笑っても、いいですか?

イングラムから託された使命を果たすために私が選んだ接触対象は、情報部のギリアム・イェーガー少佐だった。
マオ社経由で口を利いてもらってもいいが、イングラムが使ったルートでもあるし、別の後ろ盾が欲しかったのだ。
元々直接は関わっていないが、裏では――表でもマオ社の人間としてSRX計画に関わっている。
別に不自然ではないはずだ。
テストパイロットとしての実績はあるし、それ以外にも実力を示せと言われればすぐに出来る。問題はない。
経歴や戸籍は誤魔化しきれない部分があるが、この不安定な時勢ではそういったものはあまり意味を持たない。
ギリアム少佐自身、軍に入る前の経歴は不透明だ。
故にそこを突いてくることはまずないだろう。
確かに鋭い人物のようだが、逆に言えば彼さえ欺けたなら後の不安はない。
逆に強力な味方になるはず。

――――人を欺いて心が痛まない訳ではない。
だが、私はこの使命を果たさなくてはならないのだ。
それに、これは地球圏の、彼らのためでもある――――――我ながら推論と期待と自己暗示の多さに呆れるけれども。

そして――――私はそれをすぐ悔いる羽目になる。

「マオ社所属のヴィレッタ・バディムだな? 私は地球連邦軍情報部所属、ギリアム・イェーガー少佐だ」
私が今まで相手にしてきたのと何ら変わらない、いかにも軍人らしい事務的で高圧的な喋り方。
ただ、彼は普通の軍人ではなかった。
何故こんな非機能的な髪型をしているのかと写真を見た時は思ったが、よくわかった。
目が合った時、魂を引きずり出され全てを見られるような感覚があった。
やましい所があるから、だけではないと思う。
彼のパイロットとしてのデータを思い出した。
特性は、先読み。hajimete
敵の手内を全て見抜いているかのような、外すことも容赦もない攻撃。
それと機体の限界に挑戦しているかのような無茶な挙動。

――見抜いているような、ではなかったのだ。
彼は見抜いている。その明るい青とは対照的な深い闇を秘めた瞳で。
それが2つあったら、相手に威圧感を与えるだけでは済まないはずだ。
「とりあえず話は後だ。君が持ってきたというR-GUN回収用のデータを渡してくれ」
話。
思わず背筋が凍ったが、元々それとSRXチームへの配属希望についての話をしにきたのだ。
――――何を怯えている、ヴィレッタ・バディム。
ただ、それだけではないだろうとも確信していた。

そしてそれは的中した。
「君が知る事実について知りたい」
何ということのない台詞。
だがこう言えばわかるだろうという無言の圧力を感じた。
――イングラムから託された使命を果たすことは、出来そうにない。
当然の報い。そしてその覚悟も出来ていた。
接触対象を彼に選んだのは、そちらの理由もある。
他の連邦軍人よりはまともだし、データの活用法もわかっているはずだ、と。
私は全てを話した。
南極の異星人の話をした時、彼は何かを考えこんでいるようだった。
ふとよぎった考え。
――――彼はバルマーとは別にこの地球にやってきた、異邦人なのではないか。
しかし私はそれを考えることをやめた。
もう、どうでもいいことだ。
軍法会議――は軍人でないから適応されない。
普通の裁判も、それを受ける人権が保障されるのは地球人だけだ。
となれば、闇に葬られるのみ。
抹殺か、或いは貴重なサンプルとして実験台となるか。

そして私は宣告を待った。

「君の正体は伏せておくつもりだ。また、入隊と配属先についても君の希望通り根回ししておく」

耳を、疑った。
あまりにも、出来過ぎている。
「私が払う代価は?」
だから問わずにはいられなかった。
「SRXチームを導き、地球圏に迫る脅威と戦うこと」
事も無げに、ギリアム少佐はそう言い放った。
「ギリアム少佐……」
「何だ?」
「私はエアロゲイターのスパイよ」
「これからは違うだろう」
「……人間ではないのよ?」
「私は気にしない。たかだか生まれ方の違いだ」
「けれど、何故初対面の私を信用できるの?」
「君は信じて欲しくないのか?」
逆に問われてしまい、言葉に詰まった。

信じてもらえるなどと思っていなかった。
正体を知って私を信じるのはイングラムだけだし、私もそう。
そうなのだと、思っていた。
けれど、本当は。
信じて欲しい。
当たり前だけど、見えなかった答え。
「敵味方の区別がつかんほど愚かではないさ。それに君は私を信じて話してくれたのだろう? ならばそれに応えねばな」
違う。
私はあなたを信じたのではない。
ただその実力を信じただけ。
「人格については、信じていなかった……」
得体の知れない人間。
「過去形ということは、今は信じているのか?」
その声に――思えば少し前からだが――最初感じた高圧的な響きはなかった。
そして眼を見た。
やはり、吸い込まれそうな深い瞳。
ただ、何故だかもう怖いとは感じなかった。
「…………ええ、信じている。ありがとう、ギリアム少佐」

欺かなくても、いい。
信じて、いいんだ。

そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
そして、ギリアム少佐も笑っていた。

これから、よろしく。

 

「はじめての」でDW26話ネタ。
凄くギリヴィレだったあのシーン。
ヴィレ姉は瞳潤ませているし、少佐は笑ってるし!
が、何気に一番重要なのは声よりも動きよりも「お前ら初対面なのに何わかりあっているんだよ!」ってことですね。
という訳でこのお題で使ってみましたv

 

テキストのコピーはできません。