■絶望から希望へ

私たちはおさななじみだ。
ルキナが一番のお姉さん。ルキナの従弟のウードが2番目。
「ウードは子供だなぁ」
「片っ端から女性に声をかけるくらいなら子供のままでいいぜ」
ウードは年上だけど子供らしい。

大人たちが戦争に行って、私たちは不安だった。
不安なりに励ましあっていた。
病弱で気弱な私が励ますことが出来るのは同じ痛みを抱えたブレディだけ。
そしてブレディは治療の杖が使えるけれど、私には癒やすことは出来ない。

ブレディが倒れてしまった。
まずい。誰か呼ばないと。でも、不安は私を追い詰めて…………

治療の光を感じる。
暖かい光の先に見えたのは――

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ブレディが杖を使っている。
「ブレディ、大丈夫なの!?」
「……訳わかんねー。誰かが俺たちに杖使ってたんだけどよ、モーローとしていて覚えてねぇんだ。礼ぐらい言わせろよ」
私も覚えていない。
ただ、とても知っている人だった。

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何度かそういうことがあった。
マリアベルさんの時が多かった。ブレディのお母さんだし治療の専門家。
ただ、マリアベルさんは絶対にブレディが起きるまで傍にいるし私のこともとても気遣っている。
聞いてみた。
「少なくともリズならわたくしのように目覚めるまで待ち、ひたすらあなたたちを元気付けますわ。誰だか知りませんが治療師として不誠実極まりない不埒の輩。そんな者に抜け駆けされるだなんて! わたくしはブレディの母ですわよ!? たとえ治療の杖が使えずとも傍につきます! でも……それが出来ないのが……」
「うっうっ、泣かないでくれよ母さん……俺、わかってるからさ……」
「ブレディもマリアベルさんも泣いてる……私まで泣きそう……」
「泣いていいですわ、ノワール! サーリャさんは強いけれど癒すことだけは出来ず、あなたを心配しながら前線で戦っているのです! それなのに……あなたを任されたわたくしが……」
ひたすら泣いた。

********

聞いてみた。
「っていうかそれウードだよ」
リズさんはあっさり言い放った。
「ウードってカッコつけだし。剣士なのはお兄ちゃんに似たのかなぁ。うんうん、ウードはやっぱりわたしの子だ! 優しい子だ!」
「い、いや、わかるんだけどさ、リズさん……礼くらい言わせろよ、あのカッコつけ野郎……次会ったらブン殴ってやる」
「そ、その……多分ブレディじゃ殴れないような……でも、ウードって格好いいとこみせたがるでしょう? 何でお礼を言わせてくれないの?」
「……カッコ悪いからだよ」
リズさんは沈んだ。
「いくらブレディやノワールが病弱で皆が忙しくても、倒れるまで置いておくのは仲間のやることじゃないから……」
それは皆のせいじゃないのに。
「こう……あいつ魔力自体はあるけど治療ヘタだよな?」
「ヘタというか出来ないよ。少し教えただけ。勿論わたしやマリアベルが駆けつけることが多かったけど、必死で泣きつかれたこともあった。そういうワケだから、せいぜいカッコつけさせてやって。体力つけたらぶっ飛ばしていいから!」
「……上等じゃねぇか。感謝を込めてブン殴ってやる」
「ノワールも、ほら」
「私は……母さんみたいに呪術は使えないし力も弱くて……」
「弓、習ってるでしょ!」
「撃ったらウードが死んじゃう!」
「そうそう、わたしがこの話をしたこと、マリアベルにも内緒ね。わかるでしょ?」
「当然だ。俺の母さんだからな」

**********

本当にカッコ悪いしカッコつけだ。
下手だけど出来るようになったのは、怒ったからだ。
使えない杖を振って泣き叫んでいた。
褒めてあげたかったけど思い切り怒った。
ウードの役割は戦うことで、癒すことじゃない。
ちゃんと助けを求めること。
死んだらカッコ悪いどころじゃない、終わりだから。
泣きながらウードは頷いて、影で治療を教えた。
剣の修行よりも真剣だった。
それでもあまりうまく教えてあげられないのが、ひどくカッコ悪かった。
わたしとウードは親子で、どうしようもなくそっくりだ。

