■アプラウズ~花束の告白~

ヘンリーは急いでいた。
「お父さんって何をやればいいんだろー?」
もうすぐ彼とサーリャの娘が生まれる。
未来から来たノワールは少しは健康になり、あまりキレなくなった。
怖い顔のノワールも可愛いが、好きな男の子と楽しそうにしているノワールが一番可愛かった。
「何をすればいいのかなぁ。サーリャの話は難しくてわからないし」
挙動や顔には出ずいつもどおりへらへらと笑っているが、とても急いでいた。
「とりあえず呪っておこうかなぁ」
とりあえずで呪われたノワールの好きな男の子は昏倒したが、彼も親の呪いを受けた強い英雄であり、何よりも“とりあえず”なのですぐに復活する。
平和なイーリスではあまり意味を持たない些細な呪いだ。

ただサーリャともうすぐ生まれるノワールに対してヘンリーが何を出来るかはわからなかった。
ヘンリーは呪術師なので、命を奪うのはとても簡単だ。
生まれたばかりの弱々しい娘など、簡単に殺せてしまう。
そうしてしまったら終わりだ。絶望であり終焉そのものだ。
そしてそれが治療の杖でないことだけは確かで、弓も現状では必要ない。
「やっぱり花束かな」
花でサーリャに告白して結婚したヘンリーはそれがいいと考え、優秀な軍師に知恵を求めた。
ルフレは文献を調べ、それを告げた。
氷空そらの花束というブーケがあるみたいだね。氷の地で青空に咲く綺麗な花を集めたものだ」
「さすがルフレ、物知りだねぇ。でもサーリャのお婿さんは僕だよ」
「あはは、ヘンリーもサーリャもそれでいいよ。僕もお嫁さんがいるし」
何かが引っかかったためとりあえず呪い、要旨を書き留めた手紙をカラスに渡し、ヘンリーは旅に出た。
「氷の地かぁ。フェリアは少し遠いけど大丈夫だね」
ダークナイトとして駆った黒馬で北国を目指した。

「……何この手紙。紙は古びているし何よりもカラスに持たせるとか、あの男はやっぱり狂っているわ」
だがヘンリーとサーリャはそういった呪いで結ばれた夫婦であり、ヘンリーは無事に帰るはずだと考える。
ノワールはとても心配しているが、彼女も呪いの力を信じ、何よりも恋人が支えているので大丈夫だ。
「ルフレは素敵ね。氷空の花束なんて存在しないものを探しに行かせるなんて。私が一番愛する人はずっとルフレよ」
ヘンリーとサーリャが結ばれたあと、ルフレは別の女性と結ばれた。
それが彼らが選んだ運命だ。

9月のフェリアで花を探す。
平地はともかく山ならば、と馬から降りた。
「僕は大丈夫だからいい子で帰ってね」
ルフレが言ったように氷の地の青空は見たことがなく澄んでいた。
いいな、と感じて何よりもノワールの誕生日まで持たせられそうな花を集めて籠に入れた。
呪い以外の方法でその花たちをイーリスまで持ち帰る方法を皆が教えてくれたので、好きな花を選んだ。
「これが一番ノワールらしいかな」
草むらで強く輝く一輪の銀の花を大切に摘み、綺麗な花と草、雪を集めて下山した。
黒馬は彼を軽く乗せ、イーリスまで急いだ。

「ただいま、サーリャ。この花たちでノワールのお誕生日を祝う花束を作ることにするよ」
籠を取り出したがヘンリーは焦った。
「どうしたの? 思ったより早かったしその日に間に合うわよ」
「見つからないんだ。一番綺麗な花が」
大切にしまったはずの銀に輝いていた一輪の花だけは、そこになかった。
「どうすればいいのかなぁ。僕やっぱりわからないや」
へらへらとしているが目から水が垂れていた。
サーリャはその意味を理解しているが、うまく言える気がしなかった。
「……あなたが見たその花は多分幻よ」
「僕が見たのはどこにもない花なのかぁ。皆物知りで、サーリャはとても詳しいね」
「少し違うわ。どこにでもある花なのだけれど、その時のあなたには特別な花だったというだけよ」
草花に守られた一輪の白い山百合に微笑む。
「とても綺麗な氷空の花束よ。僕がノワールのお父さんだよという告白。あなたらしい呪いだわ」
「サーリャが言うならそうだね。やっぱり僕たちはお似合いだよ」
「そうかもしれないわね」
呪術師の夫婦はささやかな呪いに笑いあった。

 

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ヘンサー固定バグの布教者様より『告白』『終わり』『急ぐ』のお題をいただきました。こくほこお疲れ様です!
ギャップ萌えでハピエン大好きであまりヘンリーさんを書いたことのない私が好き放題に書きました。
ダークナイトヘンサーいいですよね。ノワールの誕生日は10月ですがガチ北国のフェリアだとどうなのでしょうか。
平常運転でもうひとつの固定バグも仕込んであり、とりあえずで呪われた少年は当然彼ですw
なお私のお約束がもうひとつあり『氷空の花束』で調べるととてもよくわかると思います。

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