■断ち切れぬ矛盾を抱えても

アンディは子供の頃からヒーローやF-ZEROに憧れていた。
中でもキャプテン・ファルコンは彼の理想だった。
大人になって、刑事になって、憧れだけではやっていけない現実があることなどとうに知っていたが、気持ちは変わらなかった。
むしろ、そうであるからこそ、より強く。
ファルコンに助けられたことも、共闘したこともある。
そしてずっと、羨望の眼差しで見ていた。
それだけは、子供の頃から変わらなかったのだ。

転機は急に訪れる。
要塞に潜入した時、ファルコンは既に息も絶え絶えだった。
「キャプテン・ファルコン!」
「間もなくここは爆発する。脱出したまえ……いいか、アンディ・サマー。ファルコンを越えた者だけがファルコンになれる。今日から君がキャプテン・ファルコンだ」
メットを外しアンディの手に託す。
「!! あなたが、ファルコンだったのか……」
「他言は無用だ」
同時にブルーファルコンとファルコンフライヤーの起動キーを渡される。
「…………了解。その名、使命を受け継ぎ戦うことを誓う!」

憧れから急に現実のものとなった世界。
違和感があった。
犯罪者と戦うことに躊躇いはない。そのために刑事になったのだから。少し仕事が増えた程度だ。
最初は慣れなかったが今では何度も優勝を重ねている。
正体を知る上層部以外に、誰も気付いたものはいない。
だが、それでも――――
「兄さん、夕食の時間よ」
「君が作ったのか、ジョディ。何故私を呼ばなかった」
「考えごとしていたみたいだから……これでも少しは上達したつもりよ」
ジョディの料理は見かけも悪かったが、味も悪かった。食べられない程ではないのがまた悲しい。
「……ごめんなさい。いつまでも兄さんに頼っていたら駄目だと思ったのだけど」
「いや、うまくなったと思うよ」
――――妹や友人を欺いていていいのだろうか?
それに、越えたなんて思っていない――越えてなんかいない。

―――――――――やめよう。もう決めたことだ。後戻りなど出来ない。
キャプテン・ファルコンという存在は必要なものなのだ。
妹が危険な目に遭わないためにも。警察志望であるなら尚更。

だが、その願いは叶わぬものとなった。
ダークミリオンがミュートシティのダウンタウンを占拠し、警察との激しい銃撃戦が始まった。
アンディは先頭に立って指揮を執り、自らも勇敢に立ち向かった。
だがそこに現れたゾーダはランチャーを構え、それをジョディに向けて放った――そしてアンディは、反射的に彼女を庇った。
人の壁一枚程度でどうにかなる弾ではないというのはわかっていた。
だが、ジョディを独りで逝かせたくなかった。
両親を失ってからずっと彼の後をついてきた、彼にとっても唯一の肉親である彼女を。

閃光と爆発が彼らを包んだ。

 

――目を覚ました。高い天井、白い壁。身体が思うように動かない。
「よくあの状態から蘇った。流石は伝説の男だ」
何度か聞いたことがある。どこかの部署の高官の声だ。
「ジョディは……ジョディ・サマーは!?」
「安心したまえ。生きている……ドクター・スチュワートの処置は的確だ。君の蘇生も彼が担当した」
ああ、全く頼もしい友人だ。大きな借りが出来てしまったな。
「欠落した部分を補うために色々手を入れざるを得なかったが、拒絶反応は出ていない。前より強化されているほどだ。後は慣れるだけだ」
「……あの事件は?」
「貴官らの活躍により鎮圧された。主犯のゾーダは残念ながら逃してしまったがな」
唇を噛み締めた。
もう少し、自分が戦えていれば。自分でなく、伝説の中のキャプテン・ファルコンであったなら。
「妹に会わせて欲しい……あと、ドクターにも」
「それは出来ない」
「私はもう動ける……それとも何か問題でも? まさかジョディに何か……!」
「……死亡したのはアンディ・サマー、君だ。無論記録上のことだが」

 

――――それなら。
それなら、今ここにいる自分は誰なんだ。

「もうこれで誰も欺く必要はない。無論新しい表向きの顔が必要なら手配しよう」

――ああ。まだ残っていた。キャプテン・ファルコンという名が――――

 

名無しでも支障はなかった。
どのみちグランプリでも、賞金首相手でも、戦いに赴けばキャプテン・ファルコンとなるのだから。
彼は戦い続けた。休む間もなく。
しかし流石に糸が切れ、久しぶりに素顔を出して酒場へ向かった。
ただ、知り合いがいると困るので特徴である顔の傷は隠した。
「あなた、バウンティ・ハンターでしょう?」
声をかけてきた先客の女性は彼より若く、ストレートの金髪が腰まで届いて――似ているわけではないが、何となく妹を思い出した。
「動きがそうだから……か? そしてそれがわかる君も」
「そう、同業者。商売敵ってことになるけど今は仲良くやろう」
彼が頼んだブランデーが出てくると、彼女がグラスを軽く当ててきた。
「どういう奴を主に狙っている? 私はスペースパイレーツだけど」
「ダークミリオンだが…………この際何でも構わん。敵を倒せるのなら、な」
「そうか……私も正直な話そんな感じだ」
極論だと言われるかと思ったが、彼女は神妙な様子で頷いた。
――――正直に言えば、反論して欲しかった。
今の手当たり次第に戦い続ける姿は、自分が憧れたキャプテン・ファルコンの姿とは思えなかったから。
言うなれば狂戦士。ヒーローとは程遠い。
「そこまで言わせるのは憎しみ? 使命感? 私は……両方」
「私もどちらもだな。そして私にはそれ以外残されていない」
戦って、戦い続けるだけ。
「でも、人恋しくなったということだろう? こんな所に来るってことは」
「……君もな。随分とお喋りだ」
「そう。久しぶりにお仲間を見つけたから柄にもなく、ね……でも酔えない酒ほど不味い物はないな。私はそろそろ帰る……名前、聞いてもいい?」
「名前は…………とうに失った」
「そう。なら私も名乗らないでおく……また会えるといいな」
「敵同士や獲物がかち合ったとかではないよう祈っているよ」
女性と別れ、酔えない酒を飲みながら独り思慮に耽った。

 

「いらっしゃいませ。ようこそファルコンハウスへ」

 

住み慣れたミュートシティの一角。
コーヒーや料理には自信があった。妹や友人が好きだと言っていたから。
人と話をしたり人を喜ばせるのは元々好きだ――最近は忘れていたが。
自分の名前は適当につけたが、結構気に入っている。
店に敢えてファルコンの名をとり、店内ではF-ZEROの写真を飾っている。
自分が憧れたファルコンの姿を忘れず、また、それに近付けるように。

――――きっと話相手にはなれるだろうし、自分のコーヒーは酔えない酒よりずっと美味いと思う。

「バート、何か考え事? 手が止まっているわよ」
「ああ、ふと昔のことを思い出してしまいまして……いけませんね、歳を取ると」
「あなたそんな歳じゃないでしょう。せいぜい私と10違うくらいじゃない」

 

日記からの加筆修正。捏造全開過去話。タイトルはファル伝OPの歌詞から。
F-ZEROネタですが以前にも彼の人生を変えていた彼女、的な感じで思いついた勢いで書いたんで、こちらです。
ちなみにお互い気付いていません。この先もずっと気付かないままでしょう。
襲名形式は伝統。先代については深くは考えていません。素顔でもよく知っている人、というだけです。その辺もきっと伝統。

 

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