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母さんに聞いた。
「呪い? ダメよ、あなたは使えないわ」
「母さんの子だもの、できるわ!」
「何度も教えたのよ。それに呪いは心よ。攻撃的な呪いは自分の心も傷付けるから」
母さんの話は難しいけれどわかる。
母さんは私に呪いを使えるようになって欲しいけれど、本当に呪うことはしてほしくない。
だから私に呪いは使えない。
「あなたが呪うまでもなく、この世は呪いで満ちているのよ。素晴らしいわ」
邪竜に滅ぼされようとする世界は、本当に呪われている。

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私たちは大人になった。
私たちより戦える人はもういなかった。
ルキナにナーガ様が呼びかけた。

運命を変えなさい。

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私たちは平和だった頃のイーリスに飛んだ。
皆バラバラだった。
ルキナはこの世界のルキナを見守っていた。
ルキナ以外は、この世界にまだ私たちはいない。
ブレディとマリアベルさんは凄く泣いていた。
ウードとリズさんはカッコ良かった。

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私は母さんに呪いを教わっていた。
昔習ったからすらすら出来てしまうけれど、やはり呪うことは出来なかった。
本当は私は呪術を使える。
母さんの子だから当然。
ただ母さんが私を本気で呪ったのは2回だけ。
どうしても弱気な私を戦えるようにする呪い。
私を生かすために死ぬという呪い。
弓を握った。
私はどうしようもなく弱気で力もなく病弱だ。
だけど最高の呪術師である母さんが命をかけて呪った私は世界一強くなければならない

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過去のイーリスは平和だった。
だけど何もしなければあの未来に辿り着く。
誰よりも強かった父さんは俺を守ろうとして矢を受けて死んだ。
誰よりも優しい母さんを守ることが出来なかった。
絶望だった。
囲まれて助けを呼ぶことも出来なかった。
母さんはもう力のない杖を振っていた。
俺は生き残ることが出来たけれど、母さんを助けられなかった。
最期まで強く握っていた壊れた杖は、俺が握ると簡単に手放した。
力はないけれど形はある杖に、リズと彫った。
父さんが愛用していた武器の銘。
そして父さんの亡骸が握っていた武器はリズじゃなかった。
リズだったら父さんは絶対に勝っていた。
最高の英雄たちから生まれた俺が最強の武器を持つ。
実際に振るう武器は何でもいい。
ファルシオンや魔剣なんて必要ない。
それが青銅の剣だろうと、俺は選ばれし伝説の英雄だ。

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イーリスは平和だ。
「ふざけるな! 我を愚弄するか!」
やっぱり母さんの呪いは最高だけど。
平和な世界にはあまり必要ない、かも。
キレたくないなぁ。

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過去にしかないものがあった。
お菓子。お腹はあまりふくれないけれど、甘くておいしい。
戦わなくても平和な街で買える。
材料を買って作り方さえわかれば誰にでも作れる。

これだ。

カッコつけなウードへの私からのしかえし。
ウードもお菓子を知らない。
でもお菓子の良さは絶対にわかる。
おいしいお菓子を作る私にドキドキさせて、最高にドキドキした時に告白する!

慌てるわよね。カッコつけられないわよね。
神の癒やしで助けた私の呪いで最高にカッコ悪い瞬間を見せてしまう。
大好きな女の子に!!

うん。いい。凄く素敵。カッコいい。
どんなお菓子にしよう。
リズさんの好きなお菓子がいいわね。
リズさんといえばマリアベルさんとのお茶会。
ケーキだわ!

