冷たい唇を暖めて

救護室を離れられない。
ヒューゴが眠っている。強い副作用で半ば昏睡状態だ。
ツェントル・プロジェクトやその裏で暗躍していたGSのことが片付いても、ヒューゴの身体が完全に元通りになったわけではない。
解析して、改良して、それでも一生ついてまわるのが機械仕掛けの身体とそれに言うことを聞かせるための薬だ。
新しい敵が現れて、鋼龍戦隊がまた招集されて、出撃続きだったのがいけないのかもしれない。先の出撃の後急激に苦しんで、そして今度は眠っている。
「王子様のお目覚めにはお姫様のキスがお約束、ってね?」
「きゃっ!?」
背後にいたのはエクセレン――
「茶々を入れるな、エクセレン」
「だってだって、このまま放置してもマジメな若いおふたりは過ちの1つすら起こせやしないのよん?」
「起こしている場合か」
――――――とキョウスケだ。
「もしかして、中尉たちも……」
「そそ、あの怨霊じみたアレのせいでメンタル大不調! 当たり所が悪かったキョウスケは3割増の仏頂面、みてみてほらほら」
「そしてこいつもご覧の空元気だ」

ラマリスと呼称されることになった最近急増している思念体の敵との交戦で、鋼龍戦隊のメンバーは戦闘とは別の面で消耗している。
ラマリスの嫌う正の強念を操る念動力者はともかく、特に『死』に近い人間にそれは惹かれ、精神を貪るのだ。

「念動バリア、きらりーん!で元気なクスハちゃんが汁の大炊き出しを始める前にどうにか気付けを持ってこようって流れで遭遇、って経緯なワケね」
アクアの肩に手を置いてウンウンと頷く。彼女にのしかかる沈痛な空気を吹き飛ばそうとしているのだろう。

――――私がもっとうまくナビゲート出来ていれば。
DFCがうまく出来ていれば。
ヒューゴと息を合わせることが出来ていたなら。
せめて敵の攻撃による精神への負担くらいは肩代わり出来たなら――――

「案ずるな。ヒューゴであれば喰らいつく。それだけの悪運と気概のある奴だ」
無骨な言葉は本音だ。キョウスケが飾ることがないのはアクアも知っている。
「というわけでお薬取ったので、あとはごゆっくりしっぽりと~」
「そ、その、お聞きしたいことが!」
「何だ」
「どうすればおふたりのようにもっと息を合わせられますか?」
アクアが絞り出した問いにエクセレンはムフフと口元を歪めた。
「あらーん、それは勿論夜のランページむぎゅっ」
「こいつの言うことは聞き流せ。だが、そうだな……勘、か」
「勘……」
どうにも型外れな彼らに聞いたのが間違いだったかもしれない、と少し途方に暮れる。
「と、こういう風に無茶ばっかりするキョウちゃんをフォローしていれば自然と呼吸も掴めるってワケで。お姉さんらしく余裕を見せてあげるの、大事だと思うわよん。それに」
寝息が少し穏やかになったヒューゴを指す。
「多分ヒューゴくんにも伝わっているハズハズ! 2人の共同作業ってやっぱりロマンよねん」
ではそういうことで、とひらひら去るエクセレンと少し柔らかく笑った――気のせいかもしれないが――キョウスケを見送った。

熱を測った。少しは収まっている。
「うん、余裕をもって……お姉さんなんだから」
頼れる年上にリードしてもらいたい願望はアクアの好みのタイプに如実に現れている。
ただ、ちょっとだけ、生意気で無茶ばかりする年下と息を合わせるというのも悪くないと最近は思えてきた――ヒューゴがそういった恋愛感情の対象かは横に置いておくとして、同じ機体を共に動かすパートナーとして向き不向きをうまく補えているし、もっと力を合わせられればいいと思う。
「ヒューゴ、ゆっくり休んでね」
眠るヒューゴの傍からは離れず、データ分析用のDコンを叩き始めた。

