メイシスのアーガマ潜入記

私の名はメイシス。
我が敬愛する閃光の将軍、アルティス様のためにかの方の不肖の弟であるフォルカが身を寄せるアーガマという戦艦に潜入している。
侵入はあっけないほどに簡単だった。
この世界はどういうわけだか機体の整備にそれ専用の人間を必要とするらしい。
しかもその数が無駄に多い。おまけに入れ替わりが激しいときている。
私は補給の時に作業着を入手し紛れ込むだけでよかった。
これなら艦内で動いていても怪しまれない。我ながら完璧な策略。
こちらの世界に来てから通信機の調子が悪く顔ははっきりとは見えていないはずだしな。
フォルカにさえ見つからなければわからんはずだ。
私は任務を遂行しつつ艦にうまく溶け込んでいた。
しかしこの艦の食事はうまい。
どうやら天然の材料は少ないようだが栄養価の高さ、味のバリエーションの豊富さ、どれも修羅界にはないものだ。
半分はアルティス様のために倉庫で見つけた保存用の容器に入れる。
それでも感動のあまりついつい食べ過ぎてしまう。
おまけに鍛錬に時間を割けないので少し腰周りが…………いかん! これでは戦闘に支障が出る!!
何よりアルティス様に嫌われてしまうではないか!
おのれアーガマ隊!! 私を堕落させようとこのような手を使うとは!
しかし十分に情報を収集せねばアルティス様のもとには帰れない。
全くもって厄介だ。

フォルカが私が近くにいるとも知らず悠々とヤルダバオトと語っている。
おにぎりを手にした子供が駆け寄ってきたのを慌てて追い払った。
心配するような、呆れるような表情の後、ヤルダバオトから離れておにぎりを受け取って微笑する。
どこかで見たようなやりとりだ。
そう、あんなことになる前。まとわりつく二人の弟を優しく諭したアルティス様――――
――そのアルティス様を裏切っておきながら何をほのぼのとしているか! 恥を知れ恥を!
アルティス様の命がなくこの場にペイリネスがあったなら成敗しているところだ!

「おーい、レンチ持ってきてくれ」

背後から声がした。
一応今は整備兵だから従わなくてはならん。
だがいつか思い出させてやる。あの腰抜けが忘れ、捨て去ったものを。

それはともかく、調査を続行する。
この艦には風呂とシャワーがある。しかもかなり巨大なものだ。
修羅界にもあったが使うことが許されるのは一部の修羅のみ。
水自体がかなり貴重なものなのだ。まして湯など無駄、贅沢、浪費の極み。
しかしこの世界はそうでもなく、浄化・再利用の方法も確立されているらしい。
故にありがたく利用させてもらっている。この艦の資源を節約する義理もないことだしな。
無論なるべく人のいない時間を選んでいるがそれ故少しゆったりしてしまう――目的と手段が逆転している気がするが。
慣れると任務が終了した時が大変だとは思うのだが、これがなかなかやめられない。
私とて女だ。常にこの身は整えておきたい。
鏡を覗くと食事と毎日の洗髪のせいか髪に艶が出ているのがわかる。
短期でここまで変わるものか――全く、豊かなものなのだな。この世界は。
だからこそこの世界を修羅の世界とするために。
そこでアルティス様を支えていられるように――――

声とともに浴場の扉が開いた。
この艦の戦士は男も女も子供ばかりでやかましい。この場合は姦しいというべきかも知れんが。
しかしその力は本物だ。そして――
――彼女たちの身体と私の身体を見比べると、決定的に違う部分がある。
私は女である以前に修羅だ。そのことに私は誇りをもっている。
豊かな商売女や妾がどれだけ望んだとてこの『氷槍のメイシス』に並ぶ名を手に入れられるだろうか?
男の目を惹く豊満な肉体など私には必要ない。
だが! しかしだ!
この艦の女は戦士としての身体を持っていると同時に、男なら確実に魅了されるであろう肉体美を備えているのだ。
戦士として劣るわけではない。劣るわけがないのだ。
けれども屈辱を覚える。この敗北感は何なのだ!?
泡を過剰なほどに立てて洗っていると意識が私に向けられているのを感じる。
見るな……敵艦で地道な調査任務を行っている私の屈辱を更に煽るんじゃない。
「こんにちはー。あなた見慣れないけれどどこの班の人?」
来た。だがこれなら容易にかわすことが出来る。
「整備の人間よ。ようやく今日の担当分が終わったから汗を流しているの」
……女言葉は難しい。似合っていない。恥ずかしい。アルティス様には見せられん。
「そうなんだ。いつもお疲れ様! 折角だから背中流してあげましょうか?」
「け、けけけ結構です! もう終わるし!」
全く何を言っているんだ! 貴様らなどに触れられてなるものか!
人の良さそうな顔をしよって。
その内では実は気付いていて私の身体に何か仕込もうという魂胆ではないのか!? 絶対にそうだ! !
シャワーを勢い良くだして泡を流す。
ええい、残念そうな顔をするんじゃない。
まったく腹の立つ連中だ。気になる部分を隠しながら湯船に身を沈める。
いい気持ちだ……奴らさえいなかったなら。
しかし一度断られたんだから無視すればいい話だというのにまだ話したそうだ。だから甘いというんだ。
「そうそう、私たちこの後おやつ作るんだけどあなたも一緒にどう?」
おやつ作り、だと?
料理、か。まったく余裕のあることだ。
そのための人間もいるというのにわざわざ――だが、これは――――