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ノワールがお菓子を作っている。
キレるけど失敗した時だけ。
ノワールがキレるタイミングはよくわからないしノワールにもわからない。
流石サーリャさんだぜ……娘にも容赦しない。
斯くも俺とは違う伝説の英雄の血を引くノワールは、ひどくもろかった。
ブレディは病弱だが何だかんだで男なのでやれる。マリアベルさん強いし。流石は英雄。
それはともかく、英雄の血が悪さをはたらいてしまいか弱いノワールが生まれてしまった。
闇の力は心と肉体を蝕むからな。哀れな薄命の堕天使よ、運命に抗え。
そしてそのノワールがキレる暇もないくらい真剣にお菓子を作っている。
わかる。お菓子いいよな。
母さんがマリアベルさんと話しながらお茶とお菓子を味わうのすっげー楽しそう。
キラーン!としてる。
そして俺は知っている。
女の子はお菓子が大好きだから、好きな男の子のためにお菓子を作る。
いいなー。お菓子いいなー。ノワールのお菓子なら絶対うまいよなー。
誰だろ。
ブレディかな。ブレディならわかる。いい奴だし仲いいし、お似合い。顔は怖いけど。
ジェロームかな。仮面似合うしドラゴンナイトだし。俺もああいうのが良かったかもしれない。どこまでも光に満ちた英雄の血の宿命を怨む。
ロランかも。真面目だし大人だし、過去に飛びすぎて歴史を変えないために逃げまわるしかなかったとかすげーいい。
シャンブレーはやめた方がいい。菓子食わせたら絶滅する。
アズールだけは絶対ヤだ。
とりあえず。
俺でないのだけは、確かだ。
自覚はある。俺の運命的な感性は常人には理解出来まい。哀れな民草だ。
ただ今更治したら余計カッコ悪いし、結構素で出るから多分治らない。血が騒ぐ……!
特に女の子ウケが悪い。シンシアにすら引かれた。
何でだ、あんなにヒーローを語りあったじゃないか。
キモイ、とか。消えろ、とか。
生まれてきてごめんなさい。
英雄とは皮肉なものだ……。
ただ、お菓子を作るのは大変だ。
少なくとも俺には出来ない。俺は伝説の英雄だからな。
簡単なものから作って皆に食べてもらう。
おいしいって言ってもらって自信をつけてまた頑張る。
無理だろ。俺はノワールの類い希なる才能を手折ってしまう宿命だ。
絶対血が騒ぐ。
なのによりによって俺のためにケーキを作るとか。
ケーキ。どんなんだろ。
小麦粉、ミルク、卵、フルーツ。
食べたことがある気がする。すっげーうまかった。
母さんと父さんが好きで俺も大好きだったけど……忘れてしまった。
運命を変える。
よし。ノワールが宿命に抗って菓子を作るなら俺も宿命に抗って最低限の褒め言葉を告げよう。
うまい、かな。
おいしい、かな。
最低限の褒め言葉って何だ!?
クッ……鎮まれ……ッ! この時だけは鎮まってくれ……!
ひどいぜ父さん、母さん。平和な時だと英雄は生きづらいんだ。
真の平和が訪れるその日まで、英雄は血を繋ぎ聖戦を続けるのだ……!
つらい。

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約束のケーキが出来た。

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ウードが美味しいって言ってくれた!
カッコつけじゃなくて本当に格好いい!
詩人だわ!
そうよ。優しいウードに戦いなんて向いていない。
詩人になるために生まれてきたのよ!
よし。平和な世界を作らないと!

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詩人ウード!?
魂を揺さぶる言葉だ……。
だが必然だ。英雄譚は詩人が語り継ぐからこそ後世に伝わる。
平和な世界の英雄は詩人だ。
天啓だ!
サーリャさんには複雑だろうけどノワールは神の遣いだ!

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「うん、馬鹿ウードが可愛いノワールとイチャイチャしまくってるとか馬鹿らしくて見てらんない。ジェロームの判断は悔しいけど正解」
アズールが目を逸らす。
「ああなるくらいならンンはずっと子供でいいです……」
ンンが沈む。
「ウードもノワールも嫌いじゃねぇけど、アレはなくね?」
ブレディは言いつつもかなり強く見守っている。
「ウードは戦いは凄いけどあの言動だけは馬鹿にしてるとしか思えない……」
デジェルが耳を塞ぎながら強く見ている。
「ホントよ。ウード以上にノワールが意味不明だわ」
セレナが反対を向きながら聞き耳を立てている。
「……人の心は理論では動きません」
ロランが冷静に断ずる。
「その……アレが出来れば絶滅しないけど、出来る気がしない……ぜ、絶滅する!?」
シャンブレーが恐慌に陥っている。
「凄い! ヒーローとヒロインだよ! 運命だよ!」
シンシアだけはしゃいでいる。
(言いづらいのですが……凄く羨ましいです……)
ルキナが無言で祝福していた。

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「ノワールが……普通の女の子に……陰湿な私から生まれたノワールが……これが神の力だとでも言うの!?」
「ウードもサーリャもノワールも楽しそう! 良かった良かった!」
この世界は平和だ。

 

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ウドノワ固定バグ故に行間を読みまくりました。
光の厨二病×闇の乙女のバカップルぶりを書くにはその前提の絶望が必須なのでかなり書きました。
サーリャがおののく対象は神ではなくリズです。
シャラとオフェリアの例を出すまでもなくリズは最強です。
なのでどれだけ捏造してもオフェリアはウドノワの娘として産まれることにします。
そしてこのウード君の父親、絶対ガイアさんですね←

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