■少年とわたどり

『ポケモンはニンゲンから解放されなければならない。世界が混沌としている今だからこそ、それぞれの区分を守るべきなんだ』

街角のディスプレイではNと呼ばれる青年がインタビューに答えている。
ポケモントレーナーであるアッシュには、考えずにはいられない話だ。
彼にとってはポケモンは友達だ。だがNにとってもそれは変わらないらしい。
そしてNにはニンゲンに拘束され無理矢理言うことを聞かせられるポケモンの悲鳴が理解出来るという。
アッシュもロケット団などと対峙したから、わかるつもりだ。
だがNは問い掛けているのだ。何の疑問もなくポケモンを戦わせる“普通”のトレーナーが彼らと何の違いがあり、そしてそれが“普通”であるのはおかしい、と。

街を見渡す。
ミュートシティ。言わずと知れたF-ZEROの聖地。
だが最近この街を賑わせているのはポケットモンスター、縮めてポケモンだ。
ポケモンの適応力は凄まじく、またこの街自体が文化の坩堝とも呼ぶべき吸収性を持つためか、ポケモンセンターができ、トレーナーズスクールができ、といった具合に着々と根付いている。
アッシュにとっては旅の楽しみが出来るが、そうでないところも多いだろうとは思う。
そんな思索をしながら歩くと、目的地まですぐについてしまう。
ファルコンハウス。何処にでもあるような唯一無二の喫茶店だ。

「ち~~~~~る~~~~~!」

扉を開けると、いつもとは違う出迎えの声がした。
溢れ出る綿埃。マスターのバートが何か言っているが、暴れまわる1羽とそれを追いかける1人の声と足音と羽音で録に聞こえない。
「待て! こいつ、大人しくしろ!」
「ちるっ! ちるるっ!」
「……バートさん、フシギソウ出していいですか?」
答えを聞かずにモンスターボールに手をかけ、つるのムチでの拘束を命じる。
そうして程なく騒動は収まった。
「やれやれ、助かりましたよ、アッシュ君」
「ったく、何だよこの馬鹿でかい鳥!」
「馬鹿でかいって……40cmくらいですよ」
「お前の尺度で計るなこのポケモン馬鹿! ……というかこいつもしかしてポケモン?」
「ええ、チルットです」
チルットの魅力を存分に語ろうとした所で、ふと気付く。
日々変わり行くポケモンの生息圏だが、流石に街中で人が暮らしている所には現れないはずだ。
チルット自体はミュートシティから少し離れた所に生息地があるようだが、迷い込むにしては離れすぎている。
それに。
「レベル1……」
タマゴの中で育って、ようやく戦えるようになって孵化したばかりのポケモン。
「どうしたんだよ。お前が捕まえるなり保健所か何かに連れて行った方がいいんじゃねぇの?」
さっきまでの暴れ振りは『フェザーダンス』
ニンゲンが育て屋で繁殖させたチルットしか覚えない技。
更に図鑑で読み取ると、▲と◆のマーキングがあった。
「フシギソウ、離してやってくれ」
クランクが抗議の声を上げるが、チルットはそれ以上暴れることはしなかった。
ただ、アッシュから隠れるように椅子の陰にいった。
「どうしたんだよ。こういうときお前『友達! 友達!』ってハイテンションになるって聞いてるぞ」
「アッシュ君、このポケモンが何か?」
「……このチルットは、生まれてまもなくトレーナーに捨てられたポケモンです」
「捨てられた、って何で!」
「わからないよ! わかりたくもない!!」
叫んでから自分の声に驚く。
「クランク、アッシュを責めても仕方ないよ……はい」
グラスに注がれたジュースに口をつける。
「甘くない、ですね。辛い・苦い・渋い・酸っぱい……色々あるけど今日の気分にはよく合ってます」
「ジョウトのボンドリンクやカロスのカフェメニューを参考にしました。ポケモンにも人間にも飲みやすいはずです。最近ポケモン連れのお客さんが多いのでメニューに加えてみようかと」
小皿に注ぎ、木の実をつける。
「食べてくれますかね」
「居着いたらどうすんだよおっちゃん。うち飲食店なんだぜ」
飛び散った綿のような羽毛で店内はかなり汚れている。
「でも放っておくわけにもいかないでしょう?」
「アッシュ、お前がどうにかしろよ。俺たち、ポケモンの扱いなんてわからないんだから」
「……そうですね。友達になるのに時間はかかりそうだけど、どうにかしてあげたいです。ポケモントレーナーの誰かがこんなことしたなら、余計に」
チルットは木の実やジュースを恐る恐る口にしている。
そこにモンスターボールを差し出した。
「僕の友達に、なってくれるかな?」
「ぢるっ!!」
羽根ではたき落とす。やはり時間をかけるしかなさそうだな、とジュースに口をつけた。
「何やってんだよ。それでもポケモントレーナーなのかよ」
クランクが苛立ちを露にし、地面のモンスターボールを拾い上げ、チルットにぶつける。
何回か揺れた後、その動きが止まった。
「な? ちょっと強引なくらいがいいんだよ」
「クランク、それは」
アッシュが目を見張る。クランクは気付いていないが。
「クランクがそのチルットのトレーナーになるってことなんだよ?」
「……は?」