――アルティス様は昔から料理を作ってくれた。
私やフェルナンド、そしてフォルカが独立してからはその機会もなかなかないが、今でも時々振舞っ てくれる。
とても美味しくて幸福感をもたらすもの。
アルティス様の作ってくれたものだから――――

――――そう、これも任務の一環だ! 敵の文化を理解することも大事な偵察任務ではないか!

「私は料理をしたことがないのだけど……それでもいいのかしら?」
尋ねると奴らは邪気のない笑顔を見せた。
「大丈夫! 初心者さんも大歓迎で優しく教えるから!」
「じゃああがったら厨房で待っててね!」
こいつらが本当に戦士なのか疑わしくなってくる。
何だというんだ。

そして私は今卵と格闘している。
ただ溶くだけ、と奴らは言うが……その『ただ』のために何故こんな細心の注意を払わねばならんのだ!
改めてアルティス様の偉大さを知った。料理は並の人間に出来る業ではない。
しかし奴らにも出来るのだ。何としてでも習得して見せよう。

――やっているとだんだん手馴れてくる。こういうものか。戦いと同じなのだな。
広げた本の図説と口頭での説明を交え過程を丁寧に解説してくる。
認めたくないがそのおかげ、でもあるのだろうな。
そしてどうにか菓子の形を成した。
アルティス様には遠く及ばないな。それでも、上出来だ。
奴らも賞賛している。とりあえず礼を言うべきか――――
「あの……」
「あ、男の子たちが来たわよ!」
何だと! 援軍を呼んだのか!? やはり感謝などする方が間違いだった!
おまけにフォルカまでいるではないか!!
奴は程なく私に気付いた。
「!? メイシス…………?」
驚愕している。当然だ。気付かぬうちに懐に入られていたのだからな。
しかしこれまでの私の努力が台無しではないか!
「え?」
「気をつけろ、そいつは敵だ! 修羅の女将軍、氷槍のメイシスだ!」
「え、えええぇぇぇ!? そ、そういえばどこかで見たような……」
「言われてみれば聞いたことある声!」
「畜生、アーガマに敵が侵入していやがったのか!」
――最早これまでか。
任務はだいたい果たした。潮時だ。
生身ならこちらに分がある。容易に奴らの間をすり抜けていける。
警報が鳴り響く中外周部に駆ける。
私は叫び、爆破とともに飛んできたペイリネスの肩に移った。
「逃げるのか、メイシス!」
「いずれ決着はつける……覚悟しておくがいい!」
私を追おうとする者がいるようだがペイリネスに追いつけるはずがない。
奴らは逃げる相手を深追いせんようだしな。
安全域に達して一息ついたところでふとエプロンをつけっぱなしだったことに気付く。
……いい手土産になる、か。
奴らの艦から奪取した物の山に脱ぎ捨てた。
「帰るぞペイリネス。アルティス様の所にな」

「あー、腹立つぜ。いつのまにか潜り込んでやがるなんてよ」
「すまん。俺のミスだ」
「別にお前を責めてるわけじゃねぇけどよ。しかし艦内の情報とか色々盗んでるんじゃねぇか?」
「そうね……そういえばさっき使ってた料理本も持ってかれちゃったわ」
「何?」
「……何でそんなもん持ってくんだよ」
「さあ……?」
「あの人も女の子ってことなのかしら……どう思う、フォルカ君?」
「俺に聞かれてもわからん」
「ま、そうよねぇ」

 

自己満足全・開! コンセプトはずばり「オトメイシス様萌え」です
脳内フィルター全開だとメイシス様は絶対乙女キャラです!
実際素晴らしい女性ですよメイシス様。アルティス様に一途ですし。
アルメイ大好き!

 

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