)に兵器メーカーの姓というOG世界にいそうなのを心掛けました。過去話はテンペストをパクリつつこんなのもいるかなあ感。あまり凝ったオリモブ入れるの好まれないのは理解していますがやはり現地住民枠はほしいな、と!
他のオリジナルネーミングはスィエラ=ギリシャ語で嵐=テンペスト、防衛部隊ラースは神の怒り(ラース・オブ・ゴッド)カルコゲン・ブリューゲル元上院議員はタロットの塔→16番→16族元素カルコゲンと一番有名なバベルの塔の絵の作者であるピーテル・ブリューゲルが由来です。何となくそれっぽさが……出ていますかね?
彼の過去話も何となくそういうのいそう感を自分なりに考えましたがどうなんでしょう。強いて言うなら被害を出した勢力をアインストか修羅かゲストかで迷いましたが、時系列の関係と『相手は人間』に拘りたいなあと。
めちゃくちゃ文章硬い!とか戦闘描写ぁ!とかタスクやカチーナ中尉の台詞はスラスラ出るのにレオナとラッセル君は案外書きにくいぞ!?とか旧教導隊の書き分け出来ないとかマジ?とか話の都合で無能になるのよくない!とか色々悩みの尽きない小説ではありますが、楽しんで書けたし自分の需要は満たせたのでOKです。
リスペクトオブ八房先生!(名前を挙げるのもおこがましいですが)イメージBGMはゲームスパロボの戦闘オンで入り乱れつつマップBGMは『正義の礎』EDBGMは敢えての『Portal』でお願いします

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