クランクにはポケモンに関わる常識や決まりへの知識がない。
モンスターボールで捕獲した瞬間から、モンスターボールを投げた人間がそのポケモンの“おや”になる。
これはポケモンと人間の一種の約束事だ。
「このボールをアッシュに渡せば」
「それは『捨てる』っていうんだ。ポケモンのやりとりは『交換』が前提になっているからね」
「捨てる…………………」
ボールからチルットを出してみる。
怯えた様子が一変、クランクに嬉しそうに寄り添っている。
「…………おっちゃん」
「餌なら用意しますよ。でもそれ以外の世話は自分でしてくださいね」
「ありがと……アッシュにも頼みがある。育て方、教えてくれ。ポケモントレーナーの道を行く気はないけど、恥ずかしくないくらいにはなりたいんだ!」
「いいですよ。僕からも頼みが」
「何だ?」
「ちょっとハッキングして欲しい所があるんです」

**************

ミュートシティ、ポケモンセンター。
パソコンの操作を繰り返す男。
「すみません、ちょっと」
「な、何だよ!」
「あなたが僕にとって許せないことをしているようなので、バトルを申し込みます」
「はァ!? もしかしてポケモン逃がすなとか言うわけ? プラズマ団も言ってるだろ。あいつらは人間と離れた方がいいんだよ。ま、ステータスがクソだから野生じゃやってけないかもだけどな」
「皆さん、喧嘩は外でお願いします!」
ジョーイの言葉。だが外なら存分にやれるということ。
実際、ジョーイはアッシュに小声で「頑張って」と伝えた。

そして。
「嘘だろ……理想個体に運用理論、完璧だったはずだ!」
「よくやってくれた、皆! 数値や理屈だけではどうにもならないのもポケモンバトルの面白さだよ」
「覚えてろ!」
「覚えておきたくないなぁ……嫌でも忘れないだろうけど。ああいうトレーナーがいることはね」
捨て台詞を吐いた男はブツブツ言いながら駆けていく。
「フェザーダンス!」
逃げた足が羽毛に取られ、転んでしまう。
「だ、誰だ! どっから……!」
見回すがポケモンを出した人間はリザードンたちを褒めるアッシュしかなく、それ以外は奇異の目で見て慌てて目を反らす。
「ちっ、今日はついてないな!」
もつれた足で惨めに歩いて行く。
喜びを共有する1人と1羽。
「クランク、人間に直接攻撃はホントはやっちゃいけないんだよ」
苦笑いしたもう1人の少年。
身を屈めチルットに触れると、嬉しそうに羽根をバタつかせた。
「僕とも、友達になってくれる?」
「ちるるっ」

ファルコンハウスに帰ると、綿埃はだいぶ減ったようだった。
流石に店は臨時休業になっているが、皆で新作ジュースの試飲会をした。
「そういや、こいつどこまで大きくなるんだ? 普段はボールにしまっておくけど、エサ代とか見積もっとかないと」
「チルタリスになると1.1メートルですね」
「でかっ! 鳥のくせに……」
「ふふっ、チルットの時は確かに単なるノーマル・ひこうタイプ。でもね、チルタリスはドラゴンなんだよ」
「ドラゴン!?」
「思い出すなぁ。ホウエンでナギさんと戦った時のこと。リザードンにはじしんは効かないけど炎もなかなか通じなくてさ。ソプラノの歌はハミングポケモンと呼ばれるに相応しいしチルットの時から歌は気持ちいいから寝る前に歌ってもらうといいよ! それにこの綿のような羽毛、触りたいモフモフしたい頭に乗せまくりた」
「落ち着けこのポケモン馬鹿!」

店内で流れているテレビにはまたNが出ている。
――色々なポケモン、色々なトレーナーがいる。
だが出来ればポケモンと一緒にいられる、ポケモンがそれを望んでくれるトレーナーでありたい――
そう決意を新たにするアッシュだった。

 

ポケモン×F-ZERO話。イッシュ=ニューヨーク=ミュートシティだし!
クランクのポケモンがチルットなのは「進化すると凄い(ドラゴン・飛行だし)」からですw
似てると思うんだこいつら……!

 

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