“希望”の大地にて

「ここはこのコロニーで一番大きな公園なんだ」
ヴィレッタは興味なさげに頷く。
実際、興味なんてない。
湖が綺麗だとか緑が豊かだとか言うけれども、結局、それは偽りにすぎないのだから。

「本社から、エルピスでちょっとした仕事をやってくれって」
そう言うとラーダは補給やら整備やらで手が離せないから、とすまなそうに頼んできた。
ヴィレッタとて仮にもマオ社社員。
彼女向きとは言いがたい、量だけは多い雑用の類だが、そういう仕事もしなければならない。
「でもちょっと場所がわかりにくいわね」
「そうね。一応地図はあるけれど…………あら、少佐。珍しいですね。私服なんて」
軽く挨拶をして二人の横を通りすぎた人影。
「軍服で出て行ったら殴られても文句は言えんからな」
ギリアムは振り向いて苦笑いをした。
一段落着いたとは言え戦時中。それに元々コロニー住民は連邦に敵愾心を持っている。
軍人なら、なおさらだ。
そのことを言っているのだろう。
別人みたいだ、と少しだけ失礼なはしゃぎ方をするラーダの横で、ヴィレッタはどちらかというと呆れていた。
センスが微妙に狂っている。似合っては、いるのだが。
「ああ、お出かけなんですか?」
「所用でね。今のうちに済ましておかねばならん」
ヴィレッタは、何となく嫌な予感がしていた。
この話の流れだと、この次にくる言葉は。
「……少佐は土地勘はおありですか?」
やはり。
余計なことは言うな、と思ったが口に出せず。
そして快諾されてしまう。
一応ヴィレッタの意志も尋ねられたが、この状況で彼女の意志を挟む余地があるだろうか。

彼の案内が、悪かったわけではない。
エルピス出身というだけあって詳しかったし、仕事も彼のおかげで早く済んだのだ。
感謝もしている。
しかし、それが終わった後彼の用事につきあうという判断は誤っていた気がする。
未知なる彼の能力や目的を探れれば……と思ったのだが。
彼は街で花を買ったと思うと、今度はこの公園までやってきた。
女性にでも会うのだろうか、と何となく考えたが、それならお邪魔虫はすぐ返されるだろう。
相手が自分なら別だが、とヴィレッタはその滑稽な光景を考え、少しだけ機嫌を取り戻す。
……馬鹿らしい。
その馬鹿らしいことを考えなければならないくらい、今の状況は下らないのだが。
「この池も昔は綺麗だったんだがな……」
横目で見ながら残念そうに呟く。
ヴィレッタはそんな彼をすっかり冷めた目で見ていた。
そんなもの環境管理システム一つでどうにでもなるだろうに……つまらない男だ。

公園を道なりに奥に進んでいく。
木の間から、門が見えた。
「霊園?」
すると彼の用事は墓参り、というわけか。
そこでヴィレッタの頭に疑問が浮かぶ。
……データによれば、彼は天涯孤独の身の上であるはずだ。
家族でないのなら、誰を?
「連邦宇宙軍時代から続く軍用墓地、さ」
淡々とした口調。誰もいない墓地。
彼は全く迷う様子もなく、並んだ墓石の間を進んでいく。
「そしてここが、私の目的地……というわけだ」
花を置いて目を閉じた。
十字を切るでもなく、何か祈りの文句を唱えるでもなく。
ただ、黙する。 彼が祈りを捧げている相手、その碑銘は――
「カーウァイ・ラウ……」
「名前は知っているだろう? 教導隊の隊長だった方だ」
祈り終えた彼が振り向く。
ヴィレッタは頷いた。知らないはずがないのだ。
「でも確か彼は行方不明扱いだったはずだけど」
「そう……だが、上層部は早期に捜索を打ち切らせ、彼は死亡したということになった」
だから墓もある、とやはり淡々と言い、ヒリュウに戻るぞ、と踵を返す。
ヴィレッタもその後に続いた。

「上の判断は気に入っていないようなのに、祈りは奉げるのね」
来た道を戻りながら、ヴィレッタは何となく尋ねた。
聞いてどうしようというのか、それは彼女もわからなかった。
「元々意味なんてないんだ、墓参りなんて。神や霊魂なんて信じていないからな。だが、心の整理はつけられる」
ギリアムの眼が一瞬で鋭くなった。
「それに、何かに祈らずにいられない時だって……あるんだ。私にも、な」
瞳の中で曖昧な色が揺れている。
ヴィレッタはその瞳を知っていた。
“彼”にも祈らずにはいられぬ時があるのだろうか。
ギリアムが祈りたくなる時というのはどういう時だろうか。
何故、彼と“彼”はここまで似ているのだろうか……?

―― 風が、吹いた。
「夕立が来るようだな」
瞳に宿った光はいつの間にか消えていた。
話を強引に打ち切られた気がしたが、どうやら本当らしい。
言う間もなく、雲が沸いてくる。
休憩所の軒を借りることにした。

雨脚は強い。
「雨は嫌いか?」雨は嫌いか?
雨の公園をぼんやり眺めていた所を尋ねられた。
「地球のは情緒があって好きよ」
「コロニーのは嫌い、か。それともどちらでもない、かな」
尋ねるような調子だったが、それはやはり独り言だったようだ。
視線は、ヴィレッタでなく外に向いていた。
――地球に限りなく似せてはいるが、その自然は、作り物だから。
どこまで行っても、偽物であることを隠しきれていないから。
ヴィレッタは逆に尋ねた。
「あなたは好きなの? コロニーの雨が……設定どおりに降るような作られた雨が」
「ああ。私はここの出身だし……それに、作られたものだからという理由がある」
「作られた物だから?」
わからない理由だ。さらに強く尋ねる。
「偽物は、本物には決して敵わない。決して、本物にはなれないのに?」
「……作り物に囲まれた、世界」
どこか遠い目で呟く。
「だが、それが存在しているという事実だけは、本物と変わりがない」
雨に消されそうな、小さな声。
それでも伝わる、確かな声。
「それに、作られた世界でも……決して、人の想いは、作り物じゃない」
ヴィレッタに、というより自分自身に言い聞かせるような調子で。
彼女も、その言葉から思いを巡らせていたが。
その言葉から思い浮かべることは、二人とも当然違っていた。
それでもどこか似通っている。二人は気付いていなかったが。
作り物の存在。何かの手、操り糸。
それでも、確かに存在している。例え何かが欠けていても、不安定であっても、作り物でない想いが。
「――――ま、希望だけは忘れないようにってことかな。どんな場所でも…………下らぬ話をしてすまんな」
ため息。
しかしヴィレッタの眼は冷たくはなかった。
「いえ……」
取り敢えず彼がつまらない男だというのは、訂正しておこう。
「わかる、気がするわ」
コロニーの雨も、悪い物ではない。

 

2/14に一度あげたものですが、焔が挿絵を描いてくれたので全面改訂。ありがとう、焔v
「いつか来るべき日のために」~「プライベート・アイズ」の間の話。
ギリアム×ヴィレッタのカプを推進している私ですが、ちょっぴり距離感がある方が好きだったりする。
OG2後見返しても妄想いい線行ってて嬉しい。

 

テキストのコピーはできません。