うっすらと目を開いた。
――――――夢見は最悪だった。怪物になったフォリアがお前もこちらに来いとガラガラした声で叫んで、顔の半分が溶けたアルベロが何故お前だけ生きているのだと責めた。
そのおかげか逆に、最後までクライウルブズの教えを説き続けた隊長がそんなことを言うはずがないと気付き叫んで、悪寒が去った。
「あら、起きたの。ヒューゴ」
「……俺はどれだけ寝てた」
「3、4時間というところかしら。奴らとの交戦データ、まとめておいたわ。次はもっとまともにサポートしてみせるから」
ボトルの水を差し出したパートナーに、ん、と小さく頷いて素直に受け取り口にした。
「その時間、ずっとここに?」
そしてイコールで結びつく事実に今気付いたらしく、怪訝な顔で問う。
「そうよ。データを弄るだけなら端末があればどこでも出来るし、逆に機体はあなたがいなければどうにもならないもの」
「悪かったな。次は遅れを取らない」
顔をしかめた。アクアの言葉に皮肉の響きはなかったが、無様な姿を見せてしまった気後れから少し気を張ってしまう。
「ううん、私のサポートも及んでなかったの。だからヒューゴの身体と、あと奴らに食らった精神攻撃の方は大丈夫か心配なだけ」
「奴らに喰らわれるほど、クライウルブズの誇りはヤワじゃない」
背負ってきた死がある以上、別の死の呼び声に応える訳にはいかないのだ。
「でもありがとな、看病してくれてて。後でそのデータもしっかり検証しないとな」
寝ている間にこのパートナーは自分とこの先の戦いのことを考えてくれていた。
「……ヒューゴ、その、手を出してくれる?」
その手を取って、強く握る。
「私が頑張れるのは、あなたがいるからよ」
「負けたくないからか?」
「それも勿論あるわね」
けれど、とその冷たさを頬に当てる。
「……籠の鳥のお嬢様はね、自分を見てって必死だったから。頭でっかちとかそういうことは言っても、ちゃんとパートナーとしてジャッジしてくれたから」
「そうだな。今はお前のことを、ちゃんと唯一無二のパートナーと思っている」
そしてヒューゴは、柔らかな髪と暖かく柔らかい肌、支えてくれる優しさと少し意地っ張りで素直じゃない所が『異性のパートナー』として少し意識してしまっている。
それでも、不毛だと思う。
この身体は前より安定したとはいえ薬の定期投与は必要で、今のようにガタが来て急に倒れることもある。
想いを告げて断られるのも嫌で、この身体がいつまで持つかもわからない。
ただクライ・ウルブズの教えとは別に彼の信念としているものがある――――多少の無茶は、承知の上だ。
「アクア。こんな時に言うのは隙に付け入るようで悪いとは思う。けれど同情じゃなくて、お前らしくハッキリその意思で答えてくれ」
正面から彼女を見据えて、その言葉を確かに紡ぐ。
「俺は、お前のことが好きだ。人生のパートナーにもなってもらいたいと思っている」
炎の色をした眼差しは熱く真剣に、彼女の青く少し紫がかった深い海のような瞳に刺さる。
「……参ったわね。頭でっかちの私が言葉が出ない。だって、真剣なプロポーズはそういう小説や映画でしか聞いたことないもの。だから」
瑞々しい唇が、まだ少し乾いた冷たい唇に触れた。
「これが、約束の印。いつか。この地球に平和が来た時、お父様への挨拶をして、お互いに目に見える約束の証の指輪をして、綺麗な婚礼衣装を着る、という約束」
冷静に告げようとするが耳まで紅潮してアクアは潤んだ笑顔をヒューゴに見せる。
「そうか……そうか、ありがとう。アクア。だからその約束を果たすために、生に喰らいつこう、これからも。俺とアクアで」
「ええ。多少の無茶は承知の上で、ね」
もう一度、同意と契約の口付け。
そしてまた2人で端末を叩く。
機体を見に行こうとしたが、ヒューゴはまだ身体を休めるべきだと、その無茶は許さなかった。

そして後日の出撃。
2人の連携は明らかに強化されていた。
「あの敵の隙が出来た、急所を狙うチャンスよ!」
「任せろ!」
生き残るだけでなくその目的も出来た。
アルベロ隊長はそのことも言っていたのではないかと、その息子でありヒューゴの親友であるフォリア、そしてあまり語らなかった、妻であり母親の人の存在を追憶する。
未来を繋ぐために生きる。
少なくともこの鋼龍戦隊の皆はそのために戦っていて、2人は明確にそれを絆と力にしている。

 

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物凄く時間がかかりました。が!
お題箱『ヒューゴとアクアで『甘い口づけ』』です
創作意欲の減退だとか、そもそも甘い!?口づけ!?私の執筆ボキャブラリーから遠すぎる!!などの逃避より遅くなりました。
自称ラブコメ書きですが糖度皆無長い二次創作生活キス話これまで手の指の数で数えられるほどしかないのではないか!?
という人間ですが、困難に打ち勝ってこその創作です。
らしく……なりましたかね?

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